油屋種吉の独り言

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MAY  その65

2020-09-14 16:15:57 | 小説
 洞窟に向かう道すがら、メイのこころの中
は、もうすぐ会えるかもしれない、両親のこ
とでいっぱいになっていた。
 敵に察知されるのを恐れてか、辺りはいつ
の間にかもとの暗さにもどっていたが、メイ
の行く手だけは、ニッキの持つ懐中電灯によっ
てしっかり照らされていた。
 メイはふと空を見あげた。
 苦しい時、悲しい時、彼女はよく夜空を見
上げたものだった。
 雲の切れ目で、星がきらめいている。
 何か温かいものが、メイのこころの中にす
うっと入りこんでくる。
 「メイ、ほら、気をつけて。ぼんやりして
ると転んでしまう。この小道さ、腐葉土でで
きててね。雪を溶かしただけじゃ、靴がどろ
んこになる道だったし。いやなに、それは心
配ないんだ。ぼくたちの力で、しっかり固め
ておいたから。急なことだったし、どこから
どこまでもかんぺきというわけにはいかなかっ
たからね。わかるだろ。デコボコしたりあち
こち小石が転がってるかもしれないや」
 ニッキが振り向き、声を落とした。
 あまりに長い。
 済まないと思ってしゃべっているのだろう
が、メイにはそれがあまりに場違いな気がし
た。軽蔑してしまいたい、とさえ思った。
 すまないという気持ちが、彼の言葉にこめ
られているのを、メイはわかったけれども。
 メイは、ニッキの卑屈とも思えるような言
葉づかいに、つい腹が立ってしまい、ちょっ
と彼をからかってやろうと思い、
 「あら、そうなんだ。もっとよくやってく
れれば良かった。ふんなにさ、こんなにおお
げさにわたしを迎えてくれなくったっていい
のにね」
 と言った。
 「ごめんなさいね」
 ニッキは素直にあやまった。
 彼は頭も下げたのだろう。
 メイには、彼のからだが、急にとても小さ
くなってしまったように思えた。
 メイはちょっとばかりやりすぎたと感じ、
 「でもね、とってもありがたかったわ。わ
たしの気持ちを忘れないでいてくれて」
 と、素直に感謝の気持ちを伝えた。
 「あああ、ほっとした。そう言ってくれて。
こんなだけど、メイにはね、精いっぱい気を
つかってるんだよ」
 緊張で。ひきしまっていたニッキの表情が
少しゆるんだ。
 メイは、彼の真っ白な歯を数本、まじかで
見ることができた瞬間、メイはニッキのから
だを、後ろから抱きしめたい衝動にかられた。
 めいはあわてふためき、思わず、地べたに
しゃがみこみ、転がっていた小石をひとつ左
手でつかんだ。
 その石の冷たさが、メイのからだにジンと
伝わってきた。
 (ああ、あぶなかった。いったい、あたし、
どうしたっていうのかしら)
 「メイ、とにかく気をつけてよね。きみは
わたしたちにとってとっても大切な人なんだ
から」
 ニッキが、また声をひそめた。
 「ふうん、たいせつな、ね?」
 「ああ、そうだよ」
 メイもニッキをみならい、声を落とした。
 (誰もかれもがね。そんなこと口にするけ
どね。もうほんとにいやだわ。わたしってそ
んなに大物じゃないのよ、ほんとはね、もう)
 メイは、突然、大声をだしたい衝動にから
れた。
 だが、あやういところで、その言葉を喉元
でとめることができた。
 うすぼんやりした洞窟が、メイの視界の中
に入ったからである。
 何人か洞窟のまわりを歩いている。
 黒いかげが、ちらちら、動いていた。
 
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