油屋種吉の独り言

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MAY  その44

2020-03-23 17:53:58 | 小説
 森の中をひんやりした風が通りぬけていく。
 冬をまじかに感じるようになり、人々のこ
ころはますます暗くなった。  
 昼間、人々は、もっぱら地下室住まい。
 もぐらのような暮らしに、不安やうっぷん
がつのるばかりだ。
 彼らのこころは日に日に荒んでいき、日常
のささいなことでもすぐにかっとしてしまい、
収拾がつかなくなった。
 小中高の学校の建物は、ほとんど壊されて
しまっているから、生徒たちは家庭で学ばざ
るをえない。
 そんなある日の早朝。
 めずらしく、春を思わせる陽気だった。
 メイは、高校の先生がよこしてくれたホー
ムワークのその日の分を早めにやり終え、充
実した気持ちになっていた。
 南向きに造られた部屋の窓をとおして、朝
の光が差しこみはじめている。
 メイのお気に入りのハーブ茶を蝶がらのカッ
プにいれ、三畳ばかりのメイの部屋にやって
来た。
 「メイや、ちょっとは休んだら。あんまり
根を詰めると、からだにわるいからね」
 メリカがメイの背後で語りかけても、椅子
にすわったままのメイは。口をきかない。
 ふいに机のわきにあった、鳥の図鑑をばさっ
と机の上に置くと、一枚、二枚とページをめ
くりだした。
 「もうメイったら。何をそんなにおかんむ
りなんだい。わたしに当たるのは、お門違い
ってもんだろ」
 「そんなのわかってる。ドアが閉まってた
でしょ。入るときにはノックくらいしてちょ
うだい」
 メイは椅子から立ち上がると、右手で机の
上をバンッとたたいた。
 「おおこわい。何すんのよ。おばさんを殺
す気?近ごろね、血圧が高いの。ドキドキさ
せないで」
 「わかったわよ」
 メイはもう一度椅子に腰かけ、両手で長い
髪の毛をつつむようにし、上から下へとなで
ていく。
 こうすると気分がやわらぐのを、メイは幼
い頃から知っている。
 「ねえ、メリカおばさん」
 「何なのよ。急に優し気な声だして。気味
がわるいわ」
 「ちょっと森に行ってもいい?」
 「いいわけないでしょ。もう忘れたの、ひ
どいめにあったじゃない」
 「ちょっとだけでいいのよ、だめ?わたし
ねだいたいわかったの。どこの誰さんが、わ
たしんちをうらやんでるかってことが」
 「良かったわね。それさえわかれば、問題
が解決したようなものね」
 「ああそう、でもね。それでもなせがいら
いらするの」
 「困ったわね。わかる気がするけど、わた
しだってどうしたらいいか。とにかく森へは
行かないでちょうだい。何が起きるかしれな
いから」
 メリカは優しく語りかけた。
 メリカおばさんにつっけんどんな態度をと
るのは、あきらかに八つ当たり。
 失礼きわまりないことだ、とメイはじゅう
じゅうわかっている。
 怒りをぶつける相手はメリカおばさんでは
なく、自分を拉致した連中だ。
 しかし彼らをとことん責めたところで、問
題は根本的に解決されない。
 (ほんとうの敵はお父さんやお母さんをエッ
クス星から追い出したやつらだ)
 メイは、ふとそう思ったが、一番ふがいな
いのは自分自身に違いない、とも思う。
 この頃、前より、力強くなってきたように
思えるが、この程度ではまだまだ。
 お母さんの期待に沿うようになるにはどう
したらいいのか。どうやったらもっと力を出
せるのか、メイはわからなかった。
 「そうだわ。ケイを陥れた連中が早くこの
星から出て行ってもらったらいいんだわ」
 ふいに、メイはそうつぶやいた。
 「何だって、メイ?もう一度言ってごらん」
 メリカが、メイに問いただす。
 「ああもう、うるさいったら、ありゃしな
い。おばさん、済まないけど、出て行ってく
れる」
 メイは、机の上を、両のこぶしで、ドンド
ンたたいた。
 これ以上、メイの部屋にいるのはまずいと
感じだのだろう。
 メリカが急ぎ足で部屋を出た。
 とたんにドア付近で、みやああと猫の声が
した。
 (あれれ、うそでしょ、わたし、猫ちゃん
なんて飼ってないのに。どこから来たのかし
らね、ほんと)
 メイの瞳がぱっと輝いた。
 「あれっ、どこのねこちゃんなの。こっち
へおいで。おいしいものあげるわ」
 メイは左手にビスケットを一枚持ち、椅子
がうしろに倒れないよう、右手で椅子の背も
たれをつかんで立ち上がった。
 メイの足もとにじゃれついて来た三毛猫を、
彼女は両手でかかえ上げた。
 「まあ、きれいなねこちゃんだこと。かわ
いいわね。あなたどこから来たの。この辺じゃ
見かけない子ね」
 メイが三毛猫の首のあたりをなで始めると、
彼女はごろごろごろ喉を鳴らした。
 「メイちゃん、お友だちよ。ジェーンちゃ
んが来たわよ」
 間延びしたようなメリカの声が、遠くから
メイの耳にとどいた。
 
 
 
 
 
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2 コメント

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Unknown (麻屋与志夫)
2020-03-25 11:05:04
いつもありがとう。
がんはばっていますね。
楽しく読んでいます。
なんか恥ずかしいです。 (種吉)
2020-03-25 19:08:21
 先生、こんばんは。どういたしまして。いつもと同じようなものですみません。
 最近は登場人物の心理描写にこったりしています。
 若い作家の作品を読み、うまいと思うところをまねたりしてます。
 練習だから、まあいいかなんて気楽なものです。
 角川カクヨムの作品はみな、レベルが高いですね。

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