日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (45)

2023年03月02日 03時12分20秒 | Weblog

 穏やかな秋日和が続く土曜日の昼下がり。
 美代子は、午前中の診療業務を終えた節子が職員の控え室に戻り昼食の終わるのを、廊下の片隅でもどかしそうに待ち構えていたが、節子が入口に顔をのぞかせるとサット素早く近ずき
 「小母さん、少しお話をしたいことがあるので、裏山に散歩に行きませんか」
と誘い、二人は診療所の裏手に続く丘陵の公園に出かけた。 
 彼女は、語ることもなく道すがら節子に甘えて腕を絡ませて寄り添う様にして、初秋の温もりのある陽ざしを心地よく受けて、白樺林の木漏れ日を縫うように通り過ぎると、村の愛好家が丹念に手入れし咲き揃ったコスモスの花弁を撫でながら、時々、節子の顔を覗き見して視線が合うとニコット笑みを浮かべ、小高い丘陵の坂道をススキの穂波がそよ風に揺れてなびくのを掻き分けながら、ゆっくりと歩いて公園に辿りついた。
 
 節子は、道すがら彼女にもたれかかれて歩いているとき、5年前に悲哀と苦節を経て、健太郎と結ばれて間もない頃。
 二人だけの秘め事として、彼が結婚記念にと植樹することを内心では察していたが、彼の照れ隠しの言い回しで、冬場スキー愛好家の道標だと言って丘陵の道脇に植樹した3本のヒマラヤ杉が、大きく育ち蔦の弦が絡まっている姿を見て、その後、養女の理恵子と同じ道を何度か散歩したときのことを想いだしていた。
 理恵子は、そのころは美代子と背丈も同じくらいで、生まれ育った生活環境が普通の子供達と異なるにも拘わらず、その様なことを臆尾にも出さず、性格的にも明るく、その反面、内弁慶であるが忍耐強いところが、二人とも似通っており、それだけに美代子が可愛いかった。

 公園から眺望する飯豊山脈は、透き通った青空の中に峰の稜線をくっきりと浮かべ、周囲のススキの穂波も柔らかい陽に白く照り映えて、二人の心を和ませてくれた。
 節子が、美代子に言うとでもなく
 「何時見ても、ここの景色はとっても素晴らしいはネ」「こんな晴れた日に散歩をすると、気持ちが晴々れするゎ」
と呟いて、両腕を広げて大きく深呼吸をして背伸びしたあと両足を投げ出すようにして野原に腰を降ろすと、彼女もニッコリ笑い返して、真似して足を延ばして小首をかしげ
 「わたしも、この様な静かで眺めの良いところにいると、モヤモヤした気分が一変に晴れるゎ」
と答えながら、遠慮気味に節子の脇に腰を降し、肩にもたれかかるように身を寄せていた。 
 節子は、彼女の甘えた仕草や表情から察して、何か悩み事でもあって誘い出したものと直ぐに判り、優しく肩を抱き寄せて囁くように
 「美代子ちゃん、ご両親にも言えないことでもあるの?。それとも来年の進学のこと・・」
 「貴女の年頃には、色々と思い悩むことがあることは、私も理恵子を育ててみてよく判るゎ」
と話を向けると、彼女は節子から身体を少し離して、しゃがみこんで顔を見られない様に伏せ、周囲の草を摘みながら、少しの間、黙り込んでいたが、意を決したのか再び節子の傍らに身を寄せて、節子の手をとり白く細い指をいじりながら、俯いて恥ずかしそうに
 「あのねぇ~ この様なことをお聞きしてよいかどうか迷ったのですが、やっぱり小母さんにお聞きする以外に方法はないと考えて、思い切ってお誘いしたのですが・・」
と言って、不安そうな表情をして少し声を静めて不安そうな表情で
 「理恵子さんが東京に帰られるとき、大助君へのお手紙を託して差し上げたのですが、毎日、楽しみにお返事を待っているのに、全然音沙汰がないので、どうしたのかしらと、日を追う毎に不安な気持ちになってしまったの」
 「やっぱり、遠く離れていると、夏休みに二人であんなに楽しく過ごしたことも、あれっきりのことで、わたし達のお付き合いは終わってしまったのかしらと思うと、寂しくて一人で泣いていることもあるゎ」
 「小母さん、彼のことを知っていたら少しでも良いから教えてくれませんか?」
と、弱々しく聞くので、節子は大助君の状況を考えると、一寸、返事をするのを躊躇ったが、彼女の心情を思うと正直に答えた方が良いと思い
  「そうなの~ 貴女の大助君を思う友情は良く判るゎ」
  「あなた達にとっては、今が、人生で一番美しく輝く青春ですものネ」
と答えた。
 そのあと、節子は毎週金曜日の夜に娘の理恵子に対し近況を知るために、夫の健太郎か自分が電話をかけているが、一昨晩の理恵子の話では、大助君が部活の機械体操の時間に、鉄棒で大車輪の練習中に手を滑らせてマットに転落し、その際、両手首と右足首を強烈に打って、そのまま救急車で母親の勤務する病院に入院している。と、理恵子から聞いたままに正直に教えてやったところ、彼女は途端に
  「イヤッ~! ドウシヨウ」 「わたし、頭がおかしくなりそうだゎ」
と小声で呟くと、みるみるうちに青い瞳に涙を一杯に浮かべて、節子に抱きつき肩を小刻みに震わせ嗚咽をあげて泣き出してしまった。

 暫くして泣き止むとハンカチーフで涙を拭い、青ざめた顔で節子の手を強く握り
  「小母さん、わたし、明日、大助君のところにお見舞いに行き、自分の目で状態を確かめてくるゎ」
  「両親やお爺さんが、わたしの東京行きをなんと言うか判らないが、例え反対されても、わたし一人でも病院を訪ねてゆくゎ」
と、彼女が秘める強気な性格を表に出して、きっぱりと意思表示をしたが、それでも思いあぐねたように
  「大助君は、どうしてそんな危険な部活を選択したんでしょうネ」
  「普段、わたしが近くにいたならば、絶対にそんな危ない部活には入れさせないゎ」
  「例え、わたしの忠告を強く拒んで、余計なお世話だと怒って、はたかれる様なことがあっても、絶対にやめさせるゎ」
と、誰に言うとはなしに、遠くの山を見ながら一人ごとの様に呟いたあと
  「これから帰って、お爺様やママに相談するわ」「小母さん、教えてくれて有難う御座いました」
  「小母さんが、正直にお話をしてくれて、わたし、いま自分のやるべきことがはっきりと判り、気持ちがすっきりしたゎ」
と話した。節子は、 彼女の強烈な意志を込めた返事に、少し慌てたが
 「多分、捻挫だと思うので、そんなに思いつめないで落ち着いて考えてみるのネ」
と諭して、彼女の気持ちが落ち着いたところで、二人は公園をあとにした。
 
 節子は、秋を告げる山野の風景に魅せられて、来るときの晴々とした気持ちが、美代子の心情を察するあまり、同じ道を戻る足取りが重くなり、ススキの穂に戯れて飛び交うアカトンボが何時もの年より数が少なく寂しく思えた。
 美代子は、節子と反対に悩みが払拭されたのか機嫌よく  ♪更け行く秋のよ 旅のそらの・・  と、口ずさみながら野菊の茎を振りながら足取り軽くあるいていた。
 節子は、自分が高校卒業後に経験した、健太郎に対する失恋の苦しみから逃れるように故郷を捨てて一人上京したことと重ね合わせて、美代子のこととはいえ、寂しく苦しかった青春時代の想いが走馬灯の様に甦ってきて一抹の寂寞感が心を漂い気持ちが揺らいでいた。

 節子は、診療所に帰ると直ぐに美代子の母親キャサリンに一部始終を話すと、彼女は思いあぐねていたかの様に
 「優性遺伝と言うのでしょうかねぇ」
 「ご承知の通り、あの子は思い込むと意志が強いと言うのか強情と言うのか、遠い昔に亡くなった実の父親に似て、自分の主張を引っ込めないところがあり、それはそれで、これから兄弟の無い女性が生きてゆく為には必要かもしれませんが、最近、益々、その傾向が強くなり、私もどうすればよいのか迷っているんですょ」
 「私は、あの子の気持ちは理解出来ますが、果たして、お爺様と主人がなんと言うか、結局、お前の教育が悪いからだと、また、私が叱られることでしようネ」
と困惑した表情で、彼女に訴える様に返事をした。 
 節子は、これまでにキャサリンの日常生活を取り巻く周辺で何か問題が起こると、その度に彼女から愚痴を聞かされ、その都度、同年代のキャサリンの立場を思いやって相談相手になっていた。
 そんな彼女等の生活と異なり、自分が後妻とはいえ、娘のころから慕っていた元恩師の健太郎と結ばれて、日頃、優しく愛されている幸せを心の中でしみじみと感じた。
 
 



  
 

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