2019年10月30日水曜日

小説 Lugh ルー 19

この先のカーブは、危険。

僕以外は、インターハイの上位選手が早いTTスタート順。
2番手早坂先輩が僕より速いと僕のゴール1分以内に入ってくる。
が、来ない。
僕に後れること43秒。
3番手以降も僕を破ることはなかった。
TT(タイムトライヤル)の1位になってしまった。

僕の記録は、平均時速約43km。
アマチュアエリートクラスの上位アヴェレージに匹敵する。
南海さんが
力があるのはわかっていたけれど
ここまで出してしまうとは、と驚く。
しかし、僕自身は生煮え。
走った気がしない。

この後のロードレースは、一般道路の使用もする。
だが片側のみでコース幅の狭いところが多い。
縦長のレースになり団子状態にならない。
西輪厚では、きついカーブも多発する。
そういう場所では、カーブ前で渋滞を起こし
後ろの選手ほど前との間隔が開いてしまう。
渋滞は、接触や転倒のトラブルが起きやすい。
全体に抜くポイントが限られるコース。

ロードバイクのスタートは、この大会の規定で
前列にTTレース上位者が位置する。
上位入賞はしろ、と言う南海さんの指令。
優勝してしまったとなると僕へのマークはきつくなる。
蓋をしに来る選手が送り込まれる可能性が高い。
レース初心者の白石君が駆け引きに巻き込まれると
余計なエネルギーを消費させてしまう。

作戦が決まった。
最初から逃げる。
渋滞の中で貰い事故のリスクを減らす。
初レースのハンデを無実化して僕のペースでレースを運べ。
逃げ切り優勝をしよう。
どんな逃げ切り方をしたらいいのかを南海さんがレクチャーしてくれた。

僕を見る参加者視線を強く感じる。
確かにマークがきつくなりそうだ。















お昼前の11時がスタートになる。
TVクルーが、インタビューにきた。
「光榮高校1年生白石亨蕗君です、TTレース一位おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」

「白石君は、野球部となっていますが、バイクレースの経験は?」
「初めてです。」
「その初めての白石君がTTレースで首位を獲得したことについて
参加者、関係者そして観客も驚いています。
ご本人の感想は?」
「うれしいです。コーチをしていただいた
バイシクル札幌の南海さんがTTバイクを貸してくれました。
そのお陰もあります。」
「あのバイクですから確かに性能は高いでしょう。
でも肝心の乗り手が弱くては記録になりませんよ。」
「ありがとうございます。」

「なぜ野球部の白石君がロードバイクなのですか?」
「怪我をして野球は、休部をしてます。
下半身のトレーニングでバイクに乗っています。
7月に自転車競技部と走る機会がありました。
そこで千切られました。
そのリベンジをお願いしたらここにいました。」
「なるほど、それではロードバイクでも優勝を狙っているわけですね。」
「インターハイ優勝の早坂先輩越えが目標です。」
「運動部所属とは言っても違う種目からの参戦。
一種道場破りとも言えます。
自転車競技部としては、部外者に負けるわけにいかない。
白石君対自転車競技部という構図も出来上がります。
面白いレースが期待できそうです。
インタビューを受けていただきましてありがとうございます。」

ゴリと戸田さんも声を掛けてくれた。
身体を冷やさないようにローラを転がしながら迎えた。
段違だったなルー。」
「恰好良かったです、先輩。」
「南海さんのTTバイクが勝因だよ。
ロードバイクのままの選手が多かったからね。」
「気持ち良さそうに回していたもんな。」
「そのロードも南海さんの?」
「僕の。」
「買ったの?」
「このためにね。」
「そうか、走りそう。」
「10日前に納品してもらった。」
「幾らだったんですか?」
「約30万円少し。僕の貯金では足りなくて親に借りた。」
「マシンにぴたっと納まって見えます。」
「このレースの秘密兵器ってことか。」
「そう、初めから僕に合わせて作ってもらった。
軽いしフィット感が良い。」
「これならロードも頂きだな。」
「そのつもり。」
カーブの多いこのレースを念頭にディスクブレーキを付けている。

「私たち、先にポイントに移動しています。」
「お願いします。」
「頑張って。」
ゴリ達には、40km地点のエイドを頼んでいた。

父と母も激励に来た。
「すごいね、ルー。」
「おめでとうルー。」
「ありがとう。」
「足りないものはない?」
「水、OK.。携帯食OK。」
ロード用のジャージに着替えもした。
「作戦は?」
「先行、逃げ切り。」
少し声を落として周りに聞こえないように応える。
「コース条件とレース経験とルーの単独走り、総合するとそうなるか。
しかし、そこにも作戦が必要だろう。」
「南海さんとミーティングをした。」
「よし万全だな。
俺たちも車で移動して後方支援するから。」
「事故を起こさないように十分注意してね。」
「ありがとう。」
スタートまでの時間を一人アップした。

バックアップ車が許可されている。
しかし、道路幅が狭いのでレース中の選手の中を車両が走ってはいけない。
選手が最後尾になったところでフォローするか
若しくは、コース以外のルートで先乗りして
走行の邪魔にならない空間でそれに充あたるか。
そのいずれかでバックアップすることになっている。
両親にはそれをお願いした。

南海さんは、オートバイクでバックアップをしてくれる。

スタート10分前までに準備の位置に待機。
早坂先輩が声を掛けてきた。
「白石、TT速かったなぁ。
随分仕上がっているようだね。」
「はい、」
「テープを切るのは、俺。
悪いが白石は、俺のケツを見ることになる。」
「そうならないように行きますよ。」
右手を差し出し握手を求めてきた。
先輩の闘志がその手から伝わる。

5分前にスタート地点に並ぶ。

TTゴール地点がロードのスタート。
関係者他観客もいる。
それぞれ写真を撮ったり激励したり。
緊張が高まる。
落ち着かない集団。
前を見つめる選手、目を閉じている選手。
僕は、空を眺めていた。
蒼空そうくうに蜻蛉が群飛している。
コーチの指示を反芻した。

スタートした。
スタートの混みあい接触事故防止のため
少しの時間先導のバイクが流れを作る。
ゆっくり流れる集団。

ミュンヘン大橋を過ぎて僕への応援コールが鳴り響く。
野球部のみんなが横に数列並んでエールを送ってくれた。
前列には、嵯峨先輩がいる。
「白石~~!トップで帰って来い!!」
「ざ~す、!!」
発気楊楊、全身が闘志で漲みなぎってきた。

オートバイとの間に他車を入れるな。
オートバイの後ろに貼り付け。
頭を取ったまま本スタートしたら飛び出せ。
飛び出したら離せ。
そして後ろを確認しろ。
必ず付いてくる選手がいる。
5人付いてきた。
付いてきた選手にローテを持ちかけろ。
「ローテーションをしましょう。」
隊列が整ったらその走りを観察しろ。
蓋をしに来たのか、自らも逃げようとしているのか。

序盤は、滝野まで平均3%ほどの登り。
本命集団を離したら更に離す意識で走れ。

余裕を持ちながら走れ。
一杯一杯な走りをするな。
この時、追われていると思うな。
離しているとイメージしろ。
自分のペース、心拍数だと160bpm台後半を保て。
登りならもっと上げろ。

他の選手が白石君より遅いペースなら置き去れ。
但し、「ペースが遅いので先に行きます。」と断りを入れておくこと。
自転車レースでは、ライバルであっても協力しあう。
そこは、他の選手へのリスペクトを忘れないように。
それでも付いてくる選手がいればそこと共闘しろ。
自分ペースに上げた。
3人が落ちて2人残る。
差し引き3人のトレインになった。

15km地点で南海さんが寄ってきた。
既に滝野峠を下り里塚霊園への道に差し掛かる。
「イイヨ~、メインと90秒。このまま離して行こう。」
200m、長くないけれど急な坂道。
「勢いのまま登れ~!」
「水忘れるな~!」
そう言い残し先に進んでいった。
わしわしと力強く駆け上がる。
少し遅れながら共闘の選手が付いてきた。
登り切って水と補給食を入れる。
霊園を大きく周る。

一旦、羊が丘通りに出る。
片側3車線の大きな通りの
反対車線側がコースになっている。
その外側1車線だけが封鎖されている。

すぐにショッピングモールの裏手、
西輪厚へ続く脇道へ右折。
曲がる前に後ろを確認。
メインの姿が見えない。
多分あの急坂入り口で渋滞して遅れが重なったのだろう。
2kmは離しているはず、時間にして2分というところか。
ここからアップダウンと急カーブのコース。
隅々まで知り尽くしたコース。
ここでさらに後ろを離せ。

少し長い下りは、脚を休めながら攻めた。
車の往来は規制されている、自転車だけの走り。
先に急なカーブがない。
自動車に気兼ねなく片側車線幅を一杯に使ってスピードを上げて行く。
70km/h台で下っていた。
これほどのスピードは、初めての経験。
空気の壁を打ち壊して進む。
生身の身体でこのスピートは、恐怖感に襲われる。
アドレナリンが、行け~~つ!!と脳内で炸裂している。

一秒間に19.4mのスピード。
凄い速い。
こんなに華奢きゃしゃな乗り物でこれほどスピードが出せる。
自転車に係わってきた人たちの研究の積み重ねがこの性能に繋がっている。
僕たちは、その恩恵を享受している。

ここでもほかの二人が遅れ気味。
脚を使って追いついてくる。

アンビウォーター前を左に折れて仁井別川沿いに東に走る。 
北広島の逓信所前を過ぎて島松川を渡る。
直ぐに90度右折。
ここでゴリ達が待っている。
使っていたウォーターボトルを捨てる。
500ccのウォーターボトルと食料の入った袋をもらう。
肩にかけた。
ボトルは、ジャージ背中中央にねじ込む。
携帯食を両サイドのポケットに入れる。
母に作ってもらったエイド袋も道脇に捨てる。
さっきのウォーターボトル同様にゴリ達が回収してくれる。
餡パンとバナナを食べた。
「ルー、良いペース!!」
両親もここで待っていた。

ここから先は、少しの登りで緩いワインディング。
エイドしやすい場所。
バナナは、食べやすいように皮を向いてラップで軽く覆っている。
パンは、ビニール包装の口を開けてある。

補給を無事に終えて快調に回す。
もう少しするとゴルフ銀座の回廊となる。
登っては、下る。
曲がっては、折れる。
カーブ手前ではディスクブレーキが威力を発揮した。
ぎりぎりまでブレーキングを我慢できる。
他の二人がここでも遅れ気味。

1人が落ちて行った。
この先の左カーブは、危険。

次は、下り45度の急角度。
しかも火山灰土のダンプが通る道でその積み土や砂が溜まっている。
速度を十二分に抑えカーブに入る必要がある。
後ろの選手にここは、抑えたほうがいいとハンドサインを送った。
が彼は、小さな下りを猛然とまくってくる。
ここで勝負に来た。
僕を抜いてカーブに入る。
前輪が横滑りした。
そのまま横滑り転倒。
走路を阻まれた。

減速していたが躱かわせない。
T字路の土手に真っすぐ突っ込む。
咄嗟に車体を右に傾けた。
こちらも横滑り転倒。
僕は、右腰と右肘を打つが大きなダメージはなし。
擦過で出来た丸い穴がレーパンに開いている。
その下は、赤くすり切れた傷が顔を出す。
右ひじ外側もすり切れて血が筋状に流れている。
下半身屈伸と腕の曲げ伸ばしをしてみる。
見た目ほどの大きな損傷ではない。

マシンを立ち上げペダルを回してみる。
南海さんが寄ってきた。
「大丈夫か?」
「問題は、なさそうです。」
跨って再スタートした。
南海さんが少し先で待っていると言って離れて行く。
もう一人の先行選手は、腕を故障した様子。
再スタートした僕に「悪い!」と詫びている。
「ドンマイ!」
彼は、離脱になりそう。

直ぐに登り。
フロントギアをインに下げる。
次にリアチェンジ。
えっ!変則が出来ない。
リアは、中間ギアのまま動かない。
2度3度試みる。
駄目。
ディレーラーがトラブったらしい。
こうなると急勾配がキツイ。
高速も出せない。
次のカーブ出口で南海さんが待っていた。
「後ろ変則できません。」
「OK、川沿いの大きな登りまで耐えろ。
そこでバイクのチェンジをする。
焦るな、一杯に上げるな、ペースをキープしろ!
3分のハンデがある、チェンジまで持ちこたえろ。」
並走しながらやり取りをした。

メイン集団は虎視眈々先行を捉える作戦を取っていた。
素人にやられるわけにいかない。
各チームのトップが結集して共闘していた。
力のある選手たちのトレイン。
ハンデを負った僕。
目に見えて差が縮まっていた。

ゴルフ回廊を過ぎた辺りで後ろの気配がしてきた。
南海さんが寄ってきた。
「抜かれてもいい、焦るな。無駄に体力を使うな。
スペアバイクは、上で待ってる。自分ペースで登れ!」

面白くなってきたぞう。
他人事ではない、僕のレース。
このくらいのハプニングがあってもいい。

にやりとしている僕がいた。

20に続く

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