MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1729 「今なら0円!」フリーという戦略

2020年09月23日 | 社会・経済


 米国の総合情報誌「WIRED」の編集長をしていたクリス・アンダーソン氏は、今から10年以上前の2009年に「フリーからお金を生み出す新戦略」という著書を著し、「無料」から利益を生み出すビジネスモデルの存在を世に問いました。

 もちろん、ビジネスにおける「フリー(無料)戦略」というのは昔からあって、例えばデパ地下やスーパーに行けば試食には事欠きませんし、繁華街を歩けばティッシュペーパーはいくらでももらえます。どこぞのピザチェーンでピザを2枚頼めば、キャンペーン中は3枚目は無料(つまり3枚買う必要はない)などというのもよくある話ではないでしょうか。

 一方、そうは言っても、昔から「タダより高いものはない」などと言われるように、こうした「無料」という言葉の魅力的な響きを前にして、「簡単には騙されないぞ」と一旦身構えてしまう私たちがいるのも事実です。

 しかし、よくよく考えれば、私たちは日本人はこれまでも日常的に、この「フリー戦略」に慣れ親しんできています。

 (普段はほとんど意識することもありませんが)例えば本屋で立ち読みすることなどは「フリー戦略」の最たるものでしょうし、(NHKを除けば)テレビもラジオも無料が当たり前。蕎麦屋で出てくるお茶や蕎麦湯にお金を払う人はいないでしょう。

 「おためしセット」「今なら50%OFF」というのも魅力的ではありますが、世知辛い昨今のご時世を考えれば、「タダ」のインパクトに勝るものはそう多くはありません。

 グーグルやWikipediaが世界中で利用されているも(少なくとも利用するのに)お金がかからないことが前提だからであり、フェイスブックやLINE、インスタが世界的に利用されているのも、元をただせば(とりあえずダウンロードするのは)タダだから。コロナ禍の下とは言え、ZOOMがここまで普及したのも無料の普及版があってのことでしょう。

 勿論、無料であれば何でも受け入れられるというものではありません。使ってみて、本当に便利な、「価値があるもの」が無料だからこそ、爆発的に普及するということ。それは、言い換えれば、(商品やサービスを)爆発的に普及させたかったら、(「儲け」は後に置いておいて)まずは「無料」で提供することが何よりの早道だということかもしれません。

 さて、日経新聞のコラム「やさしい経済学」では8月に入り、国際大学准教授の山口真一氏が「ビジネスの破壊的変化を追う」とのテーマで連載を行っています。

 8月5日は「限界費用ゼロ社会の到来」と題し、ネットビジネスにおける「フリーモデル」の在り方について論じているので、備忘のために少しだけその内容を紹介しておきたいと思います。

 フリーランチや試供品など、「フリー(無料)」を武器にするビジネスモデルは昔からがあったが、しかし、そうしたこれまでのフリーと、情報社会におけるフリーとでは決定的な違いがあると山口氏はこのコラムに記しています。

 それは、コンテンツなどの情報財の多くは、限界費用(追加で生産するコスト)が限りなくゼロに近いということ。

 例えば、動画を1万人に見せるのも、10万人に見せるのも、コストはほとんど変わらない。この特徴は大量の消費者に無料で提供する戦略と極めて親和性が高いということです。

 さらに、経済学では「市場競争が起こっている財は、価格が限界費用まで低下する」ことが知られている。そのため、限界費用ゼロ社会ともいわれる情報社会では、コモディティー化した情報財の価格は限りなく無料に近づくというのが氏の認識です。

 とはいえ「無料で製品・サービスを提供する」ことに抵抗感を持つ人も多いに違いない。特に(経営サイドの問題として)しばしば問題視されるのが、経営学でいう「カニバリゼーション(共食い)」だと氏はこのコラムで説明しています。

 カニバリゼーションとは、無料で提供した自社製品が、他の自社製品の需要を奪う効果を指す言葉です。しかし実際には、多くの事例がフリーの有効性を示しているというのが氏の見解です。

 基本機能は無料で提供し、付加機能に課金するビジネスモデルである「フリーミアム」の製品・サービスを利用している人も多いと思われる。ビジネスチャットアプリの「Slack」や、Web会議サービスの「Zoom」など、成功例は枚挙にいとまがないということです。

 ここで成功例に共通しているのは、「フリー版は機能を限定しているものの、それだけでも十分成立する」ということだと、山口氏はこのコラムで指摘しています。

 カニバリゼーションを憂慮すると、フリー版の機能はできるだけ限定したくなるかもしれない。しかし顧客の立場で考えると、使いにくいフリー版を試したいとは決して思わないと氏は説明しています。

 実際、米テキサス大学のリュウ氏らの研究では、無料アプリ利用時に消費者が良い体験をした場合に限り、有料版の売り上げが大きく増加している。無料のミュージックビデオ(MV)がCDの売り上げに与える影響を分析しても、販売促進効果があったのはロングバージョンのMVだけだったということです。

 無料だからと(大した期待もなく)試してみたら、「案外これは使えるじゃない」…と。期待を裏切るほどの価値を感じられなければ、無料の意味も半減してしまう。

 「損して、得取れ」とはよく言ったものですが、そのくらいの自身と気概がなければ、ネットビジネスの世界でなかなか成功はできないということなのでしょう。



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