1920年に開始されたラジオ放送は爆発的に広がりを見せ1930年代にはコミュニティ(パーラー)で演奏されていた音楽が様々な形で紹介されアメリカ各地に広がって行きます。

その中においてさらにヴォーカルに負けない大きな音で演奏出来るギターが必要になって来ました。
(※時代の最先端はリボンマイクです。)
これは Martin の時にも触れましたが Gibson とて同様にそのテーマに試行錯誤をしていました。

そして奇しくも
1934年 Gibson Jumbo を発表します。
以下のリンクに写真と説明があります。

おそらく1932年に発表された Martin社のD-1やD-2 を強く意識したものだと考えられます。

このギターは
サイドバックにもサンバーストフィニッシュを取り入れヘッドにはスクリプトロゴをパールでインレイをしネックまでセルのバインディングを施し当時としてはとても手間をかけたギターでした。
当時の価格で 60ドルととても高価で世界大恐慌後の背景があるこの時代にはセールスとしては奮いませんでした。

そこでおよそその半分のコストでできるギター開発に挑みます。

1936年
J-35(当時 35ドル)
バインディングや塗装工程などを簡略化し、型番に価格を取り入れ安さを表現する方向にシフトします。
トップの仕上げはナチュラルにサンバーストが主でした。

下のYouTube は
1939年製のサンバーストです。



J-35の発売と同時に Jumbo はその姿を消します。
事実上、およそ3年という短命に終わります。

その後バージョンアップした機種を製作し市場に投入します。

1937年
Advanced Jumbo
を発表します。


このギターは対D-28対策として
サイドとバックはローズウッドで仕上げコストダウンを目指したJ-35とは一目で違いのわかるスタイルを取り入れ“jumbo”の後継機のポジションとしたのです。


このギターも1940年に製造を取りやめ4年という短命に終わります。
サウンドのバランスと押し出す様なメリハリのある音はしっかりとマイクに入って来ます。

※5th street 豊田渉平 マンスリーでの一コマ
使用マイク AKG 451 

その後
1942年に(第二次世界大戦・日本参戦の年)
10ドル値上げしたJ-45
に席を譲るまでの間
Gibson フラットトップアコースティックギターの“J”スタイルの起源としての役割を大いに果たしました。

J-35は近年モンタナ工場でナチュラルトップで再生産される様になりました。 
モンタナのカスタムショップではワンポイント再生産などにも取り組んで居ますね。
現状のJ-45とはブレイジングパターンを変えて30年代スタイルにする事でサウンドメイクを変えています。

※J-35 VINTAGE モンタナ製

様々な試行錯誤の上出来た“Gibson”フラットトップのサウンド
仕上げとサウンドのベースはマンドリンやアーチトップで培った技術が盛り込まれているのですね。