ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

美談好き

2020-03-28 08:20:28 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「猛省」3月22日
 『ヤングケアラー 10代介護可能性奪う 心身疲弊学業諦め』という見出しの記事が掲載されました。ヤングケアラーとは、10代の若者が親や祖父母、兄弟など家族の介護等を担っている状況を指す言葉です。この問題の研究者である成蹊大准教授渋谷智子氏はインタビューに答え、『授業に出られなかったり、勉強できる環境が自宅で確保できなかったりすれば、思うような成績が取れない。それが積み重なると、子ども自身が「自分は能力が低い」と自己評価するようになってしまう。家族の介護を優先し、進学や就職など人生の選択を狭めてしまう』と語っていらっしゃいます。
 また、『介護をする子どもは「偉い子だ」と評価されることがある。ただ、その子がどれだけ負担を抱え、どんな影響が出ているかを踏み込んで考える感覚が、今の社会にはない。ヤングケアラーを「美談」で終わらせてはいけない』とも述べていらっしゃいます。
 この記事を読んで、30年前の自分の失敗を思い出しました。当時、担任していた学級にHという女児がいました。小太りでいつもくすんだ色のトレーナーを着たHは、目立たない子供でした。怒ったり泣いたりした顔を見せたことがなく、成績は中の上くらい、問題を起こすことはなく、私は「手のかからない子」と認識していたのです。
 当時の私は担任としても未熟だったのでしょう。学級内にはいくつかの女児のグループができ、その中に序列のようなものが生まれ、おませでおしゃれな女児たちが、自分たち「一軍」と呼び、Hたちを「二軍」と呼んで、蔑んでいました。私はそのことを薄々ながら感じ自称「一軍」の女児たちを厳しく指導していましたが、今振り返ってみると、私の心の中にも、いつもさえない服装でもっさりとした感じのHに対する関心が低かったのだと思います。それが、子供たちにも分かってしまったのかもしれません。
 家庭訪問の日、私はHに案内されてHの自宅を訪ねました。家に入るとき、Hは「うちのお母さん、目が見えないから」と言いました。そのとき初めてそのことを知った私は、一瞬、頭が混乱し、その後、目の不自由な方と会話した経験がないことに気づき、どのような対応をすればよいのか戸惑ったまま、Hの家の居間に入りました。
 Hの母親は、穏やかな表情で私を迎え、目が不自由なことを告げ、そのためにPTA等協力できないことやHの世話にも足りない点があり学校に迷惑をかけていることを詫び、Hにも可哀そうな思いをさせていることを淡々と話しました。途中、Hが私と母親の分のお茶をお盆に載せて持ってきて、母親の隣に座りました。とても自然な動きで、Hが母親の生活を助けることが日常のことになっているのが感じられました。
 Hの母親は、私の動揺を感じ取ったことでしょう。そしてHも。そんな反応を示す他人に多く接してきたのでしょう。そこには怒りや不快の感情は感じられませんでした。それが、まだ11歳だったHの、私のような能天気な子供時代を送ってきた者には分からない静かな諦念のようなものを表しているようで、とても居心地が悪かったのを思い出します。
 Hは、ヤングケアラーです。当時の私は、そんな言葉も概念も知りませんでした。そして、そうした状況がHの今までの人生、今後の人生にどのような影響を及ぼしていくのか、H自身がそのことをどのように考えているのか、考えることもできなかったのです。家庭訪問後、私のHに対する対応は少し変わっていったはずです。冷たいくせに妙にセンチメンタルなところのある私は、おそらくHに同情したはずですから。そして、「Hさん、偉い!」と評価し、それを態度でも示したのです。しかし、そうした対応が、Hにとって喜ばしいものだったのかどうかは分かりません。とにかく、私は未熟だったのです。教員としても、人間としても。猛省です。
 若い教員の皆さんは、私の失敗を繰り返さないように、この問題について関心をもってほしいものです。

 

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