「死にたい」と思ったことはない。
タイトルとは違って、そう思ったことはない。
しかし、「死んだ方がいいんじゃないか」と思ったことはある。
こう思うときは、決まって小首をかしげながら、そう考えている。「おれ、きっと死んだ方が良いんだろうな。そのほうが楽になるし、まわりにも迷惑をかけないし、俺のプライドも守られるし。いいことばかりだろうな」とか考えている。
ただ、生きているということは理屈ではない。事実だ。
生きてしまっている以上、死にたいと思っても、生き続けねばならない。
ただし、それでも自死を選んだものの、その気持ちも否定はできないと思う。
だって、死にたいくらい辛いのだもの。
けれども、生きることを選択して欲しい、と思う。
人間、いぎたないことをし続け、だらしなく、惰性で生き続けているやつらばかりだ。もちろん、私もそうだ。
ある日ふと気づいて、
「ああ、今日も生きぬいてしまった」
そう溜息をついてしまう。
人生そんなものだ。
潔癖な生き方なぞ、若い人だって、ほとんどしていしない。
もうあなた一人が頑張っても、国家や社会はおろか、家族だってよくなりゃしない。
だらだらと続くものだし、それがいやだったら、逃げてしまいなさい。
それで上等だよ。
二十一世紀も、十九世紀も、十世紀も、人間の生き方なんぞ、変りゃしない。
変るのは、スマホがあるかどうかくらいなものだ。
芸能人の自死や新しい出発をしたひとのことを読みながらそう考えた。