誰が悪いという話をしたいわけではない。
ただ、巡り合わせとか力関係ということを考えてしまう話ではあるけどね。



二年前。
髙橋大輔選手の2013NHK杯の演技が8Kで放映されるというので、私は「NHK杯銀盤の軌跡展」に出かけた。


そこで、ひどく消耗した。

8K動画を放映する会場に入ったときは、残念ながら大輔さんの演技が終わった直後だった。
順番は忘れたが放映される演技はあと三つ。浅田真央選手、メドベージェワ選手、羽生結弦選手、この三人の演技。四本が繰り返し放映されていたのだ。

羽生結弦選手の演技は「天と地のレクイエム」だった。NHK杯スペシャルエキシビジョンのものだったかな?
時期が時期だった。
デニス・テン選手の悲劇から、一ヶ月経っていなかった。
「レクイエム」の言葉で即座に連想してしまうのはテン様、そして彼の悲劇だった。そこから連想でボストンワールドの騒動を思い出してしまう。

「天と地のレクイエム」は好きなプログラムだ。なのにテン様を思い出して頭がグルグルしてくる。集中できない。
しかし一方でこのプログラムは、羽生選手が震災にあった人々のことを思い作ったプログラムである。ボストンワールドのあれこれに頭が行ってしまうのは失礼な気もする。
演技を虚心に観なければいけないと連想を抑えようとし、だんだんプログラムの世界に入っていった。

と思った、そのときに。
クライマックスの、羽生選手の荒ぶる動きが目に入る。
瞬間に連想する。
「それはないだろ。」という羽生くんの怒声。
ボストンワールドの公式練習の話が報道されてから、何度か想像していた、その想像の声。

せっかくプログラムの世界に入り込みかけたのに、また、テン様との関わりに頭が戻ってしまった。
まるで悪夢のように。
終わったときには気持ちがどっと疲れていた。もう嫌だ。


そう、疲れたのだ。
にもかかわらず、私は結局四回「天と地のレクイエム」を観てしまったのである。そしてそのたびにテン様との関わりを思い出して、消耗した。
なんで四回も観てしまったんだって?
髙橋大輔選手の「ソナチネ」を一度見たら、どうしても最前列で見たくなって、最前列の席が空いて見終わるまでそこにいたからである。

うん、悪いのは大輔さんだ。
いや違う、私の大輔さんを見たいという欲だ。
スケーターは誰も悪くない。



「ソナチネ」を見た幸福と「天と地のレクイエム」でテン様の不幸を思い出すキツさと、そのアップダウンが激しすぎて、ぼーっとしてしまった。
おかげでグッズコーナーに寄るのも忘れて帰ってしまったくらいである。





それにしてもなあ。
「天と地のレクイエム」は好きなプログラムで、私は昔記事も書いたことがある。結構気に入ってた。
しかしこの記事、実は私、少しばかり毒を入れていた。こんな文がある。

<引用>
なのに、身近な人を傷つけるには十分な力であると知る。
<引用終わり>

成長して力を持った羽生結弦という存在にぶつかった存在は倒れ、傷つく。私はこの記事でそういう世界を書いていたのだ。
これ、実は「羽生選手とそのファン集団という存在が大きくなりすぎて、大輔ファンの私はあおりを受けている」という気持ちが底にあった。
自分の気持ちを素直に語っても、「デーオタだから」としばしば歪んだ解釈をされる。羽生選手は、そのファンは強い存在、判定する側、私は弱く被害を判定を受けるだけの側。当時、そんな印象を受けていた。
ただ、ネットのあれこれというのはそれほど実害はない、幻のようなものだ。



ところが、大きな存在にぶつかって砕けた話がその後、本当にあったことに、この悪夢で気がついたのだ。

ボストンワールドの公式練習のトラブル自体は、どちらが悪いかといえばテン様だったのかもしれない。ただ、どちらが悪いかは関係ない。
「瓶が岩にぶつかろうが、岩が瓶にぶつかろうが、砕けるのは瓶」なのである。

この騒動が報道されたあと、テン様のSNSに抗議が殺到した。
そして衝撃を受けたのか、テン様のボストンワールドフリーの演技は良くなかった。
羽生選手とそのファンは大きな岩で、テン選手は瓶だった。
いい悪いは知らない。
ただそういう状況だったなということを、思い出してしまったのである。

自分が書いた文に潜ませた僅かな毒、そこで描いた構図。それが本当に起きてしまった。
そんなの、現実では見たくなかったな。



二年前のこの悪夢、実はそれから何度も何度も思い起こしていた。なんでなのか自分でも分からないまま。

地震は地球がちょっと身じろぎしただけのもの。しかしそれは人にとって大きな厄災だった。
そして、立場が強い者と弱い者が相対すれば、弱い方が衝撃を受ける。
羽生選手の演技は、天変地異に揺るがされる少年の姿を描いていた。その一方で、羽生選手と彼を囲む大きな人々の集まりが、天変地異のように他者を揺るがしていた。

そんな二重構造が、どうやら私の心にずっと引っかかっていたみたいなのである。







(しかし、「未完のレクイエム」を読み返して思ったんだけど。私、このときはまだ、羽生選手は「世界を変える存在」にまでなるとは思ってなかったんだな。フィギュアスケート男子シングルのトップ選手であることはむろん認識してたんだけど、フィギュアスケート男子シングルという競技がが日本でトップクラスの人気と知名度になるとまでは、当時はまだ思ってなかった。)