718)プテロスチルベン(Pterostilbene)の抗がん作用(その3):小胞体ストレス誘導作用

図:小胞体で折り畳み不全のタンパク質が増えると小胞体ストレスが誘導される(①)。小胞体ストレスに対して、小胞体ストレス応答が誘導され(②)、タンパク質合成を抑制して小胞体負荷を軽減したり、シャペロンタンパク質によってタンパク質の折り畳みの正常化を促進する(③)。さらにユビキチン-プロテアソーム系(④)やオートファジー(⑤)によって異常タンパク質を分解することによって小胞体ストレスを軽減する。このようなメカニズムで小胞体ストレスを軽減できないと、異常タンパク質が小胞体内に蓄積に、細胞死が誘導される(⑥)。プテロスチルベンと2-デオキシ-D-グルコースは小胞体ストレスを 誘導し増大する(⑦)。メトホルミンは小胞体ストレス応答を阻害する(⑧)。ジスルフィラムとオーラノフィンはプロテアソームの働きを阻害し(⑨)、ヒドロキシクロロキンはオートファジーを阻害する(⑩)。これらを組み合わせると、小胞体ストレスが亢進して、がん細胞を死滅できる。

718)プテロスチルベン(Pterostilbene)の抗がん作用(その3):小胞体ストレス誘導作用

【植物スチルベノイドは小胞体ストレスを誘導する】
増殖の速いがん細胞は、細胞を増やすためにタンパク質の合成が亢進しています。
そのため、がん細胞ではタンパク質の折り畳みや翻訳語修飾(リン酸化、糖鎖付加、脂質付加など)の働きを行う小胞体の負荷が増大します。
このような状況で、折り畳み不全タンパク質が小胞体内で蓄積すると、小胞体ストレスという現象を引き起こします。この小胞体ストレスが亢進すると、細胞の増殖は抑制され、細胞死が誘導されます。
がん細胞に小胞体ストレスを引き起こす薬剤はがん治療薬となる可能性が指摘されています
植物スチルベンは様々なメカニズムで抗がん作用を発揮しますが、小胞体ストレス誘導作用も報告されています。以下のような報告があります。

Plant Stilbenes Induce Endoplasmic Reticulum Stress and Their Anti-Cancer Activity can be Enhanced by Inhibitors of Autophagy(植物スチルベンは小胞体ストレスを誘導し、それらの抗がん活性はオートファジーの阻害剤によって増強することができる)Exp Cell Res. 2015 Nov 15; 339(1): 147–153.

【要旨の抜粋】
研究の背景:環境条件または化学物質によって小胞体の機能が阻害されると、その結果として小胞体ストレスが誘導される。この小胞体ストレスは緩和されなければ細胞にとって有毒となる。
小胞体ストレスに対する古典的な応答は、小胞体のタンパク質負荷を軽減する小胞体ストレス応答(unfolded protein response)である。
さらに、オートファジーによって、不溶性タンパク質の凝集体を除去することで小胞体ストレスを軽減することもできる。
小胞体ストレスを誘導する薬剤は抗がん活性を有する可能性があり、小胞体ストレス誘発剤の探索が行われている。レスベラトロールなどの植物スチルベンは、植物におけるストレス応答性分子の一種であり、老化やがんなどの状態に対する人間の潜在的な治療法として研究されている。

結果:小胞体ストレスを誘導する化合物を特定するために、1726種類の物質をスクリーニングした。二次スクリーニングの結果、植物スチルベンのプテロスチルベン(pterostilbene)ピセアタンノール(piceatannol)が小胞体ストレスの最も強力な誘発剤であることを確認した。
小胞体ストレスは特に小胞体負荷の高い細胞に対して毒性を示す可能性があるため、分泌型糖タンパク質増殖因子のWntファミリーを発現する細胞への影響を調べた。
分子分析により、これらの小胞体ストレスを誘発するスチルベンがWntタンパク質のプロセッシングを阻害し、Wnt16を発現する急性リンパ芽球性白血病細胞にオートファジーを誘発することが明らかになった。プテロスチルベン(小胞体ストレスを誘発する)とクロロキン(オートファジーを阻害する)を組み合わせると、増殖の速い急性リンパ芽球性白血病の細胞に重大な細胞毒性を引き起こすことができた。

結論:植物スチルベンは小胞体ストレスの強力な誘導物質である。それらの毒性はWnt増殖因子を発現するがん細胞でより顕著である。これらの急性リンパ球芽球性白血病細胞におけるスチルベンの毒性は、オートファジー阻害剤の添加により増強され、治療への応用の可能性が示唆される。

小胞体に異常なタンパク質が蓄積すると小胞体ストレスが起こり、この小胞体ストレスが亢進すると細胞が死滅します。
植物に含まれるスチルベノイドの中でもプテロスチルベン(pterostilbene)とピセアタンノール(piceatannol)が小胞体ストレスの最も強力な誘発剤であると報告しています。
小胞体ストレスを軽減するために細胞はオートファジーのメカニズムで異常タンパク質を分解しています。そこで、オートファジーを阻害するクロロキンを併用すると、小胞体ストレスが亢進して細胞死が促進されるというメカニズムになります。
つまり、小胞体ストレスを誘導するプテロスチルベンとオートファジーを阻害するクロロキン(あるいはヒドロキシクロロキン)を併用すると、小胞体ストレスを高めてがん細胞を死滅できるということになります。(下図)

図:リボソームで合成されたタンパク質は小胞体で折り畳みや翻訳語修飾を受けて正常な機能を持ったタンパク質になる(①)。プテロスチルベンは小胞体に作用し(②)、小胞体ストレスを引き起こし(③)、小胞体内で折畳み不全の異常タンパク質が増える(④)。異常タンパク質はオートファゴソームに取り込まれ(⑤)、リソゾームと癒合してオートファジーのメカニズムで分解され、小胞体ストレスを軽減する(⑥)。クロロキンはオートファジーの過程を阻害する(⑦)。したがって、プテロスチルベンとクロロキンを併用して投与すると、小胞体ストレスが亢進し、小胞体内に異常タンパク質が凝集して蓄積し(⑧)、細胞機能が阻害されて細胞死が誘導される(⑨)。

以下のような報告もあります。

Pterostilbene exerts anticancer activity on non-small-cell lung cancer via activating endoplasmic reticulum stress(プテロスチルベンは小胞体ストレスを誘導することによって非小細胞性肺がんに対して抗がん活性を示す)Sci Rep. 2017 Aug 14;7(1):8091.

【要旨】
レスベラトロールの天然のジメチル化類縁体のプテロスチルベンは非小細胞肺がんに対して強力な抗がん作用を示すが、そのメカニズムは十分に明らかになっていない。
この研究では、ヒト非小細胞性肺がん細胞株のPC9 と A549において、プテロスチルベンが時間と用量依存性に小胞体ストレスのシグナル伝達系(すなわち、p-PERK、IRE1、ATF4、CHOP)を活性化し、細胞生存率を低下させ、アポトーシスを誘導することを示す。
さらに、プテロスチルベンを投与された非小細胞性肺がん細胞では、移動性と接着性の低下、細胞内グルタチオンレベルの低下、活性酸素種の生成亢進、カスパーゼ3活性亢進とミトコンドリア膜脱分極の亢進が観察された。
これらの効果は、in vitroの実験で小胞体ストレスのシグナル伝達経路を阻害するCHOP siRNAによって逆転したが、古典的は小胞体ストレス誘導剤のタプシガルギン(thapsigargin)によって促進された。
さらに、in vivoの研究では、プテロスチルベンが小胞体ストレスのシグナル伝達系とアポトーシスに関連するタンパク質を動員することによって抗がん作用を発揮し、これらの抗がん作用がタプシガルギンによって増強されたことも確認された。
したがって、小胞体ストレスの活性化は、非小細胞性肺がんに対するプテロスチルベンによる抗腫瘍作用の新しいメカニズムの可能性を示唆しており、肺がんの新しい治療法となる可能性がある

プテロスチルベンはがん細胞に小胞体ストレスを亢進して細胞死(アポトーシス)を誘導するということです。

【プテロスチルベンは植物が合成する抗菌物質(ファイトアレキシン)】
スチルベン (stilbene) とは、芳香族の炭化水素の1種の有機化合物です。
スチルベノイド(Stilbenoid)はスチルベンのヒドロキシル化誘導体です。
スチルベノイドは、さまざまな植物種に見られる天然に存在するフェノール化合物のグループで、それらはスチルベンという共通の骨格構造を共有していますが、置換基の性質と位置が異なり、その構造の違いによって化合物としての性状や薬理作用が異なります。 

図:スチルベンに水酸基(OH)やメトキシ基(CH3O-)の側鎖がついて様々な種類のスチルベノイドが合成される。

スチルベノイドは病原菌や寄生菌が侵入したときに植物細胞が合成する抗菌性物質(ファイトアレキシン)です。
植物は、外敵(病原菌など)や過酷な外的環境(紫外線や熱や重金属など)に打ち勝つために、様々な生体防御物質を合成しています。植物体に病原菌や寄生菌が侵入したときに植物細胞が合成する抗菌性物質をファイトアレキシン(phytoalexin)と言います。
レスベラトロールやプテロスチルベンなどのスチルベノイドはファイトアレキシンの一種です。抗菌作用があるということは、動物の細胞に対しても何らかの作用を示す可能性を有しています。
スチルベノイドは、心筋細胞や神経細胞の保護、抗糖尿病作用、脱メラニン色素作用、抗炎症作用、がん予防や抗がん作用に至るまで、さまざまな生物学的活性を発揮します。
スチルベノイドの生理活性として以下のような作用が報告されています。

  • 神経細胞保護作用:脳におけるアミロイド班の減少、脳梗塞の抑制、神経組織における活性酸素種の産生抑制、コリンエステラーゼ活性の阻害
  • 心筋細胞保護・心肥大改善:AMP活性化プロテインキナーゼの活性化、eNOSの発現亢進と活性化
  • 動脈硬化の抑制:酸化ストレスと炎症(TNF-α、IL-1β)の抑制、血管内皮細胞におけるLDLの酸化阻止
  • 糖尿病の改善:インスリン感受性の亢進、グルコース取込み亢進、活性酸素種の産生抑制、AMPK依存性ミトコンドリア新生の亢進
  • 虚血・再還流障害の抑制:抗酸化酵素(SOD活性)亢進、酸化ストレス軽減、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1β)の産生抑制
  • 血小板凝集抑制:シクロオキシゲナーゼ活性の阻害
  • がん治療とがん予防:種々のがん細胞株に対する増殖抑制、アポトーシス誘導、血管新生阻害
  • 肥満の抑制:脂肪合成の抑制。脂肪分解促進、AMPKとサーチュインとPGC-1αの活性化
  • 皮膚の美白:メラニン産生抑制、チロシナーゼ活性の阻害
    ( 参考: Biological Activities of Stilbenoids , Int J Mol Sci. 2018 Mar; 19(3): 792. )

【プテロスチルベンは生体利用率が高い】
赤ワインやブドウに含まれ、長寿遺伝子のサーチュインを活性化する作用があるレスベラトロールは、最も広く研究されているスチルベノイドです。その多彩な薬効から、サプリメントの素材としても人気があります。
しかし、レスベラトロールは経口バイオアベイラビリティ(生体利用率)が極めて低いという欠点があります。
シクロデキストリンとの複合体形成は、レスベラトロールの水溶性を改善しますが、生物学的利用能は改善しません。
より高い用量のレスベラトロールの投与も薬物動態プロファイルを改善しないと報告されています。体内で急速に代謝され、半減期が非常に短いという欠点も指摘されています。

一方、プテロスチルベンは80%程度のバイオアベイラビリティを示すことが報告されています。
プテロスチルベンの構造には2つのメトキシ基(CH3O-)が存在することで、プテロスチルベンはより親油性になり、したがってより生物学的に利用可能になります。 
プテロスチルベンは、グルクロン酸抱合または硫酸化に利用できる遊離ヒドロキシル基が1つしかないため、代謝的にも安定しています。 
実際、ヒト肝ミクロソームで行われた酵素動態グルクロン酸抱合アッセイは、レスベラトロールがプテロスチルベンと比較してグルクロン酸抱合によってより効率的に代謝されることが示されています。 
つまり、プテロスチルベンはレスベラトロールより消化管からの吸収がよく、グルクロン酸抱合や硫酸抱合による不活性化を受けにくいので、生物学的利用能が高いことを意味します
プテロスチルベンはレスベラトロールと同様にブドウやブルーベリーなどに含まれます。

図:プテロスチルベンはレスベラトロールの2個の水酸基(OH)がメトキシ基(CH3O-)に置換している。2つのメトキシ基が存在することで、プテロスチルベンはより親油性になり、消化管からの吸収がよく、グルクロン酸抱合や硫酸抱合による不活性化を受けにくいので、生物学的利用能がレスベラトロールより高い。

経口投与によるレスベラトロールのバイオアベイラビリティ(生体利用率)は極めて低い(数パーセントのレベル)のが問題でした。レスベラトロールは小腸と肝臓で、フェースII解毒酵素によってグルクロン酸抱合や硫酸抱合による代謝を受けるので、活性型は全身循環には極めて少量しか移行しません。
そのため、レスベラトロールには抗酸化作用、抗炎症作用、抗老化作用、抗がん作用など様々な薬効が基礎実験で示されていましたが、臨床的効果は疑問視されていました。
リポソーム封入やナノカプセル化など、レスベラトロールの分解や代謝を阻止して生体利用率を高める方法が開発されていますが、人体でのレスベラトロールの有効性を保証できる製剤はまだ利用できる段階ではありません。

そのような理由で、バイオアベイラビリティ(生体利用率)が極めて高く、レスベラトロール以上に生理活性を有するプテロスチルベンが注目されています
プテロスチルベンが様々ながん細胞において、PI3K / AKT経路、MAPK経路、JAK/STAT経路、Notch経路、Wnt経路など様々なシグナル伝達経路や、転移関連タンパク質1(MTA1)、ヒトテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)など、がん細胞の増殖や生存に関与する多くのシグナル伝達系やタンパク質に作用して抗腫瘍活性を発揮することが報告されています(716話717話参照)。
さらに、前述のように、プテロスチルベンはがん細胞に小胞体ストレスを誘導する作用があるようです。がん治療法としての小胞体ストレス誘導剤の可能性について解説します。

【タンパク質はリボソームで合成される】
タンパク質は細胞内のリボソームで作られます。DNAからメッセンジャーRNA(mRNA)が作られ(転写)、このmRNAに転写された遺伝情報をトランスファーRNA(tRNA)を用いて、対応するアミノ酸を連結することで、タンパク質を合成します。
mRNAのコドン(3文字の塩基配列)によってアミノ酸の種類が決まります。合成されたタンパク質は様々な修飾や折りたたみを経て正しい機能をもつタンパク質に成熟します。

図:リボソーム内では、mRNAに転写された遺伝情報をトランスファーRNAを用いて解読し、対応するアミノ酸を連結することで、タンパク質を合成する。mRNAのコドン(3文字の塩基配列)によって連結されるアミノ酸の種類が決定する。アミノ酸の鎖から成るタンパク質が合成された後、折り畳みや翻訳後修飾が行われて、成熟したタンパク質となる。

【タンパク質は小胞体で折り畳まれる】
タンパク質折り畳みは小胞体で行われます。小胞体は真核生物の細胞内小器官の一つで、一重の生体膜に囲まれた板状あるいは網状の膜系の器官です。細胞質を横断するようにして核膜までつながる袋状の膜構造によって構成されます。
小胞体は、その構造と機能によって、2つに分けられます。一つは粗面小胞体 と呼ばれ、小胞体膜の細胞質側にリボソームが付着しています。粗面小胞体は、主にタンパク質合成に関与します。
もう一方は滑面小胞体と呼ばれ、リボソームが付着していない小胞体です。滑面小胞体は、酵素およびその代謝産物の貯蔵を行います。
リボソームで合成された膜タンパク質や分泌タンパク質は、小胞体内やゴルジ体で「タンパク質の折り畳み」や、糖鎖の結合などたんぱく質の翻訳後修飾を受けて正しい機能を発揮できるたんぱく質として完成します。
小胞体はタンパク質の折り畳み以外にも、脂肪やステロイドの合成、解毒、エネルギー代謝、細胞内カルシウムの制御、酸化還元反応を制御など多彩な機能を果たしています。
つまり、小胞体の機能が破綻すると、細胞は増殖も生存もできなくなります。これが、がん細胞に小胞体ストレスを誘導・亢進する方法ががん治療法となる理由です。

図:細胞核の中でDNA上の遺伝子からRNAポリメラーゼや転写因子の働きによってmRNA(メッセンジャーRNA)が生成される過程を転写という(①)。リボソームではmRNAの情報に基づき、アミノ酸が順番に結合してタンパク質が生成され、これを翻訳という(②)。翻訳後のポリペプチド鎖(③)は小胞体で3次元的に折り畳まれて、機能を発揮する(④)。小胞体には、リボソームが付着した粗面小胞体と付着していない滑面小胞体がある(⑤)。

タンパク質はアミノ酸が複数結合した直鎖状の分子で、可能な立体構造は無数に存在しますが、細胞内では熱力学的に最も安定な立体構造を自発的にとります。このようにタンパク質が機能するために特定の立体構造に折り畳まれることを「タンパク質折り畳み(Protein Folding)」と言います。
20種類のアミノ酸は側鎖の違いによって個々の性質を持ちます。その性質の一つに、水になじみやすい親水性のアミノ酸と、水になじみにくい疎水性のアミノ酸があります。この親水性と疎水性という性質がタンパク質の3次構造の決定に重要な要素になります。
タンパク質には親水性のアミノ酸が密に存在している部分と、疎水性のアミノ酸が多数集まっている部分が混在しています。この場合、細胞内は水分で満たされているため、疎水性アミノ酸の多い部分はタンパク質の内部に折り込まれ、親水性のアミン酸の多い部分は外側に集まるような力が働いて、ある程度は自然に安定的な3次元構造に折り畳まれるのです。 

多くのタンパクやペプチドはさらに様々な化学修飾を受けます。これは翻訳後修飾と呼ばれます。
例えば、リン酸化や糖鎖付加、ジスルフィド(S-S)結合の形成の他にメチル化、イソプレニル化などの化学修飾や、酵素による切断などが知られています。
ジスルフィド結合(S-S結合)はシステインが持っているイオウ原子(S)同士が共有結合します。
タンパク質の3次元構造は、このジスルフィド結合と、疎水性アミノ酸同士が集合する性質による疎水性相互作用、アミノ酸が持つ水素原子間の相互作用(水素結合)、アミノ酸側鎖のプラスとマイナスの電気的な引力や斥力からなる静電的相互作用などによって、構造が安定化されます。

図:ポリペプチドが折り畳まれるとシステインのSH基の間でジスルフィド結合(S-S結合)による共有結合で立体構造がより強固なものになる。多くのタンパク質はさらに、リン酸化、糖鎖付加、脂質付加、アセチル化、メチル化などの翻訳後修飾を受けることによって機能を持つようになる。これらは小胞体膜表面や小胞体内腔やゴルジ体で行われる。

図:リボソームで作られた蛋白質は、小胞体で修飾を受けて高次構造(折り畳み)を形成し、さらにゴルジ体で糖鎖の結合などによって成熟蛋白質となって細胞外へ搬出、あるいは細胞内で利用される。

【折り畳みの異常なタンパク質が増えると小胞体ストレスを起こす】
折り畳みに失敗した異常なタンパク質は小胞体にとどまります。
このような正常な高次構造に折り畳まれなかった異常タンパク質が小胞体内に蓄積して、細胞への悪影響(=ストレス)が生じることを小胞体ストレス(ERストレス:Endoplasmic reticulum stress)と言います。
小胞体ストレスの原因となる変性タンパク質は、遺伝子変異、ウイルス感染、炎症、有害化学物質(抗がん剤など)、栄養飢餓、低酸素(虚血)などにより生じます。
変性タンパク質が過剰に蓄積し、小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死(アポトーシス)が誘導されます

小胞体ストレスはアルツハイマー病などの神経変性疾患などさまざまな疾患の原因となると考えられています。

小胞体ストレスが生じると、細胞は小胞体ストレスを軽減する応答が発動します。これを小胞体ストレス応答(unfolded protein response: UPR) と言います。
小胞体に異常タンパク質が増えると、まず、タンパク質の翻訳(合成)を抑制します。さらに、折り畳み不全の異常タンパク質を正常化する分子シャペロンGRP78と言うタンパク質の合成を亢進し、異常タンパク質の修復を行います。それでも異常タンパク質が減らなければ、異常タンパク質をプロテアソームオートファジーで分解します。
しかし、小胞体ストレスが強度で長期に及んだり、小胞体ストレス応答が阻害されたりすると、細胞はアポトーシスのシグナルのスイッチが入り、自滅します。


図:栄養飢餓(グルコース枯渇)や虚血や低酸素が起こると(①)、折り畳みに異常をきたした不良タンパク質が小胞体に蓄積する(②)。これを『小胞体ストレス』という(③)。小胞体ストレスに対して細胞は小胞体ストレス応答で対抗する(④)。すなわち、タンパク質の合成を抑制したり(⑤)、分子シャペロンのGRP78の発現を亢進して、異常タンパク質の折り畳みを助けて、不良タンパク質の軽減を行う(⑥)。さらに、異常タンパク質のプロテアソームでの分解を促進して小胞体ストレスを軽減する(⑦)。しかし、小胞体ストレスが軽減できず、強い小胞体ストレスが長期に及ぶと、細胞はアポトーシスによる細胞死を起こす(⑧)。したがって、がん細胞に小胞体ストレスを高め、小胞体ストレス応答を阻害すると、がん細胞を自滅できる。

【小胞体ストレスを軽減する分子シャペロン】
小胞体ストレスは細胞の機能を妨げるため、細胞にはその障害を回避する仕組みが備わっています。この小胞体ストレスに対する細胞反応を小胞体ストレス応答 (unfolded protein response: UPR) といいます。
折り畳みの不完全な異常タンパク質(unfolded protein)に対する細胞内応答です。
変性タンパク質は小胞体ストレスセンサー(PERK, ATF6, Ire1)によって感知され、小胞体ストレス応答を誘導します。以下のような複雑なシグナル伝達系が関与しています。(専門的すぎるので、詳細な解説は省きます)

図:小胞体ストレスのセンサー分子のPERK(PKR-like endoplasmic reticulum kinase)、ATF6(activating transcription factor 6)、Ire1(inositol-requiring 1)は小胞体膜を貫通して、小胞体内腔のGRP78と結合して不活性化されている。小胞体内に折り畳み不全の不良タンパク質が増えると、分子シャペロンのGRP78は不良タンパク質と結合してリクルートされる。その結果、PERKとATF6とIre1が遊離されて、下流のシグナル伝達系が発動される。その結果、小胞体ストレスの程度に応じて、タンパク質翻訳の停止、分子シャペロンの合成亢進、プロテオソームでの分解促進、アポトーシスによる自滅が引き起こされる。CHOPは小胞体ストレスによって顕著に誘導されるタンパク質で、CHOPの活性化はアポトーシスを誘導する。

この小胞体ストレス応答は人間社会の工場の品質管理と似ています。
工場の生産ラインでどんどん出来上がってくる製品の中に不良品が増えると(不良タンパク質の増加)、まず生産ラインを止めて、それ以上不良品が増えないようにします(タンパク質翻訳の停止)。
次いで、直せるものは直して出荷しようとします(分子シャペロンによる折り畳みの修正)。
それでも処理できないほど不良品が多ければ、それを廃棄処分にします(プロテアソームでの分解)。
不良品ばかり作られる生産ラインであれは、工場を閉鎖します(アポトーシスによる自滅)。

小胞体ストレス応答は、タンパク質の産生量を低下させることで小胞体におけるタンパク質の折り畳みの負担を軽減したり、分子シャペロンの量を増やすことで折りたたみ機能を亢進させたり、変性タンパク質の除去(分解)効率をあげることで小胞体ストレスを軽減するよう働きます。

すなわち、翻訳開始因子の活性を阻害し、メッセンジャーRNAの分解を亢進して、タンパク質の合成を抑制します。
遺伝子発現に作用して、分子シャペロンのGRP78やGRP94の発現を亢進して正常な折り畳みを促進します。さらに、プロテアソームやオートファジーでの異常タンパク質の分解を促進して異常タンパク質の蓄積を抑制します。
このように、異常タンパク質の蓄積によって生じた小胞体ストレスが引き金になって、細胞内のシグナル伝達系が活性化されて引き起こされる細胞応答が、小胞体ストレス応答です。

分子シャペロン (Molecular chaperone) とは、他の蛋白質分子が正しい折りたたみ(3次元構造)をして機能を獲得するのを助ける蛋白質の総称です。シャペロンとはフランス語で介添人のことで、社交界にデビューする若い婦人に付き添い、世話監督する人のことです。タンパク質が正常な3次構造と機能を獲得するのを助ける役割から、シャペロン(介添人)になぞらえた命名です。
分子シャペロンには多くの種類がありますが、小胞体ストレスが負荷されたときに特異的に発現が誘導される分子シャペロンの一つがGRP78です。GRP78とは78-kDa glucose-regulated proteinのことで、分子量が78000のグルコース制御性蛋白質という意味の蛋白質です。
GRP78はHSP70 (Heat Shock Protein 70 : 熱ショックタンパク質70) ファミリーのメンバーで、すべての真核生物細胞の小胞体で恒常的に発現する小胞体タンパク質です。
その発現量は小胞体ストレス応答の指標となります。


折り畳み不全の異常タンパク質は、疎水性アミノ酸クラスターが外部に露出すると、このような異常タンパク質は疎水性部分で相互に結合してタンパク質の凝集を作ります。分子シャペロンは疎水性アミノ酸クラスターにくっついてマスクして凝集を防ぎます。さらに、ATPのエネルギーを使って変性したタンパク質を元に戻して再生していきます。

固形がんは生体内において低酸素・低栄養という環境に適応するための様々なストレスに対する耐性を獲得しています。その中でも、小胞体内で分子シャペロンとして働くGRP78の発現亢進は、ストレス耐性において最も大きな役割を担っていることが明らかになっています。
すなわち、本来であれば、低酸素・低栄養の環境で、小胞体ストレスの増大によってがん細胞は死滅するのですが、がん細胞内ではGRP78の発現が亢進して小胞体ストレス応答が増強しているために死ななくなっていると考えられています。
つまり、GRP78はグルコース欠乏など細胞にストレスがかかった際に細胞死を避けるために誘導されるたんぱく質と言えます。

したがって、GRP78の発現誘導などの小胞体ストレス応答を特異的に阻害する物質は、抗がん剤治療が困難な固形癌に対して抗がん作用を発揮することが期待されています。また、抗がん剤の効き目(感受性)を高めることも報告されています。

がん細胞に強い小胞体ストレスを与えることができれば、がん細胞は死滅できます。

【ユビキチン・プロテアソーム系はがん治療のターゲットになる】
ユビキチン・プロテアソーム系はタンパク質に付加されたユビキチン鎖をプロテアソームが認識し,ATP依存的で迅速かつ不可逆に標的タンパク質を分解するシステムです。
ユビキチン(Ubiquitin)は,アミノ酸76残基からなり,酵母からヒトまであらゆる真核細胞に存在する進化的に保存されたタンパク質です。
ユビキチンは不要なタンパク質、たとえば折り畳み不全などの出来損なったタンパク質や古くなったタンパク質に複数個付加(ポリユビキチン化)されることで、タンパク質分解のシグナルとして働きます。つまり、「このタンパク質を分解してくれ」という目印になります。
ユビキチン自体はあくまで目印なので、分解を行うのは他の物質です。ユビキチンが結合した不要たんぱく質をシュレッダーのように分解する酵素をプロテアソームといいます。
プロテアソームは真核生物のATP依存性プロテアーゼ複合体で、分解目印として働くユビキチンが結合したたんぱく質を選択的に壊す複雑な細胞内装置です。 

図:分解されるタンパク質はユビキチンが複数個結合し、ユビキチンが結合したタンパク質をプロテアソームが認識して、タンパク質を分解する。

プロテアソームはタンパク質分解活性を持った巨大な酵素複合体で、ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する系はユビキチン-プロテアソーム・システムと呼ばれ、細胞周期やシグナル伝達やアポトーシスなど細胞内の様々な機能の制御に関わっています。
プロテオソームの働きが阻害されると細胞内タンパク質の恒常性に異常が起こり、ユビキチン化されたタンパク質が細胞内に増え、毒性の強い凝集したタンパク質によってがん細胞に対して致死的に作用するのです。
腫瘍組織内での低酸素、グルコース飢餓、低pHなど、がん細胞は小胞体ストレスを受けやすい状況にあります。したがって、小胞体ストレス応答を阻害する方法は、がん細胞を選択的に死滅させる治療法になります。
例えば、プロテアソーム阻害剤ボルテゾミブは、異常タンパク質の分解を阻害することによって、小胞体に異常タンパク質を大量に蓄積させ、その結果、小胞体機能を破綻させ、細胞を死滅させます。ボルテゾミブ (Bortezomib;商品名はベルケイド)は多発性骨髄腫およびマントル細胞リンパ腫に使用されています。

【断酒薬ジスルフィラムがプロテアソームを阻害する】
ジスルフィラム(Disulfiram;tetraethylthiuram disulfide)はアルコール中毒の治療薬として60年間以上前から処方薬として使用されています。
ジスルフィラムの断酒薬としての作用は、アルデヒド脱水素酵素の阻害によるためです。ジスルフィラムの抗がん作用はかなり古く(1970年代頃)から研究されていますが、2010年代からその抗がん作用がかなり注目されるようになっています。
ジスルフィラムの断酒作用はアルデヒド脱水素酵素の阻害によるのですが、アルデヒド脱水素酵素はがん幹細胞のマーカーになるほど、がん幹細胞ではアルデヒド脱水素酵素は重要な働きをしており、この酵素を阻害すると、がん細胞の抗がん剤感受性が亢進することが明らかになっています。(522話543話参照) 
ジスルフィラムはがんの代替療法の領域では数年前から利用されており、その抗がん作用のメカニズムも多くの報告があります。(419話参照)
比較的安価であり、アルコールさえ飲まなければジスルフィラムは極めて副作用の少ない薬です。
(注:ドセタキセルのように溶解にエタノールを使う薬があるので、点滴を受けているときは、エタノールフリーであることを確認することが重要です)
ジスルフィラムがプロテアソームを阻害することが報告されています。以下のような報告があります。

Disulfiram, and disulfiram derivatives as novel potential anticancer drugs targeting the ubiquitin-proteasome system in both preclinical and clinical studies.(前臨床試験および臨床試験の両方でユビキチン・プロテアソーム系をターゲットにする新規の抗がん剤としての可能性を持つジスルフィラムとジスルフィラム誘導体)Curr Cancer Drug Targets. 2011 Mar;11(3):338-46.

【要旨】
ジスルフィラムは、アルコール依存症の治療のためのFDA(米国食品医薬品局)認可の薬物であり、50年以上にわたり臨床で使用されてきた。 ジスルフィラムとその類似体は、抗がん剤の抗腫瘍効果を高める効果や化学予防剤としての有効性を示す研究結果が1970年代から80年代にかけて報告されたが、根底にある分子メカニズムは最近まで不明のままであった。
プロテアソームを阻害し、新規な抗がん剤として使用できる薬剤の大規模スクリーニングの結果、ジスルフィラムがプロテアソーム阻害活性を有することが明らかになった。 
さらに、ジスルフィラムは発がんに重要な役割を果たすジンク・フィンガーおよびRINGフィンガー・ユビキチンE3リガーゼに対して特異的活性を有することも見出された。 ここでは、抗がん剤としてジスルフィラムを探索する前臨床および臨床研究、ならびにユビキチン - プロテアソーム系の阻害剤としてのジスルフィラム誘導体の開発に焦点を当てた研究プログラムを検討する。 

このように、がんの代替療法ではジスルフィラムの抗がん作用は広く知られているのですが、Natureにもジスルフィラムの抗がん作用に関する論文が掲載されています。 

Alcohol-abuse drug disulfiram targets cancer via p97 segregase adaptor NPL4(アルコール依存症治療薬ジスルフィラムはp97セグレガーゼアダプターNPL4を介してがん細胞を標的化する)Nature 552, 194–199 (14 December 2017)

【要旨】
がんの発生率は増加しており、この世界的な難題は、利用可能な薬剤に対してがん細胞が耐性を持つようになったことで深刻さを増している。
がん治療を改善する有望な手法の1つに、既存薬の転用(drug repurposing)がある。今回我々は、古くから使われているアルコール嫌悪剤であり、これまでの前臨床研究でさまざまなタイプのがんに対して有効性が確認されているジスルフィラム(商品名アンタビュース)の転用の可能性を示す。
我々が行った全国的な疫学研究からは、がんと診断された後もジスルフィラムの使用を継続した患者は、がんの診断時にジスルフィラムの使用を中止した患者よりも、がんによる死亡リスクが低いことが明らかになった。
さらに、ジスルフィラムの代謝産物であるジチオカルブ–銅複合体(ditiocarb–copper complex)が、この抗がん作用に関与していることを突き止めるとともに、この複合体のがん細胞における選択的蓄積を検出する方法、ならびに細胞と組織に対するこの複合体の作用を解析するためのバイオマーカー候補を提示する。
最後に、機能解析および生物物理学的解析から、ジスルフィラムの腫瘍抑制効果の分子標的が、細胞内の複数の調節経路およびストレス応答経路に関わるタンパク質の代謝回転に必須であるp97(別名VCP)セグレガーゼのアダプターNPL4であることが明らかになった。

ジスルフィラムがp97(別名VCP)セグレガーゼアダプターNPL4に作用しているというメカニズムです。
p97はタンパク質の分解に重要な働きを行っているユビキチン・プロテアソーム系で重要なタンパク質です。最近、このp97ががん治療のターゲットとして注目されています。
p97はユビキチン化されたタンパク質と、そのタンパク質と結合している他のタンパク質から引き離す働きをしています。
ジスルフィラムはp97のアダプターのNPL4に作用してp97の働きを阻害し、ユビキチン・プロテアソーム系でのタンパク質の分解を阻害することによって、抗がん作用を発揮しているというメカニズムです。
実際は、ジスルフィラムは多くの物質に作用するので、p97のアダプターのNPL4もターゲットの一つだという認識で良いと思います。ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素も阻害します。その他にもターゲット分子が知られています。
ジスルフィラムはp97セグレガーゼのアダプターNPL4に作用してユビキチン・プロテアソーム系でのタンパク質分解過程を阻害することによって、がん細胞を死滅するというメカニズムです。
ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸(diethyldithiocarbamate)に速やかに変換されます。ジエチルジチオカルバミン酸は銅イオンや亜鉛イオンと複合体を形成し、この金属複合体がプロテアソームを阻害する事が報告されています。

図:ジスルフィラムの代謝産物のジエチルジチオカルバミン酸は二価の重金属(銅や亜鉛)と複合体を形成する。プロテアソームはタンパク質分解活性を持った巨大な酵素複合体で、ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する。ジエチルジチオカルバミン酸と銅の複合体はプロテアソームにおけるタンパク質の分解機能を強力に阻害する。プロテオソームの働きが阻害されるとユビキチン化されたタンパク質が細胞内に増え、毒性の強い凝集したタンパク質によって致死的に作用する。

【リュウマチ治療薬のオーラノフィンはユビキチン・プロテアソーム系を阻害する】
オーラノフィン(Auranofin)は、関節リュウマチにおける炎症反応や免疫異常を抑制する経口金製剤として1985年以降臨床で使用されています。
炎症細胞の機能抑制や、免疫細胞に作用して自己抗体の産生を抑制して、関節における炎症を抑制します。
最近、オーラノフィンの抗腫瘍効果が注目されています。
今まで報告されたオーラノフィンの抗がん作用のメカニズムは多様です。DNAやRNAやタンパク質の合成阻害、ミトコンドリアのチオレドキシン還元酵素やグルタチオン-S-トランスフェラーゼやプロテアソームの機能阻害、抗炎症作用(IL-6/STAT3経路の阻害、NF-κB活性化の阻害など)、ヒストン・アセチル化亢進など多くの作用機序が報告されています。(424話427話431話509話参照)
オーラノフィンには脱ユビキチン化酵素阻害作用によってタンパク分解を阻害する作用が報告されています。以下のような報告があります。

Clinically used antirheumatic agent auranofin is a proteasomal deubiquitinase inhibitor and inhibits tumor growth(臨床的に使用されている抗リュウマチ薬のオーラノフィンはプロテアソームの脱ユビキチン化酵素の阻害剤でがん細胞の増殖を阻害する)Oncotarget. 2014 Jul; 5(14): 5453–5471.

【要旨】
プロテアソームは、がん治療のための魅力的な新たなターゲットである。慢性関節リウマチを治療するために臨床的に使用されている金含有化合物であるオーラノフィンは、最近、米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けて抗がん作用に関して第2相臨床試験が実施されている。しかし、オーラノフィンの抗がん作用のメカニズムは十分に明らかになっていない。
この論文では我々は以下のことを報告する。
(i)オーラノフィンがボルテゾミブ(ベルケード)に匹敵するプロテアソーム阻害効果を示す
(ii)ボルテゾミブとは異なり、オーラノフィンは20Sプロテアソームではなくプロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素のUCHL5およびUSP14を阻害する。
(iii)プロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素の阻害は、オーラノフィンの細胞傷害性に必要である。
(iv)オーラノフィンは、生体内(in vivo)で腫瘍増殖を選択的に阻害し、急性骨髄性白血病患者から採取した腫瘍細胞において細胞傷害性を誘導する。
この研究は、金属含有化合物のプロテアソーム阻害特性の理解に対する重要な新規な知見を提供する。いくつかの脱ユビキチン化酵素阻害剤が報告されているが、臨床で既に使用されているオーラノフィンがプロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素の阻害作用を有しており、がん治療薬として有望であることを明らかにした。

ユビキチンが結合したタンパク質がプロテアソームで分解される前に脱ユビキチン化酵素によってユビキチンが分離される必要がありますが、オーラノフィンはこのプロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素を阻害することによってプロテアソームの働きを阻害するという実験結果です。脱ユビキチン化酵素は多数の種類がありますが、オーラノフィンは19Sプロテアソームに関連したUSP14 とUCHL5と言う脱ユビキチン化酵素を阻害するということです。

【オーラノフィンとジスルフィラムの相乗効果】
オーラノフィンとジスルフィラムが抗がん作用において相乗効果を示すことが報告されています。以下のような報告があります。

Two clinical drugs deubiquitinase inhibitor auranofin and aldehyde dehydrogenase inhibitor disulfiram trigger synergistic anti-tumor effects in vitro and in vivo(脱ユビキチン化酵素阻害剤のオーラノフィンとアルデヒド脱水素酵素阻害剤のジスルフィラムの2つの薬剤はin vitroおよびin vivoの実験系において相乗的な抗腫瘍効果を引き起こす)Oncotarget. 2016 Jan 19; 7(3): 2796–2808.

【要旨】
プロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素の阻害は、がん治療のための新規な戦略として注目を集めている。関節リウマチの治療に使われている金(I)含有化合物のオーラノフィンが、プロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素の阻害剤であることが最近報告された。
アルデヒド脱水素酵素の阻害剤であるジスルフィラムはアルコール中毒の治療に使われている。ジスルフィラムが抗腫瘍活性を有することが最近の研究で明らかになっている。
本研究では、肝臓がん細胞を用いて、がん細胞のアポトーシス誘導と増殖抑制におけるジスルフィラムとオーラノフィンの相乗効果について検討した。
その結果、オーラノフィンとジスルフィラムはin vitroとin vivoの両方の実験系において、肝臓がん細胞に対して相乗的な抗腫瘍活性を示した。
さらに、オーラノフィンとジスルフィラムの併用は、カスパーゼの活性化、小胞体ストレス、活性酸素産生を亢進した。
汎カスパーゼ阻害剤z-VAD-FMKは、オーラノフィンとジスルフィラムの併用投与によって引き起こされるアポトーシスを阻害したが、プロテアソーム阻害作用は阻害しなかった。オーラノフィンとジスルフィラムの併用によるアポトーシス誘導には活性酸素は関与していなかった。
以上の結果から、肝臓がん細胞におけるアポトーシス誘導におけるジスルフィラムとプロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素阻害剤のオーラノフィンとの間の相乗作用が確認され、新規ながん治療法となる可能性が示された。 

この論文では、ジスルフィラム自体にプロテアソーム阻害作用があることが指摘されていませんが、ジスルフィラムとオーラノフィンは異なる作用メカニズムでタンパク質分解を阻害し、さらにその他多くの作用メカニズムで抗がん作用を示すことが明らかになっています。
したがって、この2つの薬剤の組合せは、がんの代替療法として使用してみる価値は高いと思います。
ジスルフィラムとオーラノフィンを併用しても、飲酒しなければ副作用はほとんど経験しません。

【ヒドロキシクロロキンはオートファジーを阻害する】
細胞におけるタンパク質の分解には、ユビキチン・プロテアソーム系オートファジー・リソソーム系の2つがあります。
前述のように、ユビキチン・プロテアソーム系では、ユビキチンリガーゼ複合体によってユビキチン化を受けた特定タンパク質が、26Sプロテアソームに運ばれて分解されます。
オートファジーは細胞内タンパクや小器官を二重の脂質膜で包み込み,これをリソソームに輸送し分解する一連のプロセスです。

図:細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れ、異常なタンパク質や細胞内小器官を取り込む(①)。その後、膜は細胞質を取り込みながら伸長し(②)、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成される(③)。 オートファゴソーム内にはミトコンドリアなどの大きなオルガネラも含まれる。オートファゴソームがリソソームと融合すると(④)、内包物は分解される(⑤)。自己消化で得られたアミノ酸は栄養源として再利用される。 

がん治療の抵抗性の一つのメカニズムとしてオートファジーが注目されています。
抗がん剤治療で小胞体ストレスが亢進すると細胞に死滅しやすくなります。オートファジーは異常タンパク質を分解して小胞体ストレスを軽減すると同時に、タンパク質を分解してアミノ酸を再利用して増殖に使うことができるためです。
抗がん治療にオートファジー阻害剤を併用すると抗がん剤の効き目を高めることができます。
オートファジー阻害剤としてはヒドロキシクロロキンが有名です。

ヒドロキシクロロキンはマラリア治療薬として長く用いられています。また全身性エリテマトーデスや関節リウマチやシェーグレン症候群などの自己免疫性疾患の治療にも用いられています。日本で承認されている効能・効果は皮膚エリテマトーデスおよび全身性エリテマトーデスです。

最近では、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)への効果が期待されて話題になりました。トランプ米大統領自らヒドロキシクロロキンを予防薬として飲んでいると発言していました。
しかし、その後の臨床試験の結果、「新型コロナ治療に有効な可能性は低い」ことが判明し、むしろ「心疾患関連の有害事象や他の深刻な副作用によって死亡率を高める可能性」が指摘され、現在ではCOVID-19への使用は推奨されていません。

がん領域においては、抗がん剤治療の効果を高めることが多くの基礎研究で報告され、複数の臨床試験が実施されています。
オートファジーを阻害する作用によって、抗がん剤の効果を高めることが報告されています。ヒドロキシクロロキンはリソソームの酸性化を阻害してリソソームの働きを阻止します。
抗生物質のクラリスロマイシンもオートファジーを阻害する効果が報告されています。

以上をまとめると、小胞体ストレスの誘導と亢進(プテロスチルベン、2-デオキシグルコース)+プロテアソーム阻害(ジスルフィラム、オーラノフィン)+オートファジー阻害(ヒドロキシクロロキン、クラリスロマイシン)+小胞体ストレス応答阻害(メトホルミン)は、がん細胞に小胞体ストレスを亢進して細胞死を誘導できると思います。

図:プテロスチルベンと2-デオキシグルコースは小胞体ストレスを誘導する(①)。これに対して、細胞は小胞体ストレス応答(②)で対抗し、さらにユビジチン・プロテアソーム系(③)とオートファジー・リソソーム系(④)で異常タンパク質を分解することによって小胞体ストレスを軽減する。メトホルミンは小胞体ストレス応答を阻害する(⑤)。ジスルフィラムとオーラノフィンはユビキチン・プロテアソオーム系を阻害し(⑥)、ヒドロキシクロロキンとクラリスロマイシンはオートファジー・リソソーム系を阻害する(⑦)。これらを組み合わせると、がん細胞の小胞体ストレスが亢進して細胞死(アポトーシス)を誘導できる(⑧)。

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