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シリア政府軍がイドリブを奪還しつつある一方、トルコ政府が苦境に陥った

2020.02.16
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 シリア政府軍がイドリブでの軍事作戦を本格化させ、2月上旬には重要な幹線道路、ダマスカスとアレッポを結ぶM5ハイウェー、そしてラタキアとアレッポを結ぶM4ハイウェーを奪い返したが、その後、トルコ軍はシリア軍に対する攻撃を強めている。

 

 イドリブはシリア西部にあり、トルコに接している地域。アメリカの大統領特使、​ブレット・マクガークでさえ、2017年7月、イドリブについて、9/11からアル・カイダの最も大きな避難場所になっていると表現​している。現在、そこにいる武装集団の後ろ盾はアメリカとトルコだと見られている。

 

 2011年3月にシリアへの侵略戦争が始まった当時、その侵略グループにはアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、カタール、トルコなどが参加していた。

 

 しかし、その前にロシアが立ちはだかったこともあり、戦争は侵略勢力の思い通りに進まない。そしてバラク・オバマ政権は2015年に入って好戦的な体制を強めた。つまり2月に国務長官をチャック・ヘイゲルからアシュトン・カーターへ、9月に統合参謀本部議長をマーティン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させたのだ。

 

 統合参謀本部議長が交代した5日後の9月30日、ロシア軍がシリア政府の要請に基づいて軍事介入して戦況は一変、侵略勢力が送り込んだジハード傭兵の支配地域は急速に縮小していった。そこでアメリカはクルドとの連携を強めるが、それはクルドと対立しているトルコを刺激することになった。

 

 ロシアが軍事介入した2カ月後、トルコ軍機がロシア軍機を撃墜したが、これはアメリカの承認、あるいは命令を受けてのことだったと見られている。この撃墜でロシアを脅そうとしたのかもしれないが、その後にロシア側の姿勢は厳しくなる。逆効果だったのだ。

 

 戦争の長期化で経済が苦境に陥ったこともあり、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は2016年6月下旬にロシアへ謝罪、7月13日にはトルコ首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆した。軍事蜂起(クーデター未遂)が引き起こされたのはその直後、7月15日のことだ。この軍事蜂起が鎮圧されたのは、直前にロシアからクーデター計画に関する警告がトルコ政府へ伝えられたからだと言われている。

 

 エルドアン政権はクーデターの黒幕をフェトフッラー・ギュレンの一派だとし、その背後にはアメリカ中央軍のジョセフ・ボーテル司令官やジョン・キャンベルISAF司令官がいると主張している。

 

 そのトルコがイドリブを巡り、シリアやロシアと対立している。昨年夏頃、トルコはイドリブでの戦闘を収束させようとしていたが、アメリカが妨害した可能性がある。

 

 8月27日にトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領はロシアを訪問しているが、その際にウラジミル・プーチン露大統領に対してタハリール・アル-シャームの解体を約束、そのトルコ側の圧力で武装集団から離反しようとしたグループが現れる。

 

 8月30日にはトルコ領へ逃げ込もうとした戦闘員らをトルコ軍が押し戻すということもあったが、その際、戦闘員はエルドアンを「裏切り者」と罵り、大統領の写真を焼いて抗議している。

 

 8月31日にはアル・カイダ系武装集団のハラス・アル・ディンとハイアト・タハリール・アッシャームの幹部がミサイルで攻撃されたが、サウジアラビアで伝えられているところによると、タハリール・アル-シャームのリーダー、アブ・モハメド・アル-ジョラニが手渡した情報に基づいてアメリカ軍が攻撃したのだという。

 

 12月19日にはトルコの情報機関が派遣した人びとがハイアト・タハリール・アッシャームなどの戦闘集団の幹部と会談、トルコとロシアとの話し合いは不調に終わったと伝えたとされている。その直後からシリア軍による攻撃は始まる。

 

 イドリブでの戦闘が進むとトルコへ少なからぬ人が流れ込むだろうが、そのトルコにはすでにシリアからの難民が約370万人いる。その難民が生活しているキャンプではジハード傭兵の影響力が強いとも言われている。トルコ政府はジハード傭兵を抱えて厳しい状況に陥った。






最終更新日  2020.02.16 15:43:51


 
 
2020.02.15
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 民主党の大統領候補としてピート・ブータジャジが売り出されている。今年の1月まで世論調査でトップだったジョー・バイデンは急速に支持率を落としているが、これはウクライナの汚職事件を封印し損なったことが大きいのだろう。

 

 しかし、2月に入って世論調査でトップに躍り出たのはバーニー・サンダース。草の根で人気のあるサンダースは2016年の大統領選挙でも少なからぬ人が支持、ヒラリー・クリントンを内定してた民主党幹部たちに足を引っ張られた。そうした工作の一端を明らかにしたのがウィキリークだ。

 

 人気の点ではトップのサンダースだが、「最有力候補」とは言えない。内政でも外交でも彼の政策が支配層に嫌われているだろうからだ。彼が候補者になり、大統領に選ばれるためには政策を支配層へ近づけねばならない。

 

 本ブログでは繰り返し書いてきたように、アメリカでは国内の収容所化と国外での侵略が推進されている。そうした流れは1991年12月のソ連が消滅した後に加速、2001年9月に再加速された。

 

 リチャード・ニクソンの辞任を受け、1974年に登場したジェラルド・フォード政権で親イスラエル派のネオコンが表舞台で影響力を強めはじめ、2001年9月からは圧倒的な力を持った。今では民主党も共和党も関係なく、大多数の議員がイスラエルを盲目的に支持している。

 

 しかし、世界的に見るとパレスチナ人を弾圧、殺戮と破壊を繰り返すイスラエルを批判する声は高まり、イスラエルに対するBDS(ボイコット、資本の引き揚げ、制裁)運動が広がっている。

 

 そうした運動が広がることを恐れ、アメリカでは反BDSが法律化されつつある。ジョージア州では2016年に州と1000ドル相当以上の契約をしている場合、イスラエル支持を誓うことが義務づけられた。そのジョージア州の大学で講演が予定されていたジャーナリストのアビー・マーチンはイスラエルに忠誠を誓うことを拒否、その結果、講演はキャンセルされた。

 

 アメリカと同じアングロ・サクソン系の国であるイギリスにおいてもイスラエルを批判する声はある。大きな節目になったのは1982年のイスラエル軍によるベイルート侵攻。1万数千人の市民を虐殺、さらにファランジスト党の手を借りて無防備のサブラとシャティーラにあったパレスチナ難民のキャンプを攻めて数百人、あるいは3000人以上の難民を虐殺している。

 

 歴史的に親イスラエルだったイギリスの労働党もパレスチナ人支持へ転換、イスラエルの残虐行為を擁護するアメリカへの批判が高まった。

 

 そこでアメリカのロナルド・レーガン政権はイギリスとの結びつきを強めるため、メディア界の大物を呼び寄せて善後策を協議した。そこで組織されたのがBAP(英米後継世代プロジェクト)だ。このプロジェクトには少なからぬメディアの記者や編集者が参加する。

 

 そうした中、目をつけられた政治家がトニー・ブレア。1994年1月に妻とイスラエルへ招待され、3月にブレアはロンドンのイスラエル大使館で富豪のマイケル・レビーを紹介された。その後、ブレアの重要なスポンサーになるのだが、言うまでもなく真の金主はイスラエルだ。

 

 米英の親イスラエル人脈にとって好都合なことに、労働党の党首だったジョン・スミスが1994年5月に急死、その1カ月後に行われた投票でブレアが勝利、党首になる。

 

 レビーだけでなく、イスラエルとイギリスとの関係強化を目的としているという団体LFIを資金源にしていたブレアは労働組合を頼る必要がない。そこで国内政策はマーガレット・サッチャーと同じ新自由主義、国外では親イスラエル的で好戦的なものになる。これが日本でも評判になったニュー・レイバーにほかならない。労働党をブレア以前に戻したのがジェレミー・コービン。彼を有力メディアが「反ユダヤ」だと攻撃したのはそのためだ。

 

 アメリカでは民主党の大統領候補選びでバイデンが失速した後、親イスラエル派に支持されているのはインディアナ州サウスベンド市長だったピート・ブータジャジである。

 

 この人物の有力スポンサーと言われているのがヘッジ・ファンドを経営するセス・クラーマン。この人物は熱烈なイスラエル支持者で、違法入植にも賛成している。今回の大統領選挙でこの人物はブータジャジのほか上院議員のアミー・クロウバシャーなどへ寄付しているようだ。

 

 また、昨年からデイビッド・コーエン元副長官やCIAの中東工作の責任者だったジョン・ブレアなど少なからぬCIAの元スタッフがブータジャジを支援していることが話題になっている。

 

 ブータジャジの支持者の中にはベネズエラの体制転覆を目論んでいる人もいる。そのひとりがドナルド・トランプ政権で国家安全保障会議の南アメリカ担当者だったフェルナンド・クッツ。CIAと関係が深くネオコンが拠点のひとつにしているCSISの秘密会議に出席したことでも知られている。






 

最終更新日  2020.02.15 15:54:52
2020.02.14
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 細菌兵器を開発する一環として​アメリカ軍がロシア人や中国人のDNAを集めている​とロシア軍のイゴール・キリロフ少将は批判、同じ事が中国でも言われていた。キリロフ少将は​アメリカがロシアや中国の周辺に生物兵器を配備している​とも主張している。

 

 2013年夏頃、アメリカ軍がウクライナ東部にあるハルキーフやメレファで危険な病原体を研究する施設を建設しようとしていると問題になったことがあるが、その段階でウクライナには似た9つの施設が存在していた。キエフにおけるクーデター後に住民がロシアを選択したクリミアにあった施設は閉鎖されたと思われるが、11施設になっているようだ。

 

 すでに本ブログでも書いたことだが、​そうした施設はウクライナだけでなくアゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタン、キルギスタン、モルドバ、タジキスタン、ウズベキスタン、ジョージアにあった​。

 

 ​ウクライナの東部では2016年にキエフ軍が送り込んだ兵士が薬の効かないウィルス性の病気になり、20名以上が死亡した​と報道されたが、ハルキーフやメレファの施設から近いことから細菌兵器が漏れたのではないかという推測もある。

 

 アフリカ西部のギニアでは2013年12月からエボラ出血熱が広がりはじめ、リベリア、シエラレオネ、ナイジェリア、さらにアメリカやヨーロッパへ伝染、1万1323名が死亡(致死率:70から71%)、大きな騒動になった。

 

 その際、生物兵器を研究している学者が数年にわたってギニア、リベリア、シエラレオネのあたりで活動していたと話題になっている。その学者が所属していたのは生物化学兵器を研究開発しているアメリカ軍のフォート・デトリック、そしてテュレーン大学だ。

 

 感染が問題になり始めた2014年7月、シエラレオネの健康公衆衛生省はテュレーン大学に対し、エボラに関する研究を止めるようにという声明を出す。その研究が予防や治療が目的でないと判断したのだろう。

 

 このときは突如、有効な治療法が出現したことも話題になった。2014年8月に現地で治療していたふたりのアメリカ人、ナンシー・ライトボールとケント・ブラントリーが感染したのだが、アメリカへ運ばれて治療を受け、ふたりは回復している。ふたりはリーフバイオ社とデフィルス社が開発したZMappが投与されたほか、現地で回復した少女の血が輸血されたとされている。ZMappにしろ輸血にしろ、それが病気に対して有効だということをアメリカの関係者が知っていたなら、なぜアフリカ人に対しては使われなかったのかという疑問も出た。なお、後にZMappの効果には否定的な評価がなされている。

 

 9月になるとアメリカのバラク・オバマ大統領はナイジェリア、リベリア、シエラレオネへ3000名程度の部隊を派遣すると言い始める。「エボラとの戦争」ということなのだろうが、実際は資源絡みだと見られている。

 

 エボラ出血熱がスーダンやザイールで見つかったのは1978年のことだが、80年代の前半からこの病気を引き起こすウィルスを含む病原体を細菌兵器にしようとする極秘の研究「プロジェクト・コースト」が南アフリカで始まる。その中心にいた研究者がウーター・ベイソン。

 

 ベイソンは1985年にイギリスを訪問、デイビッド・ケリーという研究者に会うが、このケリーは2003年7月、つまりアメリカ軍が従属国の軍隊を引き連れてイラクを先制攻撃した4カ月後に死亡している。

 

 アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権はイラク侵略を正当化するためにフェイク・ニュースを広めていたが、その際にイギリスのトニー・ブレア政権はフェイク・ニュースを本当らしく見せるために改竄文書を作成している。その事実をBBCのアンドリュー・ギリガン記者に知らせたのがケリーだった可能性が高い。

 

 手首を切っての「自殺」だとされているが、それにしては出血が少なく、心臓の活動が停止した後に切ったと疑いが強い。死の直前、イギリスの治安機関MI5がケリーからベイソンの件で話を聞いたともいう。なお、事実を国民に伝えたBBCはブレア政権から激しく攻撃された。執行役員会会長とBBC会長は辞任に追い込まれ、ギリガンもBBCを離れることになる。









 

最終更新日  2020.02.15 00:07:22
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