小説西寺物語 31話 京の都、東の都「一国ニ天皇制」薬子の陰謀
809年6月20日嵯峨天皇は空海が博多から帰ってきたと同時に最澄、空海、守敏僧都、それに稲荷神社宮司の伊呂具を神泉院離宮に招き宴会をしていた。これは平安宮に出入り出来る資格は従七位以上で天皇に接見できるのは従四位以上の決まりがあるためになる。つまり、この嵯峨天皇の最も信頼しているこれらの仲間でも宮中では接見が叶わずこれらのしきたりのない自由な神泉苑離宮や六条河原離宮が好きで月のうち半月は離宮で寝起きしていた。
この離宮には官女や侍女が主体で怖い正妻は大内裏にいるので女好きの嵯峨天皇には天国になっていた。元々この嵯峨天皇は武家源氏を自ら旗上げした武将で攘夷大将軍坂上田村麻呂の次の将軍で事実上天皇を守る近衛軍の総大将だった。この将軍は武術と馬術は天下一品で馬に乗っては稲荷神社に遊びに来るというおよそ貴族の持っている上品さはなかった。
この天皇は将軍時代から近衛軍の幹部武将と酒を酌み交わすのが大好きで飲む時は必ず車座に座り無礼講を信条としていた。これは桓武天皇の次男で平城天皇の弟ながら貴族の堅苦しい生活と階級社会の仕来りに矛盾を感じて宮中以外の人物との交流に刺激を感じる性格なのか、今夜の離宮での宴会でも最澄、守敏、空海、伊呂具、それに天皇が座る車座で酒を酌み交わしていた。
守敏と将軍との出会いは守敏が奈良仏教から破門されて寺から立ち退け命令が出たがこれを無視したために奈良から刺客が送られてきた時に将軍は守敏の寺を源氏の菩提寺にするとしたために命が助かった経緯があった。またこれより以前には守敏が僧兵300名を引き連れて稲荷神社破壊に押し寄せたが伊呂具に上手に丸く収められた因縁もあった。
嵯峨天皇が政治を推し進めるには独断では許されず左大臣、右大臣、参議らの意見を聞かねばならないが、それは参考程度で天皇はこの離宮でこの仲間と政策を練っていた。この離宮の政策会議の柱は最澄が唱える「国家の安寧、発展と民衆を救い、幸せにする」だが、空海も伊呂具も守敏もこの一言で団結していた。
それには「おろかな権力争いを未然に防ぎ戦争に導かない政策」になるが、さらにそれには確かな情報の収集に尽きる。比叡山仏教の末寺は全国に800寺院、守敏の奈良仏教は2500寺院の内約300寺院に諜報僧侶を送るために300名の若い僧侶を西寺で教育していた。さらに稲荷神社は宮司や神職が居る末社が200社にもなるが、これらの宮司や神職には布教の他に大事な任務を与えていた。それが全国の国府の国司(州知事)、さらに豪族の動きを調べた結果を本山、本社に密書として届くが、離宮での天皇を囲んでのこの宴会が情報交換の真の目的になっていた。つまり、この離宮の車座会議こそ日本国の頭脳となっていた。
守敏は平城上皇が奈良仏教代表の惠慈に言った勅語を問題にしていた。それは、
「私はこの平城宮で政治をいたすが、この奈良の町をまた以前のような賑わいのある日本国の東の都にしたいが、奈良仏教会は私の考えに賛同していただけるのであれば大安寺を国営西寺、東大寺を国営東寺としたいが、いかがか?」
「この「日本国の東の都にしたいが…」の東とは奈良のことをいうのか?、それとも奈良以外の東の国に遷都したいのかは不明になるが?」
この上皇とは退位して息子に皇位を譲るが天皇と同列の権力を有し、またそれ以上の権力を有することがあった。たとえば幼い男子、または女性に皇位を譲るが、実権は上皇が握り院政をする場合もあった。嵯峨天皇は平城天上皇の弟でもあり、兄は弟に逆らえないことも多々あったが、平城上皇の勅語、勅命は上皇のお言葉ではなく愛妾の薬子が勝手に出していた。
とは分かっているが、嵯峨天皇にすれば兄でもある上皇に正面から逆らえなかった。これは上皇派の公卿や高級貴族がまだ朝廷内部と全国に派遣している国司などに約四割もいたので無理すれば権力争いの戦争になるのは避けられなかった。そこで空海が、
「上皇は再び平城京に遷都すると言われる恐れがあるが、守敏僧都はどう見るか?」
「それは充分ありえるが、とはいっても上皇派の公卿や貴族はまだ二割ほどしか奈良には引っ越しはしていないが、その理由は平城宮にまだ屋敷がないということだが、本音は平城宮には行きたくないのが理由になる」
809年9月ごろから上皇は勅語や勅命を乱発してきた。その中で大きな物は西大寺が薬子の手で炎上したが、その跡地に新しい平城宮を造営すると言うものだ、さらに旧平城宮の跡地に上皇派貴族の屋敷12棟を作ることだった。薬子の弟で従四位成行はこの勅命を持って京の都の部下三名とともに朝廷に乗り込んでいた。
朝廷には天皇を頂点に太政大臣、左大臣、右大臣、大納言、中納言、参議と従三位以上の高官がいる。成行が上皇の特使だとしても嵯峨天皇には直接会えず左大臣の藤原良安に面会を申し入れて上皇の勅語を伝えていたが、良安はすぐに天皇に伝えて良安が天皇の返事を成行に伝えていた。良安は成行に、
「平城宮はかれこれ60年も経つた古い宮殿になるので西大寺跡地での新しい平城宮の建造を認めます。12の貴族の屋敷だが、これも都では人工が増えて貴族の数が急激に増えて屋敷が足らなくなっている。奈良へ引っ越しされた貴族の屋敷をそのまま使えるのでこれも認めます」
成行は良安の素早い返事には正直驚いたが、
「誠にありがとうございます」
「ところで成行、平城宮の新築の宮大工の手配や木材や瓦などの調達はどうなされるのかな?」
「いや~私はまだそこまでは~」
「それがわからなければ朝廷は金を出そうにも出しようがないが、新築の平城宮と貴族の12の屋敷の見積書を早く提出していただきたい」
「し、しかし、お恐れながら申し上げますが、上皇は朝廷に平城宮と貴族の屋敷を造営せよと勅命されています。なら、宮大工や建設材料の手配も朝廷がするのが筋ではありませんか?」
「いゃいゃ、朝廷は許可と金を出すだけで民間業者との交渉は各専門貴族の仕事であることは成行も知っているであろう」
たしかに民間業者との交渉は貴族でありそのために族貴族といわれ業者との癒着が社会問題になっていた。ただ、上皇派の貴族には宮大工に顔が利く貴族がいなかった。成行は良安に見積書の提出の猶予をもらって奈良に帰るしかなかった。
成行は宮殿から朱雀大路を南へ、朱塗りの羅城門をくぐり九条大路から奈良へは東だが、ここでフト西大寺の留守番僧侶道行のことを思い出していた。
「たしか~道行は官営西寺の造営工事に関わって言っていた」
そこで成行は部下の三名に、少し官営西寺の造営工事を視察したいから先に帰ってほしいと命令をしていた。成行は九条大路を西に歩き西寺の南大門から西寺に入った。正面には大伽藍の金堂かあり、工事が完成間近か足場が撤去されていた。そこで忙しそうに働いている僧侶に、
「私は従四位藤原成行というものだが、守敏僧侶に会いたい」
成行は守敏が住職を務める「源光寺」の客間に案内された。従四位の成行は上座に座り、従六位の守敏は下座でひれ伏していた。成行は、
「実は、道行という僧侶が、「国家の安寧、発展を願い、民衆を救い、幸せにする」というのが僧侶の仕事とだと言っていたが、その成行が師と仰ぐ守敏僧侶に一度会いたいと思い本日お伺い致しました」
守敏はこの成行と道行の関係を順法からの情報で知っていた。それは西大寺が薬子の手で破壊される前夜、西寺の僧侶で組織された奈良警備隊が解散命令を受けたが、成行はこれらの僧侶を奈良から所払にしなかった経緯があった。そこで守敏は
「あの件では大変なご配慮を頂きましてありがとうございました」
「いや~それは何の意味かは私には理解できないが、道行の思想に感銘しただけです」
そこで成行は上皇が平城宮を西大寺跡地に新築するというので宮廷に来たが、宮大工の手配と材木と瓦の調達の件を守敏に相談をしていた。守敏は、
「今から木材や瓦の手配をしてどんなに早くても1年はかかります。その1年後には官営西寺、東寺の建設工事も一段落しますから、ここの約600名の宮大工を奈良に派遣することはできますが、………ただ………」
「ただ…とは?」
「それは新しい平城宮を上皇の隠居生活以外の目的に使わないことを約束されるのが条件になります」
成行は守敏のこの質問の返答をかなりの時間考えていたが、そこで守敏は、
「いぇいぇ、その約束は私と成行さまだけの秘密の約束でいいのですが?」
「守敏殿の希望は私にも分かるが、ただ、私も「おろかな権力争いからの戦争には断固として反対します」が、私にはそんな力はありません」
「そうですか、分かりました。それでは宮大工の元締めの留吉に会わせます」
こうして成行は宮大工との打ち合わせをして朝廷に提出する平城宮新築工事及び貴族の屋敷新築工事の「見積書」の提出は809年10月10日に決まった。平城宮施工開始日は810年11月1日、平城宮完成引き渡しは812年10月吉日という契約書を朝廷と宮大工が交わしていた。
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