MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2574 住民税非課税の壁

2024年04月23日 | 環境

 4月3日、総理官邸で開かれた飲食業や物流業の経営者やパート従業員らとの意見交換会に出席した岸田文雄首相が、「年収の壁に近づく可能性のある全ての人が壁を乗り越えられるよう支援をスタートしたい」と述べ話題になりました。

 一般に「年収の壁」と言えば、「税制上の年収の壁」とされる103万円/150万円/201万円や、「社会保険上の年収の壁」とされる106万円/130万円などのこと。もう少し具体的に言うと、所得税の課税対象となるのが年収103万円に加え、「配偶者特別控除額」が減額となる150万円や、同控除がゼロとなる201万円などが、まずは「壁」と認識されることが多いようです。

 さらに、パートで働く主婦などが超えないように気を付けているのが、年金や医療保険の取り扱い。社会保険料がかかり始める年収106万円(厳密には月収8.8万円)や、誰もが(家族の扶養から抜けて)自ら社会保険に加入しなければならなくなる年収130万円などが、(実質的に)大きな壁となっているとされています。

 しかし、現状の社会生活においては、もう一つの大きな「年収の壁」が立ちはだかっているとの指摘もあるようです。4月8日の日本経済新聞では、同紙編集委員の山本由里氏が「もう一つの『年収の壁』壊せ 住民税非課税が映す不公平」と題する論考において、「住民税非課税の壁」に触れていたので(参考までに)概要を小サイトに残しておきたいと思います。

 税率10%の所得割と、定額の均等割。どちらも免除される「住民税非課税世帯」は全国に約1500万世帯いると推計され、その数は国内5570万世帯の実に4分の1にも上ると山本氏はその冒頭に記しています。

 住民税は社会保障制度とリンクしており、さらに自治体が窓口の給付サービスでは、住民税非課税ラインが費用負担の線引きに多用されている。実際、非課税世帯は2歳以下の保育料が無料、高等教育無償化の対象にもなる一方で、医療・介護費が高額になった際の自己負担限度額も低く、特別養護老人ホームなど施設の居住費も安くなると氏は言います。

 住民税非課税の壁の内外は天国と地獄。壁の内側で社会保険のコストを節約する方が生活は楽になるため、就労調整をすることで「困窮」といえない世帯の多くが「非課税」の壁内に紛れている。非課税世帯の算定には資産や利子・配当所得を含まないため、非課税ラインをわずかに超えた子育て世代が住民税・保育料を払う一方で、金融資産の多いシニアが医療や介護で非課税メリットを享受する例も多いということです。

 そして、こうしたゆがみは新型コロナウイルス禍以降、度重なる給付金でさらに増したと氏は言います。行政が把握している線引きが事実上、「国民全員」か「住民税非課税世帯」かしかない。このため、様々な給付金が実質的な富裕層も含めて配られ、課税世帯との格差が膨らんだということです。

 実際、現実の非課税世帯の生活(実態)については、正確なデータさえ存在しないと氏は話しています。課税は個人単位だが社会給付サービスは世帯単位が多い。税と給付、両方の情報を持つのが自治体だが、それらを連携して使える形とはなっておらずしわ寄せは自治体の負担となって顕在化しているということです。

 さらに、この6月には定額減税が始まる。扶養家族分も含め1人4万円を減税する仕組みは一段と複雑であり、現在、デジタル庁ではそのための「算定ツール」を開発し、希望自治体に配る準備に追われると氏はしています。

 必要なのは、減税の恩恵が小さい低所得層の働く意欲をそぐことなく、現金支給で補うこと。税と社会保険料を一体で捉えた給付付き税額控除などを合理的に行うため、まずは国民の所得を迅速、的確に把握するデジタル安全網の構築を急ぐべきだというのが氏の指摘するところです。

 税・保険料はともに国民負担であり、基礎年金の半分に税金が投入されるなど財源も混然一体として扱われている。にもかかわらず、(子育て支援金のように)負担増が見えにくい保険料を「活用」したがる政治の動きが後を絶たないと氏はこの論考に綴っています。

 日本の社会保険料負担は国内総生産(GDP)比で過去30年上昇を続けており、低所得者ほど負担増になる逆進性が強まっている。30年後、日本の人口は1億を切り高齢者が4割になることを考えれば、税による適切な再配分と社会保障が担う堅実な安全網なしには立ち行かなくなるだろうというのがこの論考における氏の見解です。

 「取りやすいところから取る」というのでは、国民の不公平感は増すばかり。現役世代にいたずらに財源を求めても、傷つくのは将来の日本であることは間違いありません。

 今こそ、負担と給付の将来像を描き「働き損」をなくす制度改革を急ぐべき時。思いつき減税に未来は見えないと話す山本氏の指摘を、私もさもありなんと読んだところです。