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山口誓子の一句鑑賞(5)髙橋透水

2018年03月31日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
夏の河赤き鉄鎖のはし浸る 誓子

昭和十二年、『炎昼』に収録された句。日支事変の始まった頃の、夏の光景という。
 誓子の「構成俳句」を指摘した一人は平畑静塔だが、誓子といえば、〈ピストルがプールの硬き面に響き〉があるが、この句の場合はピストル(実際は音という現象)が、硬き面(実際はプールの水で軟である)に「音」で瞬間に繋がれた構成になっている。しかし鑑賞句の場合は、「夏の河」の軟と繋がるのは「鉄鎖」という硬であり、軟と硬は明確である。このように誓子の「構成俳句」は、実存(実在)と実存(実在)を一句に並べ、読者に鑑賞を委ねる手法がとられている。
 日中の夏の河のイメージは気だるく、そこに鎖が浸っている情景は鬱陶しくもある。鎖は錆びでなくペンキの赤としても、朱夏の語感に通じる。さらに情景は工場地帯の汚水の臭いのする河を想像させ、また港湾地帯に注ぐ汚れきった河を彷彿させもする。このように「夏の河」と「鉄鎖」から、いろんな風景が浮かんでくる。
 その効果は「夏の河」と「鉄鎖」というものとものを結びつける「はし浸る」であるが、ここで夏の河や赤き鉄鎖が何を象徴しているのかというような詮索はさほど重要でない。同時期に、〈枯園に向ひて硬きカラー嵌む〉があるが、同様の手法とみてよいだろう。
 ところでこの〈夏の河〉の句は友人達と観光船に乗っていた時の嘱目吟らしく、誓子の『自選自解句集』によると、「夏の河」は大阪の安治川のことで、「赤き鉄鎖」は、朱塗りの、鉄の鎖のこと。「赤き鉄鎖のはし浸る」とは、「赤き鉄鎖」つまり朱塗りの鉄鎖は、工場の地上に長く横たえられ、そのはしが川に浸っている情景という。
 が、この句には当時注目され始めた新興俳句と違う何か版画的な平坦から立体的な情景の浮かぶ世界がある。つまり版画的であるから、物だけが表現されるが映画のワンシーンのようで、前後の動きさえ見えそうだ。作品の隠れた主義主張は読者が感じとるしかない


俳誌『鴎座』2018年三月号より 転載

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