30年ぶりの上演、新演出だそうです。
知らないって、ほんとうに損してました。こんなに凄いオペラがあったなんて。
冒頭に歌われるアリア「サマータイム」はもともとジャズナンバーだと思っていたんです。
オペラに馴染のない私ですので、もちろん初見です。
勝手に「サマータイム」のけだるそうな後年のジャズシンガーの歌い方で暑すぎてけだるい夏の夜を想像していたんですが全く違ったんです。
若い母親(クララ)が腕に抱えた赤ん坊に向けてあやす愛情あふれる子守唄だったんです。
アメリカ南部の海の傍にあるコミュニティ・アフリカ系居住地キャットフィッシュ・ロウに暮らすクララと夫ジェイク。仲睦まじく、しあわせ感があります。
居住地というくらいだから人種差別で隔離されていることがわかります。
この初演が1935年。
この事実がどんなに凄いことか、
この作品がほぼアフリカ系アメリカ人だけのキャストで上演されること、この作品がはじめて上演された当時、黒人差別が日常の時代です。ブロードウエイ・アルヴィン劇場で上演され評判をとったんです。
アフリカ系移民の差別を撤廃しようという公民権運動が起こったのはさらに後年の1955年~60年です。
アフリカ系移民と書きましたが、人間としてではなく奴隷として強制的に連れてこられたルーツも踏まえ、それにもかかわらず、ガーシュウインはオペラによくある悲劇的な悲しい旋律を使っていません。
ガーシュウインの楽曲の素晴らしさ、この物語の黒人たちの日常、それぞれがありふれた出来事なのかもしれませんが理不尽なんです。それをそういうかなしそうなものにしていないんです。
舞台上、照明は暗いのですが、暗くないんです。
殺人が起きたり、白人警官に無実の罪を着せられ投獄されたり、生活が苦しくて葬儀費用もままならなかったり、しあわせの白い粉に翻弄されたり、状況は悲惨なのに、祈る。
その神への祈りの言葉がゴスペルですよね。交響曲なのに、アカペラでコーラスされる見事な楽曲の素晴らしさ。
いったい、ガーシュウインは何者?
そして、今回上演されたという意味も含めて、メトロポリタンオペラ劇場の熱狂的なスタオベが感動的なのも、この物語のラストシーンがこっちの想像する安易な落としどころではなく、力強い未来へ続く内容だったのも衝撃でした。
主人公のポーギーは足の不自由な乞食となっています。
乞食としてただ馬鹿にされているわけではなく、コミュニティで愛されています。
乞食というより足が悪いから漁師や農夫として働けなかったんじゃないでしょうか?
子供たちに彫り物のおもちゃをあげている演出シーンがありますが、手先が器用で小さな物を作っていたかもしれません。
彼は周りから評判の悪いベスを愛しています。
ベスは悪党クラウンの情婦で、しあわせの白い粉の売人スポーティンライフから麻薬漬けにされているような女なんです。
85年も前に幕を開けたのに、昨日の今日の現代の出来事のようでもあります。
キャットロウの住民には賭場でクラウンに夫を殺された信仰の厚いセレナ、キャットフィッシュロウの肝っ玉母さんのようなマリアを中心に生活の中に活気やちいさな喜びが描かれます。
主な登場人物だけでないそれぞれのソロやコーラスも見どころ、聴きどころです。
ポーギーのベスへの思いとベスのしあわせ感が美しい「Bess,You is My Woman Now」
スポーティンライフが悪党過ぎて、そのうまさ必見のお稽古映像。まるでミュージカルです✨
白人警官から、ちゃんと埋葬出来なければ医学生の解剖用に遺体を持っていくとつげられ、
葬儀費用を集めるも足りなくて悲しみくれるシーンのあと、
ガーシュウイン、こうくるかって。楽曲も演出もエクセレント
これは、絶対に観なければ伝わりません。
オペラに馴染のない方にも絶対観てほしいオペラです。
メトロポリタンオペラ歌劇場
2020年2月1日上演
上映時間 3時間40分(休憩1回)
指揮:ディヴィッド・ロバートソン
演出:ジェイムズ・ロビンソン
振付:カミール・A・ブラウン
衣裳:キャスリン・ズーバー
舞台美術:マイケル・イヤーガン
照明:ドナルド・ホルダー
プロジェクションデザイナー:リューク・ホールズ
キャスト
タイトルロール
ポーギー エリック・オーウェンズ(バス バリトン)
METではおなじみのオペラ歌手。今回実は風邪気味とオープニングでMET総監督ピーター・ゲルブが舞台上でわざわざ明かしたのですが、遜色なく、特にラストシーンは心に残るものでした。
タイトルロール
ベス エンジェル・ブルー(ソプラノ)
タイトルロールにもかかわらず、嫌われてしまいそうなジャンキーな役どころですが、チャーミング。
ラ・トラビアータ、ラ・ボエームのムゼッタなど多数。
嫌われるといえば、カーテンコールで大ブーイングだったのが白人刑事、警官たち(笑)
黒人への締め付け、不当逮捕など、ほんとうにいやらしい憎っくき役どころを上手く演じていたので、彼らも笑顔でブーイングを受けていました。
好演でしたので歌手名を探したのですが見つからず。
クララ ゴルダ・シュルツ(ソプラノ)
南アフリカ出身のオペラ歌手でインタビューではニューヨークでアフリカ系アメリカ人との共演を心地好く話していました。
ジェイク ドノヴァン・シングレタリィ(バス バリトン)
めっちゃイケメンで、筋肉質のフォルムもドキドキするくらい麗しかったです。
セリーナ ラトーニア・ムーア(ソプラノ)
賭け事をしないでと言ったのに、その挙句殺されてしまう旦那さんを持ち、葬儀費用が足りなくてもしっかりと思いを告げるたくましさ、根っからの明るさ、信仰の深さ、愛されキャラ。
マリア デニス・グレイブス(メゾソプラノ)
苦しさ、悲しさ、すべて呑みこんでようなたくましい女性役で素敵です。
METライブビューイングで観た中ではマーニーの母親役もされていました。
クラウン アルフレッド・ウォーカー(バリトン バス)
この笑顔とは違って役の中ではもの凄い悪人です(笑)
スポーティンライフ フレドリック・バレンタイン(テノール)
ヘビと呼ばれる悪党。上手過ぎてオペラ歌手じゃないんじゃない?と錯覚してしまう程です。
彼に限らず、コーラスの面々も舞台役者さんでしょ?と思うほど。
いえ、絶対皆さんブロードウエイミュージカルに出演されてますよね?
ネタバレになりますので、詳しいあらすじは書きませんが、
究極の「あきらめない」です。
悲劇が悲しいまま終わるオペラではありません。その遥か上を行く作品です。
そうやって生きてきたんだ。と、思わせてくれる、人間のたくましさ、感動しました。