朝。ボクは目覚めた。
相変わらず下の部屋では、誰かが五月蠅く動いている。お客さんもワイワイと話している。
くさい。豚骨スープとか、ニンニクとかショウガとかネギとか香草の、そんな香り。下の階はラーメン屋。麺を茹でる熱湯がふつふつと沸き、野菜なんかを茹でたりしてて、おっかなくて大きい人たちがお店に出たり入ったり、麺をすすったり、スープを飲んだりしている。
ボクらの住む部屋は屋根裏部屋。ひっそりと、コソコソと、静かにつつましく、ドイツで迫害されてポーランドに亡命したアンネ・フランクみたいに家族で暮らしているんだ。
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ボクの家族は長女のステファン、次女のコリー。そして愛する妻、メアリー。繰り返すがボクらはひっそりと静かに暮らしている。ボクの大家さんであるところの下の階のラーメン屋さんには、ひっきりなしにヒトが出入りしてるけど、ボクらの家族は楽しくやっている。でも、下の階のラーメン屋さんの奥さんは、家賃を払わないボクらを追い払おうと必死に追い立てる。
箒やなんかでボクらを叩くんだ。信じられないだろ?
そりゃ、たまには階下にいって、食料品を失敬することもあるけど、微々たるものだ。キャベツの芯とか、ゴミ箱に捨てられた豚肉の脂身とか。そういうものをボクらが食べる為に失敬して飢えを凌いでいる。
彼女はボクらを『不潔』だと決めつけるんだ。だって仕方ないじゃないか。
屋根裏に住んでるんだもの。
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ある日、長女のステファンが、ラーメン屋さんの店主に捕まってしまった。
ステファンはご主人に『助けてくれ、ごめんなさい!』と、必死で訴えたけども、檻に入れられて、川に放り込まれた。可愛そうなステファンは水の中で窒息死してしまったんだ!哀れなステファン!ボクは激怒して物陰から店主に文句を言ったけど、彼は澄ました顔で中華鍋をふっている。
次に抗議にしに行ったのは妻のメアリーだ。
娘の死を、溺れ死んだ娘の死を必死に訴えたんだ。
彼女は火力の強いコンロの下に堂々と出て行き、娘の死を必死で抗議した。
そして、中華鍋の下敷きになって死んだ。強い強い、炎にあぶられて。黒焦げになってしまった。
ああ、可哀想な愛するメアリー。
彼らには言葉が通じない。それはわかっているんだ。
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次女のコリーは「しかたないよ。お父さん」と、いう。
でも、どうにも、ボクには我慢できなかった。あの傲慢なラーメン屋のニンゲンどもめ!
ボクらが不潔なのは仕方がない。それはまぁ、仕方ないことだ。だって屋根裏に住んでいるんだから。
けれども弱者を容赦なく殺すのは如何なものか。長女のステファンは水責めで窒息死、妻のメアリーは火あぶりだ。
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ボクは次女のコリーを屋根裏部屋から屋上へ送り出し、別れを告げた。
父親であるボクは、この人間の経営するラーメン屋に復讐を果たさなければならない。
涙にくれるコリーを仲間に託し、ボクはラーメン屋のグツグツ煮えたぎるスープ鍋を見つめた。
ニンゲンどもが『秘伝』とか謂って大事にしている、スープ鍋だ。
なにが『秘伝』か。ボクら一家のしあわせを奪っているラーメン屋が。
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ボクはグツグツ煮えたぎる『スープ鍋』に飛び込んだ。
あつい!あつい!
ボクのカラダよ溶けよ!ダシになって溶けよ!ニンゲンどもに有害なサルモネラやコレラ、その他有害で不潔なボクのカラダにあるニンゲンに有毒な物質がラーメンのスープになって、この店が食中毒を起こしてつぶれてしまえ!
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ボクの一家はこうして滅びた。次女のコリーは幸せになっていてほしいが。
ラーメン屋の秘伝のスープとやらは、ボクの雑菌の温床となり、食中毒を起こして、厚生労働省かなんかの営業停止を受けて、つぶれた。
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これがラーメン屋の屋根裏に住んでいた、ボクらネズミの一家の話。
傲慢なニンゲンめ。ざまあみろ。