横浜映画サークル

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横浜キネマ倶楽部の「自主上映『アダムス・アップル』と講演」とても良かったです

2020-11-10 19:01:57 | メンバーの投稿

横浜キネマ倶楽部の「『アダムス・アップル』と『講演』:森百合子(北欧ジャーナリスト)」に行ってきました。会場まで電車で片道1時間ちょっとかかりましたのでマスクは予備を一つ持ち、電車では吊り革などに触れないようにして、新型コロナに注意して行ってきました。観客は少ないですが、思ったよりは多かったです。以下感想などです。ネタバレがありますが、ある程度分かって観たほうがより深く味は得るような「本物の作品」と思います。

アダムス・アップル』(2005デンマーク・ドイツ合作。監督アナス・トマス・イェンセン)

ストーリ凶悪犯の更生施設を兼ねた田舎の教会が舞台。ネオナチに属し、腕にナチスのアイアンクロスの入れ墨をしたスキンヘッドの主人公アダムがバスから降り、バスが離れていく車体に、手持ちの金属を押当てて傷をつけるところから始まる。根っからのワルで粗暴な主人公。教会の牧師が車で迎えに来て教会での生活が始まる。教会には犯罪者が3人おり主人公で4人になる。主人公は「俺は何をやればいい」と牧師に聞くと「目標は自分で決めるように」と言われ、その時食べていたリンゴを見て思いつき「アップルケーキ」を作ると笑う。教会にはリンゴの木があった。

下の画像左は左にアダム(ウルリク・トムセン)、右にもう一人の主人公牧師イヴァン(マッツ・ミケルセン)。画像中は盗むこと、食べることが止められないアル中のグナー(ニコラス・ブロ)。画像右はカリド(アリ・カジム)、ウイキペディアではパキスタン移民の強盗犯となっているが、私は「サウジアラビアに帰りたがっている」ということや生き物を撃ち殺すことに躊躇がないことなどからイスラム過激派を想定しているのが監督の本音ではないかと思う。3人目は、画像はないがナチスのユダヤ人収容所で虐殺の執行をしていたポール。

画像出典左:アダムズ・アップル映画https://www.tsuiran.jp/word/3359813/weekly (閲覧2020/11/9) 画像出典中と右:災難にあったリンゴの木と信仰はどうなる? 映画「アダムズ・アップル」河西 みのり。トリミングしています。https://www.christianpress.jp/author/kasai/ (閲覧2020/11/9)

感想他:下の画像左はアダムに殴られ、蹴られて気を失って、次の日、鼻の骨が折れて曲がり、顔が変形して現れた牧師。なぜアダムは牧師に激しい暴力をふるったのか?これがこの映画の最も重要な場面に思う。牧師は子供のころ母親は死亡、父からレイプされた姉は自殺、本人も父親からレイプ。本人が結婚して生まれた子は脳性小児まひ、などなど子供のころからこれ以上はないと思えるほどの不幸の連続の人生だった(この人生内容は映画の中で教会の医者がアダムに話したことで、もっと細かい内容だったと思いますが、私の記憶で正確ではありません)。牧師は、不幸は神が自分に与えた試練とアダムに話す。アダムは、それらは偶然のことで神は関係ない、と突き放す。牧師は脳性麻痺の子供のことを元気に学校に通っていると事実と違うことをアダムに話し、実は不幸を受け入れきれていない。不幸に立ち向かわずただ受け入れ、しかも事実と違うことを話して心の平安を得る牧師の姿に、アダムは腹が立ち、左ほほを殴る。すると牧師は右ほほを出して殴るように諭す。アダムただ苦難を受け入れるだけの牧師、虚偽で取り繕うだけで苦難に立ち向かう姿勢がない牧師に、思い知らせるように、右ほほを殴り、とことん殴り蹴る。殴られた牧師の次の日の姿が下の画像左である。資本論を書いたマルクスが当時の宗教は苦難に立ち向かわず、民衆を、苦難を受け入れるだけにしてしまうアヘンだ、と言うような意味を述べていたと思うが、この場面のテーマが重なるように思う。

下の画像右はほとんどのリンゴに虫が湧いてダメになっているのをアダムが見ている場面。リンゴはカラスに食べられ、虫が湧き、ついには雷が落ちて木の幹が割れ根こそぎ倒れてしまう。リンゴケーキを作ろうとしたオーブンは雷の電流が電気ケーブルを伝わり流れて使えなくなる。アダムが目標としたアップルケーキ作りに次々苦難が襲い掛かるアダムは牧師の気持ちが分かるようになっていく

画像出典左:マッツ・ミケルセン主演 人里離れた教会にネオナチ男がやってきた! 寓話を駆使した容赦なき強烈な人間劇『アダムズ・アップル』映画 2019.10.18   ライター:関根忠郎https://www.banger.jp/movie/19808/ (閲覧2020/11/9)  画像出典右:【編集マツコの 週末には、映画を。Vol.30】「アダムズ・アップル」https://www.orangepage.net/daily/2718 (閲覧2020/11/9)

最後に奇跡が起きる。もう一つの重要な場面です。ウイキペディア「アダムズ・アップル (映画)」などの解説で『アダムス・アップル』は「ブラックユーモアで描かれている」と説明しているのは、この最後の奇跡の場面と思う。奇跡が苦しみを解決するところは、いかにも一部のキリスト教的な感じがする。奇跡に希望をつなぐ宗教の特徴を表したように思う。この最後の奇跡をブラックユーモアと捉えたのであろうが、私にはユーモアでなく、監督は本気でキリスト教の本質として描いていると思える。この奇跡の内容は観てのお楽しみにしておきます。今でもバチカンは世界中での出来事の中から「神が起こした奇跡」かどうかを判定していると聞いたことがある。

アダムス・アップル』はとても深みがあり、考えさせられる作品で、しかも面白くできていました。

講演:森百合子(北欧ジャーナリスト):話で要点と思うところを箇条書きに。記憶ですので聞き漏らしや若干表現が異なるところもあると思います。

1、デンマークでは犯罪者をできるだけ刑務所に入れずに働くようにし、支出を抑え税収を得るようにしているので映画のような施設は特殊ではない。この考え方は女性が働き、障害者が働くという考え方と共通。

2、ヨブ記:信仰心を試す神とサタン

3、挿入歌「愛はきらめきの中に」は一般的なラブソングに思えるが、牧師イヴァンを通して聴くと信仰の歌に思える。

4、最後の牧師の復活は、キリストの復活のよう。

5、アダムス・アップルは男性の、のどぼとけを言う。エデンの園でアダムが食べたリンゴをのどに詰まらせた説

6、デンマークらしさが出ている点

(1)個人に互いが干渉しない。個人主義であるが困っていれば互いに支えあう。これは映画にも出ている。

(2)フェアネスを大事にする。自分に正直に生きる。スウェーデンと似た男女平等

(3)必ずと言っていいほど各家にリンゴの木がある。

7、北欧映画の特徴:ダークor地味な作品:ラース・フォン・トリアー監督(デンマーク)、リューベン・オストルンド監督(スウェーデン)。ここ10~20年は寛容性、他者を受け入れることが特徴。

8、出演者たちの他作品

(1)『ブレイカウェイ』(牧師役をやったマッツ・ミケルセン。アナス・トマス・イェンセン監督)

(2)『真夜中のゆりかご』(アダム役をやったウルリク・トムセンがいい。アル中役。アナス・トマス・イェンセン監督)

(3)『偽りなき者』(牧師役をやったマッツ・ミケルセン主演。小児性愛の嫌疑をかけられ人生がくるっていく。トマス・ヴィンターベア監督)

(4)『アナザーランド』(牧師役をやったマッツ・ミケルセン主演。トマス・ヴィンターベア監督)

9、おすすめ作品

(1)『ストックホルムケース』(ストックホルム症候群:犯人に同情してしまう被害者の心)

(2)『ホモ・サピエンスの涙』(スウェーデン。ロイ・アンダーソン監督: 4年に1作しか作らない)

(3)『立ち上がる女』(アイスランド。環境問題に立ち向かう)

(4)『希望のかなた』(フィンランド。アキ・カウリスマキ監督)

10、デンマーク・ヒュッゲ:デンマーク人が大事にしている、ほっこりとした時間。

おまけ:映画の中で聖書が棚の上から落ちているときや、アダムが手から落とすと、何回落としても、旧約聖書のヨブ記のページが出てくる場面がある。そこでウイキペディア「ヨブ記」の私が注目する点を要約しておきます。映画が言わんとしていることと係ると思います。詳細を正確に知りたい人はウイキペディアなどを参照してください。

ヨブ記:ヨブという人の話。ヨブは高潔で人に慕われ、子供に恵まれ、多くの財産で幸福の絶頂の頃。天では「神の使いたち」が集まり、ヨブは無償の信仰と無償の愛の世界観を持っていたが、サタンが神に「ヨブの信仰は利益を期待してのものであって、財産を失えば神に面と向かって呪うだろう」と指摘する。神はサタンの指摘を受け入れて財産を奪い、信仰を試すことを認める。サタンによってヨブは最愛の者や財産を失うが罪を犯さなかったため、サタンは敗北。サタンは神を挑発して、さらにヨブ自身に危害を加える権利を得て、ヨブをひどい皮膚病にする(当時の皮膚病は社会的に抹殺される)。妻まで神を呪って死ぬ方がましだと主張。ヨブは妻に「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」と罪を犯すことはなく、サタンは敗北。

ここで、3人の友人が訪ねてきて皮膚病で激しい苦痛のヨブに「こんなに悪い目にあうのは実は何か悪いことをした報いではないか、洗いざらい罪を認めたらどうか」と、身に覚えのないヨブは反発する。

友人たちは、「神はこの世を正しく裁いており、その裁きに疑念を抱く余地はない」と執拗に繰り返し「神の前では正しい人間など一人もおらず、それぞれがその罪に応じた罰を受ける」と主張。ヨブは「神だけが把握している認識できない罪まで問われるのは正当でない」と反論。友人はヨブが富んでいたことに対して「神の正義に照らした場合、本来は貧しい者の所有物を奪っていた行為によるものなのではないか」と断言する。ヨブは「貧しく生まれ貧しく生きる無垢の人々が自分と共にいる」と反論。友人との議論は長々と続く。

やがて言葉を尽くしたヨブに神が顕現し、神との問答が行われた後、家族と財産が返還され、神が贖(あがない)いに寿命を与え140歳まで生きた。ヨブ記の最後は「ヨブは長寿を保ち、老いて死んだ。」で終わる。映画の牧師が奇跡で生き返る場面はこの、神が顕現した場面に相当するように思う

以上、S.Tでした。

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1 コメント

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記事の感想 (Y・T ☆ (^u^)v)
2020-11-13 21:53:07
今回の記事も楽しませて頂きました。
何の予備知識もなく、なんとなく1人で映画を見るよりも、S.Tさんの考察を交えた感想を読む方が数倍もおもしろく感じます。(映画を観賞する時間がなかなか取れないのでなおさらありがたいです)
時々、この世はみんな罪人で、地球そのものが凶悪犯の更正施設ではないのかと思うことがありましたので、とても響きました。

絶望を静かに受け入れることや、偶然が重なりあうことで形づくられる「事象」を「奇跡」と感じることができる人間の感性に、小さな光を見たような気がしました。

映画一本の中に、フィクションだけれど、この世に事実があるからこそ浮かびあがってきた物語があり、こうやって間接的にひとつの物語を垣間見れたことを嬉しく思います。
ブログ掲載とお知らせ、ありがとうございました。

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