ハリウッド最高の栄誉とされる第96回アカデミー賞の授賞式が3月10日(現地時間)、ロサンゼルスで開催されました。

 

僕は、同時通訳の生中継が苦手なので、編集された字幕版が今月19日までWOWOWオンデマンドでアーカイブ配信されているのでそれを見ました。

 

今日はその感想を書いておきます。

 

「ダークナイト」「TENET テネット」などの大作・話題作を送り出してきたクリストファー・ノーラン監督が、2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」を下敷きに、原子爆弾の開発に成功したことで「原爆の父」と呼ばれたアメリカの理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と葛藤を描いた『オッペンハイマー』がアカデミー賞では同年度最多となる13部門にノミネートされていましたが、前評判通り、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞を果たしました。

 

全米では、2023年7月21日に公開され、話題になっていましたけど、日本では当初、テーマがテーマなだけに公開は未定でしたが、今月29日から公開されるようです。

 

配給会社は、「本作が扱う題材が、私たち日本人にとって非常に重要かつ特別な意味を持つものであることから、さまざまな議論と検討の末、日本公開を決定した」と慎重さの込もったコメントを出していましたね。

 

広島県原爆被害者団体協議会理事長の箕牧智之氏は、「広島と長崎への原爆投下がもたらした被害が直接映し出されておらず残念だ」と述べられていて、映画を観た人からも「原子爆弾投下による広島と長崎での核被害の惨状が描かれていない」との批判や指摘が出ていたりしますが、僕はまだこの作品を鑑賞していないので口幅ったい事は言えないのですが、ノーラン監督は原子爆弾による惨状を描かなかったのは「(本作品は)主人公であるオッペンハイマーの視点から描かれたものであり、彼は他の人達と同じようにラジオを通じて日本の2都市(広島と長崎)に原爆が落とされたことを初めて知った。決して主人公を美化するためではない」とおっしゃっているので、ちゃんとこの目で観て確認したいと思っています。

 

僕が初めてクリストファー・ノーラン監督の作品を観たのは2001年の『メメント』で、また新しい才能が出てきたなぁと言う印象でした。2008年の『ダークナイト』、2010年の『インセプション』、2012年の『ダークナイト ライジング』と作品ごとに素晴らしさが増して完全にやられちゃったので、大好きな監督なんです。だから今回のアカデミー賞の作品賞、監督賞受賞はいつかは取ると思っていましたから素直に嬉しかったです。

 

今年の第96回アカデミー賞は例年より1時間早く開幕し、演出面でも変化が見られました。そのうちのひとつが、主要部門のプレゼンターを歴代受賞者5名が務めたことですね。

 

そのため、ロバート・ダウニー・Jr.が選出された助演男優賞では前年度受賞のキー・ホイ・クァンだけでなく、マハーシャラ・アリ、ティム・ロビンス、サム・ロックウェル、クリストフ・ヴァルツも登壇し、また、エマ・ストーンが選出された主演女優賞では前年度受賞ミシェル・ヨーのほか、サリー・フィールド、ジェシカ・ラング、ジェニファー・ローレンス、シャーリーズ・セロンも登壇しました。サリー・フィールド、懐かしかったです。お元気で何よりでした。サリー・フィールドは2度、主演女優賞を受賞していて、受賞作の『ノーマ・レイ』(1979年)、『プレイス・イン・ザ・ハート』(1984年)は名作ですから、観て欲しいなと思います。

 

ほかにも助演女優賞では前年度受賞のジェイミー・リー・カーティスに加えて、レジーナ・キング、リタ・モレノ、ルピタ・ニョンゴ、メアリー・スティーンバージェンも登壇。主演男優賞も前年度受賞のブレンダン・フレイザーのほか、ニコラス・ケイジ、ベン・キングスレー、マシュー・マコノヒー、フォレスト・ウィテカーが登壇し、それぞれの名優たちが、今年の候補者一人ひとりに語りかける言葉の数々が感動的で、とてもいい演出だったと思います。華やかでしたしね。

 

過去の受賞者ら5人が新たなウィナーを迎えるという演出は、2009年開催(第81回)のフォーマットを復刻させたもので、「ファブ・ファイブ」と呼ばれる形式なんです。でもその演出のせいなのか、ちょっと問題も起こってしまいました。

 

助演男優賞を受賞してステージに上がった、ロバート・ダウニー・Jrがプレゼンターのアジア系アメリカ人俳優キー・ホイ・クァンからオスカー像を受け取ったとき、ハグもせずスルーしたことでアジア人蔑視疑惑が取りざたされた事です。

 

ロバート・ダウニー・Jrと言えば、2008年に1作目が公開された『アイアンマン』シリーズが大ヒットして復活し、『シャーロック・ホームズ』シリーズなどで幅広い役を演じ今ではハリウッドを代表する俳優の一人ですが、僕からすると、今回のアカデミー賞の司会を務めたコメディアンで俳優のジミー・キンメルに揶揄われていましたが、ロバート・ダウニー・Jrは、1996年に麻薬不法所持で逮捕され1年間刑務所に入所したのをはじめ、2001年にはコカイン所持で逮捕され3年間の保護観察処分を受けていて、2003年に麻薬絶縁を宣言し、その後はドラッグに手を出していないと言ってはいますが、「ほんとかな?」と思わせる俳優ですし、せっかくの授賞式を傷つけたイメージがついてしまい残念ですね。

 

ロバート・ダウニー・Jrは、3度目のノミネートで、今回は受賞は確実と言われていたので、当然だろうという少し傲慢さがあったのかもしれません。前年の授賞者でベトナム生まれの俳優キー・ホイ・クァンによって名前が発表されると、ダウニーは妻と喜びを分かち合い、会場の参加者に向かって手をあげ、堂々と壇上へ向かいました。しかしオスカー像を渡そうと歩み寄るクァンに目もくれず、片手でオスカー像だけを手に取ったんです。

 

クァンは少しうろたえるような様子を見せながらも笑顔を絶やさず手を伸ばしてダウニーの腕に軽く触れましたが、ダウニーは反応せず同じく壇上にいたティム・ロビンスと握手を交わし、サム・ロックウェルとこぶしをぶつけあったのち、両手をあげて振り返り会場の拍手に答え、結局壇上でクァンとコミュニケーションする場面は一切ありませんでした。

 

これでは批判が巻き起こるのは仕方ないなと見ていて思いました。「存在を無視する」というのは、アジア人を「使用人やベビーシッターのように扱う」という最も横行している性質の人種差別だと言われているからです。

 

僕も若い頃、海外のホテルのプールで、水の中に入ったら、白人の人たちが一斉にプールから上がったことがありました。お前達と同じ水になんか入れるかということらしいです。日本にいるとわからないけど、僕たちも無意識にアジアの人たちを避けていることもありますしね。体臭が臭うとか、声が大きくて煩いとか…。

 

アジア人同士でも妙な小競り合いをしていたりしますから、自分ではそんなことのないように自覚を持ちたいなとは思いますね。

 

主演女優賞に輝いたエマ・ストーンは、「ラ・ラ・ランド」(2016年)に続く2度目の主演女優賞獲得となりましたが、前年の授賞者である中国系マレーシア人俳優のミシェル・ヨーがエマにオスカー像を渡そうとした際にもゴタゴタがありましたね〜。

 

エマ・ストーンとミシェル・ヨーは、同時に像を持ったまま少し移動したような形になったあと、何故か壇上にいたジェニファー・ローレンスがミシェルから像を力強く引き寄せ、エマにぐっと押し付けるように渡してしまう展開になってしまったんです。

 

その後ジェニファーとエマは頬にキスをして抱き合い、続いてエマは壇上のサリー・フィールドともキスとハグを交わしたのに、ミシェルとはキスもハグも握手もしないままになってしまったんです。

 

これも批判が寄せられたのですが、エマ・ストーンは、自分が受賞するとは思っていなかったようで、ドレスの背面のファスナーが何かのはずみで壊れていたりして少しパニック状態だったので、気が動転していたようえには見えました。アジア人軽視とまでは僕には見えなかったですけどね。

 

日本の作品では「ゴジラ-1.0」が日本映画として初めて視覚効果賞を受賞しました。受賞者には監督の山崎貴さんのほか、VFXディレクターの渋谷紀世子さん、CGディレクターの髙橋正紀さん、コンポジターの野島達司さんが壇上へ登壇されました。

 

同部門における監督の受賞は「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリック以来55年ぶりだそうで、史上2人目。また、宮崎駿監督作「君たちはどう生きるか」が長編アニメーション賞を受賞しました。日本の作品の長編アニメーション賞受賞は、同じく宮崎駿さんが監督を務めた「千と千尋の神隠し」以来21年ぶりとなります。

 

この2つは目出度いことですよ〜。日本をテーマに、日本人が作り、日本人俳優が演じた作品が受賞することに意味があると僕は思っています。

 

山崎貴さんには、多分、今後ハリウッドで作品を作ってくれと依頼があるはずだと思いますが、僕としては森谷司郎監督『日本沈没』(1973年)と、松林宗恵(本編)監督、円谷英二(特撮)監督の『世界大戦争』(1961年)を現代を舞台に再映画化してほいです。ハリウッドが唸るようなね。

 

山崎貴監督をはじめ出席者全員が、かかと部分がゴジラの爪をモチーフにした靴を履いていましたね。遊び心があってとても良かったですね。

 

スタジオジブリの方、誰も授賞式に出席されていなかったですね。ちょとそれは寂しかったです。いろいろ事情があるのかもしれませんけど、オスカー像を宮崎駿さんが受け取るところ見たいじゃないですか。

 

歌曲賞を受賞したビリー・アイリッシュが『バービー』と自分を重ねて自分の存在意義を問いかけて歌う『What Was I Made For?    』はいい曲でした。ちょっと泣けます。学校の制服を意識した「シャネル(Chanel)」の衣装も良かったです。

 

助演女優賞候補に『バービー』のアメリカ・フェレーラがいました。アメリカ・フェレーラといえば『アグリー・ベティ』ですよね〜。僕、このドラマ大好きだったんです。この作品でゴールデングローブ賞及びエミー賞の主演女優賞も受賞した実力派です。久しぶりに会えて嬉しかったです。

 

僕が今回一番気に入ったのは『バービー』でケンを好演し、助演男優賞にノミネートされたライアン・ゴズリングが、主題歌賞候補曲「I’m Just Ken」を初めて生披露したステージです。

今回の授賞式1番の見せ場だったのではないでしょうか。ライアン・ゴズリングは全身ピンクのスーツ姿で歌い踊っていました。カッコ良かったです〜。『紳士は金髪がお好き』(1953年)でマリリン・モンローが歌った「Diamonds Are a Girl’s Best Friend」へのオマージュでしたね。

 

授賞式の司会は、第89回、第90回、第95回に続き4度目のコメディ俳優のジミー・キンメルが務めました。トランプ前米大統領から「最低のホスト」だとSNSで酷評されてましたけど、次期大統領になろうとしている人がSNSにこんな投稿をする国なんですよアメリカって。変わってますよね〜(笑)。

 

ジミー・キンメルは落ち着いた司会振りで、トランプ前米大統領にも「服役期間は終わったのかな?」とやり返していましたし、騒がず慌てず、所々笑と皮肉で会場を沸かせ、ソツなくまとめたと言う印象でした。

 

そして、ジミー・キンメルは、終わり近くにはSAG-AFTRA(映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟)のストライキについて振り返り、目の前の組合員たちに向かって交渉の成果を称えました。その後、彼は多くのハリウッドのスタッフをステージに招き、彼らの業績を祝福していました。スピルバーグ 監督は多額の寄付をしたそうです。なんだか映画ファンとしては胸が熱くなるシーンでした。

 

ジミー・キンメル、ちょっと見直しました。

 

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で監督賞にノミネートされたマーティン・スコセッシはスピルバーグ監督が保持していた9回の記録を抜いて、現在存命の人物では歴代最多の監督賞ノミネート数である10回を記録しました。歴代最高齢となる81歳でのシミネートです。素晴らしい。

 

助演男優賞にノミネートされたロバート・デ・ニーロと助演女優賞にノミネートされたジョディ・フォスターとマーティン・スコセッシ監督が同じ会場にいたこともちょっと胸が熱くなりました。この3人は第29回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞『タクシードライバー 』(1976年)のトリオですから。感慨深いものがありました。

 

史上最も偉大なプロレスラーの一人として広く知られているジョン・シナが全裸で股間を封筒で隠して衣装賞のプレゼンターとしてステージに登場したのはウケましたね〜。ああいうボディの人が小さい封筒で股間を隠してチョコチョコと横歩きする姿はおかしかったです。「履いてますよ!」ってやれば良かったのにね。

今回のアカデミー賞は、「『オッペンハイマー』は原爆、『ゴジラ-1.0』も原爆と戦争、長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した『実録 マリウポリの20日間』はロシアとウクライナの戦争、国際長編映画賞。音響賞を受賞した『関心領域』はアウシュビッツ。いま、まさに世界で何が起こっているのかを問いかけるような作品の数々が受賞したなぁと言う印象です。

 

今年のアカデミー賞は、俳優陣が俳優陣をサポートするだけに留まらず、映画制作に携わる全ての人たちお互いに「ありがとう」と「素晴らしかったよ」を伝え合う良い雰囲気というか空気感に包まれていた様に感じます。

 

スタンディングオベーションの数も多かったような感じますし、それくらい出席者たちの優しさが伝わって見ていて心地の良い授賞式でした。

 

近年は、放送時間の短縮ばかりを考えて、受賞結果以外さほど中身のない授賞式が続き、いろいろと批判を受けてきたアカデミー賞でしたが、今回は成功だといえるのではないでしょうか。

 

授賞式、楽しませてもらいました。