*** june typhoon tokyo ***

一十三十一 @Billboard Live TOKYO



 正統な“アーバン”を継承する、“シティポ”シンガーによる魅惑の一夜。

 バンド・メンバーが位置につき、「DIVE」のイントロを演奏をし始めると同時に一十三十一がステージイン。早速煌びやかでグルーヴィなポップ・サウンドを鳴らして、2月以来(その時の記事はこちら→「一十三十一 @Billboard Live TOKYO」)のアーバナイズなステージが開幕。六本木の喧騒を外から見やる赤坂/乃木坂にある東京ミッドタウン内、Billboard Live TOKYOでの恒例のライヴは、コロナ禍においても一十三十一らしさを失わない、憧憬と眩しさとノスタルジーが絶妙に配分された、ファッショナブルで研ぎ澄まされた感性を振りまいた好演となった。また、一十三十一初の配信ライヴともなった。

 「ハーバーライト」を終えると、「9ヵ月ぶりの……一十三十一です。9ヵ月ぶりの……一十三十一です!」と挨拶(彼女は、大事なことでなくても、繰り返して言うクセがある)。コロナ禍においては“制作沼”にハマっていたそうで、コロナ禍がなくてもおそらく制作作業でライヴ間隔が空いていたとのこと。公演における実践感覚に不安は抱きつつも、とことん音楽と向き合っていたからか、序盤からノリもよく、何より声の質が良好。ハスキーな声は彼女の魅力を高める一つの“媚薬”ではあるが、これまではハイトーンではやや苦しそうに聴こえることもあったものの、この日は快調。勝手知ったる盟友たちによる安定したバンド・サウンドとの浸透性をいっそう高めて、眼前に鮮やかでスタイリッシュな世界を描いていく。


 さて、ビルボードライブ東京での公演は、指差しポーズとともにスウィートな声色で放つ“キメ”フレーズ「アーバンしてね!」で、甘酸っぱいセンチメンタルな世界へといざなうのが定番なのだが、この日はなかなか言い出せない様子。というのも、アメリカでは、アリアナ・グランデやドレイクらで知られるユニヴァーサル・レコーズ傘下のリパブリック・レコーズが自社内で“アーバン”の単語の使用を禁止し、これに続きグラミー賞でもこの単語の削除を発表。「アーバン・コンテンポラリー」を「プログレッシヴR&B」とする措置を行なうなど、“アーバン”が差別用語的なものとして取り扱われ始めた一連のニュースがあったゆえ。もちろん、これはいわゆる“BLM(ブラック・ライヴス・マター)”の動向を意識したものだが、本人が「アーバン問題がありますけど、私の中のそれと、禁止されたそれとは違うから」ということで、ちゃんと「アーバンしてね!」を言ってくれたのは嬉しかった。

 そもそも“アーバン”というのは、ラテン語で都市を意味するurbs(ウルブス)の形容詞 “urbanus”からきた言葉で、城壁で囲んだ都市というのが原義。それに対してsub・urb=suburbが郊外を意味する。そこに限定的な差別的要素はない。ただ、米音楽シーンにおいて、都市にて“ブラック・ミュージック”との関連が深まると、そのスタイルや流行の変遷とともに人種問題との関わりを否応なくされてきた経緯がある。その流れに80年代頃から“アーバン”が組み込まれてしまったがため、純粋な都市型音楽という意味の“アーバン”まで、身勝手に政治的正当性を示す言語表現、いわゆるポリティカル・コレクトネス(political correctness)の煽りを喰らうのは、正直くだらないし、こういった言葉狩りに近いようなことは、個人的には閉口の極みだ。


 話を戻して、その「アーバンしてね!」からは“DORIAN”コーナーへ。「Dolphin」から2017年の9thアルバム『Ecstasy』収録の「Let It Out」「Flash of Light」と披露。特にクリスタルな輝きを放ちながら文字通りアーバンなソウル・グルーヴが展開する「Let It Out」は、2月の公演では披露されなかっただけに、感慨もひとしお。

 この日は自身の好調ぶりとバンドとのステージにより喜びを感じていたからか、トークも滑らか。ギターの奥田健介がZEUS a.k.a.Kensuke Okuda名義で活動を始めていて、11月18日(水)に一十三十一が作詞した「それは、ウェンズデー」を配信リリースするという話題の際には、「それはウェンズデーに出るし、それはウェンズデーに録りましたよね?」「そして、今日もウェンズデー……ではない」(この日は日曜)「じゃあ、次はその〈それは、ウェンズデー〉をやろうかな、と」「やらない、やらない」などと、ZEUSこと奥田と素朴ながらもフフフとにやけてしまうようなトークを展開していた。

 実際の次の曲は「好きなやつ!」との呼びかけからスタートした「ロンリーウーマン」。ほんのり切なさを帯びながら夕陽が波に煌めくようなムードを醸し出すサウンドとやや憂いがかった歌唱でリラクシンな雰囲気を作ると、「プラチナ」で夏の夜の帳へ。尾崎亜美の優しくも影を落とすメロディと微睡みも誘う歌い口で、もどかしい恋とともに告げる夏の終わりの描出していく。


 終盤は「失われた夏を取り戻すべく、スペシャルゲストは……カシーフ、スペシャルゲストは……スペシャルゲストは……カシーフくん!」の一声から、KASHIFを迎えてのステージ。まずはヴォーカリストとして一十三十一とのデュエットで「サマーブリーズ '86」を。ステージセンターに並び、時折恥ずかしながらも目を合わせながらボックスステップを踏むと、80年代のシティポップ・サウンドとともに清々しくフレッシュな風がフロアに舞う。
 「おなじみのスペシャルゲストは……、いつもゲストな感じもするけどスペシャルゲストはカシーフくん!」との発声から、KASHIFとのトークへ。KASHIFが多くに参画し、“シティポップ”(一十三十一いわく“シティポ”)をテーマにした“流線形/一十三十一”名義による浜辺美波と岡田将生が主演のNHK総合ドラマ10『タリオ 復讐代行の2人』のサウンドトラック・アルバム『Talio』について言及するなかで、KASHIFの母親が配信を見ている、最近テレビを買ったからようやくドラマ『タリオ』が観られる(あと2回で終わるが)といった何気ない話で観客を微笑ませる。一十三十一も「リアルタイムで観る時、ドラマでいつ『Talio』の曲が流れるか分からないので、身構えて録ろうとしていると横で犬がめっちゃ鳴く」といった、日常の一コマ以上ではないエピソードを差し込んでくるのも、また一十三十一ワールドらしく、楽しい。
 
 KASHIFがギタリストとしてステージ左に位置取り、「夏光線、キラッ。」から「恋は思いのまま」で本編はラスト。近年はアンコールラストに配されることが多い「恋は思いのまま」だが、この日はコロナ感染拡大防止対策として、立っての観賞と声出しが禁止されているため(一十三十一は多少踊ってもたぶん大丈夫、だから「踊ってもいいんだよ!」とコールしたが……笑)、フロアが踊れないならと本編ラストにもってきたのかもしれない。


 アンコールで再び登壇すると、MCへ。コロナ対策で終演後の接触が出来ないため、グッズ購入者にサイン入りポストカードをプレゼントするというくだりで「9ヵ月もライヴしていなかったから、サインを書く機会がなく、自分のサインを忘れちゃって(ネットで)検索して書いたので、フレッシュなもの(サイン)になってます」とか、メンバー紹介の際に南條レオに「さっき〈いろいろ〉(担当)としか紹介されなかった」と突っ込まれると、「レオくんは何でも出来る、一家に一台」とフォローするも「ドラえもんじゃないんだから」と返されるなどのほのぼのトークを経て、恒例のカヴァー・コーナーへ。一十三十一が美大生シンガー“江口ニカ”として参加した流線形のナンバーから「江口ニカが歌うものではない曲を」ということで、都内から東名高速へと繋がる首都高速3号渋谷線の風景をサノトモミが歌った「3号線」を。「窓の外をまざわるビルを 通り過ぎ東名に乗る~」というところを「窓の外 乃木坂のビルを 通り過ぎ東名に乗る~」と歌詞を替え、カーテンが開いて夜景が覗くバックとともにビルボードライブ東京仕様へと粋なアレンジを施していた。

 オーラスは『Talio』からドラマ『タリオ 復讐代行の2人』のエンディング主題歌となった「悲しいくらいダイヤモンド」へ。イントロで演奏を止めて「ちょっと、いきなりヴォーカルから始まるので、お水飲んでいいですか」と変わらずマイペースなところを見せながら、シティポップを真摯に捉えたアーバン・グルーヴを奏でてくれた。


 終演後、近年、構成や楽曲性にそれほど変化がある訳ではないものの、何か惹かれてしまうのは何故なのかと考えていた。個人的に明確な答えには辿り着かないものの、一つは、演奏や歌唱によってリスナーの脳裏に楽曲の世界観をイメージさせる可視化に優れているのではないかということ。もちろん、アーティストや作風への思い入れや嗜好が深く関わっているだろうが、一十三十一が歌い出すと、その詞世界が瞬く間に眼前に浮かび上がるから不思議だ。
 ヴィジュアル、衣装関連をつかさどるアートディレクターの弓削匠デザインも世界観を構築するのに大きな力となっているが、赤のボーダーが入ったストライプのジャケットなどはそうそう着れないと思われるので、一十三十一から華やぐアーバンでソフィスティケートな薫りもその一端を担っているのだと思う。

 そして、もう一つは、この盟友たちによるバンドが、学生時代に青春を謳歌して、そのまま眩しくも甘酸っぱい関係性を保っているような、80年代後半から90年代にかけてヒットしたいわゆるホイチョイ三部作やトレンディドラマのストーリーにも感じられるところか。悪気はないものの思わせぶりのコケティッシュなマドンナ(一十三十一)に、好意を寄せるも言い出せないまま友人として時が過ぎてしまう男性群、そしてそれを見つめるマドンナの友人(ヤマカミヒトミ)といった相関図が浮かび上がりそうで、トレンディ時代を経験してきた者にとっては憧憬の対象にもなろうか。個人的にはベースの南條が「俺はそんなんじゃねぇから」と意地を張りつつも結局振り回されるといった役回りに見えたりして(この日の南條はベースはもちろん、コーラスも良かった)、妄想が捗るところも、魅力なのではないだろうか。

◇◇◇

<SET LIST>
01 DIVE
02 ハーバーライト
03 Dolphin
04 Let It Out
05 Flash of Light
06 ロンリーウーマン
07 プラチナ
08 サマーブリーズ '86(duet with KASHIF) 
09 夏光線、キラッ。(Special guest with KASHIF)
10 恋は思いのまま(Special guest with KASHIF)
≪ENCORE≫
11 3号線(Original by 流線形)
12 悲しいくらいダイヤモンド(Special guest with KASHIF)


<MEMBER>
一十三十一(vo)

奥田健介(g/from NONA REEVES)
南條レオ(b)
冨田謙(key)
小松シゲル(ds/ from NONA REEVES)
ヤマカミヒトミ(sax,fl)

Special Guest:
KASHIF(g,vo)


◇◇◇

【一十三十一のライヴ観賞記事】
・2014/03/24 一十三十一@Billboard Live TOKYO
・2014/08/31 一十三十一@Billboard Live TOKYO
・2015/10/26 一十三十一@Billboard Live TOKYO
・2016/09/18 一十三十一@billboard Live TOKYO
・2017/08/31 一十三十一@billboard Live TOKYO
・2018/03/02 一十三十一@billboard Live TOKYO
・2019/07/12 一十三十一 @EBiS 303
・2020/02/21 一十三十一 @Billboard Live TOKYO
・2020/11/08 一十三十一 @Billboard Live TOKYO(本記事)

◇◇◇





 


ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「ライヴ」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事