初めて不動産屋を訪れ、自分の住む家を探した。
世間のことは何も知らず、今まで21年間自由に生きてきたと本当にそう思った。
「返事は急がないですから・・まっ、修繕も必要になるしこんな田舎の村ですからそう簡単に契約する人なんていないですから。子供が生まれてからでもいいですよ。」
不動産情報をもらい、手付け金なしで仮契約をした。
商売をすると言っても、特別に何かができるわけでもなく考えもつかなかった。

「どうして古い診療所なんて選んだのだろう。」
古い診療所を見学してすぐにそこが気に入ったのはが不思議だった。
映画やドラマで観る古びた診療所は、サッシの窓ではなく木の窓枠で、ドアも自動ドアではなく手で押し開ける木のドア。
「カフェくらいなら何とかなるかなぁ・・・・」
接客業は嫌ではないし、父の店を手伝っていたからやって行けそうだ。
料理はできないけれど、コーヒーの淹れ方なら誰よりもうまくできる自信はあった。

色々妄想することは得意で、古い診療所をカフェにするという想像だけで、これから先の人生設計ができる気になっていた。
「さっきの不動産屋さん・・いい人だったね。」
おなかの子供に話しかけるように触れていると、子どもが元気に動いていた。
酔っぱらいのガラの悪い三人組は、ハ二と同じ年齢かそれよりも少し上に見えた。
そんな人も自分がどうしてここに来たのか知っているのなら、あの不動産屋も知っているはず。

「そうだよね・・・子供の時に来ていたのだから、知らない人はそんなにいないはず。未婚でお腹が大きな女の子が一人でここに来たら、ふしだらな女の子と思われるだろうし、それを古臭い考えだといわない土地だった。」
ハニとすれ違う人たちは、ヒソヒソと何かを話しているが、いいことを話していないことは分かっていた。
それならここに来なければよかったと思うこともあるが、父の田舎に行けばスンジョの父のスチャンが帰省した時に知られてしまうのを心配してギドンが決めたのだ。

古い形の鍵をしっかりと握りしめて、それをバックの中にしまい、おじさんの民宿に戻った。
誰もいない民宿は静かで少し怖かったが、今日は帰ってこないから鍵をかけて過ごすことにした。
自分が借りている部屋と庭の掃除をし、客室の床をふいて寝具類をの確認をしているとあっという間に夕方になっていた。
冷蔵庫の中の食材を出し、何かを作ろうと考えても、大したものを作れるはずもない。
人に出す食事ではないから、出来がどうでも関係なかった。
台所を片付けお盆に食事を乗せて、勝手口から出て自分の部屋に向かうには、一度庭を通らないといけない。
薄暗くなった空に星がいくつか輝き、一人だけで過ごす時間の不安は消えていた。
母屋の鍵をかけて庭を歩いていると、閉めたはずの塀の戸が開いていた。
「古い扉だから、すぐに開いてしまうからいかんなぁっておじさんが言っていたっけ。」
何も気にしないでハニは扉を閉めて、自分の部屋に入った。
部屋の中が何か雰囲気が違う・・・そう思ったが、それはおじさん夫婦がいなくて自分一人だからと単純に考えた。
「ちゃんと鍵を掛けよう・・・」
お盆を床に置いて部屋のドアに鍵をかけた時、いきなり後ろから口を塞がれスカートの下から手を入れられた。
「静かにしろ・・・だまってオレの良い様にさせろ。」
酒臭くて荒い息とその声は、不動産屋で遭遇した三人組の一人だ。




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