咄嗟の声 | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」
世の中、嫌な事ばかりが起きている。
それは何かなど、書きたくもない。

でも、そう感じるのはメディアのせいも絶対ある。
心温まる話。感動する話。泣ける話。
きっとある。それをもっと伝えればいいのに視聴率稼ぎに走る馬鹿どもがいる。

だったらNHK、お前らがもっとしっかりしろ。
金取るばかりを考えるんじゃない。

この間の台風の時だ。
あれはひどかった。
電車はこない。来ても乗り切れない。

やっと来たと思ったら、途中までしか行かない。仕方なく僕は、途中の駅で降りた。違う経路の電車も動いていない。

そんなある駅でのこと。
日本でもトップクラスの乗降客を誇るホームは人であふれかえっている。
続々を下りてくる人たち。

それをじっと見ていた僕。
そして、ひどく気になったことがあった。
最後尾を割とおっとりと降りてくる若い女性がいたのだ。あの騒ぎの中でだ。

あ、このひと危険だ。
僕は思った。

だってホームにはこの電車に乗りたいと必死な人であふれかえっているのだ。
急げ! 危ない!
しかし、その人が電車を降りる前にホームの乗客がなだれ込むようにドアに向かう。

あ!
その人は電車の中に押し戻されていく。万事休す。僕も押されて電車に足を踏み入れた。

その時だった。
「降りる人がいます! 降りる人がいます!」男性の叫び声。
続いて、「降りる人がいます! 降ります!」女性の声。

僕はひと声も出せなかった。
ただ、後ろから押してくる人の波を弓なりになりながらドアべりを掴んで支えるだけだった。
僕の腕の下を、降り損ねそうになった女性は降りて行った。

あの場面で、すぐに声を出せる人を僕は尊敬してやまない。人とはああでありたいと思う。
この世界は捨てたもんじゃないと僕は思ったけれど、自己嫌悪にも陥ったあの日だった。つくづくと情けない男だと思った日だった。
これを書いている今も、咄嗟の声を出せなかった自分を悔いて、どんよりとしてしまう。

世界を変えるのは、僕みたいなダメ人間じゃないんだな、絶対。


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