ある退職教師のつれづれなるままに

38年間の教職26.3.31退職
4月1日再任用。自分の目でみたこと感じた事など
つれづれなるままに記します。

2024-56 八時の芝居小屋

2024年03月29日 | 日記
いよいよ大リーグ本拠地開幕、大谷選手3打数2安打、
いろいろありましたが調子はよくホッとしました。

知り合いからチケットを頂いた。
それは「八時の芝居小屋」の朗読会だった。
文字通りの20時からの催し。もりげきの地下のタウンホールへ。
会場は50数人ぐらい入ると一杯の小さな芝居小屋だ。
同僚が出演するからと仲間で観劇しにいって以来で久しぶりだった。

今回の朗読は家族の分け前から森浩美原作の「車輪の空気」だった。
主演は大塚富夫アナウンサー。
「しばらく留守にします。」の置手紙。
妻のいつもの家出の合図だ。・・・
軽妙な語り口の夫婦の50分の朗読と長谷田さんのピアノ。
あっという間の朗読会だった。
その後の大塚アナの解説。
間の取り方について
一気に読むのと句読点で休む違い。実演して違いがわかる。
朗読する時、文章の句読点はよむための記号ではないということ。
これは現役の頃、例会の朗読会で以前故前田アナウンサーからも指摘されていた。
いつも句読点で切ると、聴いてる側には間延びして聞こえるのだ。
それを思い出させた「もりげき八時の芝居小屋」だった。

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2024-55 廃墟と化した鉄の街

2024年03月28日 | 日記
連日のように水原通訳と大谷選手のニュース。何となく事の真実が分かってきた感じがします。
いよいよ明日から開幕戦はつらつとしたプレーを期待したいものです。

旅行に行っている期間、愛ネコが隣の家の猫と喧嘩したらしく顔の上がもっこりはれあがった顔。
帰ってから動物病院にいって治療。どうにか腫れは治まってきました。

まだまだ紛争が続いている中ですが、ようやく春の温かい日差が戻ってきました。
この春と共に早く停戦になればと思うところです。

タイトルの鉄の街とは釜石の街です。
全国で空襲にあった昭和20年、盛岡も東京大空襲の同日の3月10日、駅前に焼夷弾が落とされ160戸焼失、
3名が犠牲。そして8月10日には国鉄盛岡工場機関区が羅災、職員が負傷、父も国鉄職員で駆け付けたと。
しかし、鉄の街釜石はより大きな被害。
最初は7月14日、午前11時艦砲射撃が2時間に及び、特に製鉄所構内は筆舌に尽くしがたく
従業員100名近くが犠牲に。約1460戸が焼失。(1月1日能登半島沖地震、輪島の朝市では300戸焼失。)
ついで、8月9日長崎原爆投下された日に再び艦砲射撃、2800発は釜石の市街地、社宅などに砲撃され、
前回以上の被害があり、全くの焼け野原と化してしまう。2度の艦砲射撃により
被災世帯4543世帯、被災者17000人 死者数750名余り、県内最大の犠牲地域である。
製鉄所を破壊する目的なら特に2度目は全く意味のないもの。なぜ2回も行ったのか。

後日判明されたのが昭和20年2月のアメリカ、イギリス、ソ連のヤルタ会談により既に日本へのソ連の参戦が決まっていたこと。
戦後の処理の仕方などで秘密協定とされていた。
日本軍は最後までソ連は敵にならないと考えていたのだから・・・
結果、終戦の1週間前にソ連は参戦。アメリカなどはできるだけソ連の影響を少なくしようと
早く終戦させたかったのだ。シナリオはできていたのだ。

世界の動きを日本軍は読めなかったということか。

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2024-54 圧巻 世界遺産、宮島、姫路城

2024年03月27日 | 日記
大谷選手記者会見でついに全容が解明。
もやもやが分かってホット安堵。でもまだまだ納得できない方もいるようで・・・
これからのプレーで吹き払って欲しいとものです。
国会も裏金問題もいまいち、はっきりしないまま2ヶ月。どうして解明できないのだろう?

再び旅行記。夜は原爆ドームや広島城へ。外国人旅行客が広島では多く見られた。
宮島口から宮島まで船で10分観光税含めて300円
平安時代の朱色の大鳥居、厳島神社、満潮時は海面に浮ぶ。海中に柱が埋まってない面白い構造だ。
平清盛の銅像が入り口で観光客を迎えていた。ここでも朱印帳にかいて貰った。
名物のもみじ饅頭発祥の地だ。1時間散策して帰路の船は200円だった。

広島から岡山の倉敷へここでは古い街並みを堪能。
きれいな固定された番傘が川のほとりに数百並べられていたのが印象的だった。
そして姫路市で1泊。駅からもみえる姫路城が全面にライトアップ。
ここで数年ぶりにあった同級生の友人と出会い夕食。

翌日姫路城を3時間広さは100ha。見るところ満載。盛岡城の何十倍もある。
高さ46mの天守閣、昼食もとらずにとにかく限られた時間いっぱい本丸二の丸3の丸西丸などを堪能。
白鷺城も戦時中は目立たないように黒縄で覆った歴史もある。倉敷同様、
高い文化財は空襲にもあわず現存。広島城は原爆で消失し再建。対照的な2つの城だった。

天気の荒れた週であったが心に残る4日間だった。





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2024-53 スポーツ・宮島、出雲大社、姫路城

2024年03月25日 | 日記
スポーツを巡って話題騒然。
昨日の相撲、110年ぶりの快挙、尊富士、初土俵からの幕尻優勝。
強い力士の圧倒された。そして方やライバルの大の里 
こちらは1つ下の23歳で11勝。初土俵から6場所でのこの成績だ。
来場所が楽しみだ。
そしてオリンピック水泳選手選考。33歳の鈴木選手の快挙。
大橋選手の200メドレー、速かった。
残念なのが大谷選手の通訳の水原さんのギャンブル依存症問題。
早く解決して本来の野球を楽しみたいもの。

さて旅行の続きです。神話の里 出雲大社、大きなしめ縄には驚きでした。
その日はあいにくの雨、1時間足らずの散策路。
神社の作りが2種類、出雲大社の大社造と伊勢神宮の神宮造り。
知らなかったことだが正面の屋根が逆なのだった。そして因幡の白兎の像等々。
次は3時間かけて広島へ。
遠い横断道。山道を過ぎて視界が大都会へ。110万の広島市に入った。
続く。
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2024-52 足立美術館

2024年03月23日 | 日記
2日目の山陰 島根県安来
足立美術館。入館料2300円、団体1900円 足立全康さんが作った私設美術館だ。
最高の文化を見せることから映画館より多少高めの設定をしている。当主の考えから。
昭和45年1970年開館。当初は数百人も来なかったらしい。
足で自治体や観光施設にパンフを置き地道な努力で実を結びつける。
今では1日2000人、開館50年が過ぎ年間60万人が来館しているという。
ある文化施設でボランティア活動しているのだが年間1万人位だ。経営のそのすごさがわかる。

日本画の横山大観の作品が120点、展示されている。
また絵本で目にする挿絵を描いている林義雄、鈴木寿雄らの作品などじっくりみたいものが
ずらりと並んでいた。
絵に興味がなくても日本庭園には目を奪われる。海外の観光客に人気スポットだ。
広さが1,5ha、盛岡城跡公園の3倍の広さに見事な庭園が配置されている。
時間は90分。じっくり堪能できた。
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