先日、ダビング・録画をしたDVD、Blu-rayディスクを整理していたんです。

 

僕が最初に購入したのは、パイオニア製のDVDレコーダーでした。2002、3年頃かなぁ。

 

2台目が、ソニー製の「スゴ録」シリーズ。懐かしい〜。

 

僕は、それまではVHSビデオに録画していましたから、収納場所に困っていましたし、貴重な映像もたくさんありましたが、ビデオテープは保存状態が悪いとカビも生えますし、ノイズも出ます。カセットは落としたり踏んでしまうと割れてしまうし、HDに録画でき、薄くて小さいディスクにダビングできるなんて凄い(笑)と思って即、VideoからDVDレコーダーに買い換えたのですが…。

 

著作権保護に対する観点から、HDからディスクにデジタルダビングできるのは1世代だけ(コピー・ワンス)という制約や、過剰ともいえる著作権保護技術の制約を受けず、また操作が容易な旧来からのVHSビデオデッキで充分とDVDレコーダーに買い換える必要性を感じない消費者も多く、2006年以降DVDレコーダー(ハードディスク内蔵型を含む)は深刻な売れ行き不振に直面したんです。

 

2003年に、テレビ放送は2011年にはアナログからデジタルテレビ放送へ移行すると発表がありましたし、だったらそれに合わせて発売される次世代の規格の物にした方が良いんじゃない?という考えもありましたしね。

 

テレビ放送のデジタル化に合わせるように、2011年秋までにDVDレコーダーの生産をほとんどのメーカーは終了し、BDレコーダーのみの生産に一本化してしまいました。

 

ほとんどの方がそうだったと思いますが、僕はその時、テレビは買い換えましたし、DVDレコーダーからBDレコーダーにも換えました。

 

なので、アナログ時代にダビングしたり、録画したディスクが山の様にあったんです〜(笑)。

 

映画、ドラマ、演劇、歌舞伎、それらに関するドキュメンタリー、音楽番組、ライブ中継など、数え切れないくらいです。

 

今までにも大量のディスクを整理し、処分してきましたが、それでも少しづつ貯まり続けるし、キリがないなぁと思います。

 

じゃあ録画なんかしなければ良いじゃない?と思われるかもしれませんが、HDには観たいものがどんどん貯まるので、取り敢えずディスクにダビングしておくとそりゃあ増えちゃいますよね。

 

録画したDVDディスクを他の機器で再生できるようにするためには、ファイナライズという操作をしておくことが必要なのですが、ついうっかりすることを忘れていたディスクが結構な数あったりして、貴重な映像も泣く泣く処分したこともあります。

 

録画したものが、丸々、消えているディスクもあるんですよ〜。あるメーカーさん(F社)のディスクです。何故だ〜(笑)。

 

それで、前置きが長くなりましたが、過去のDVDディスクを久しぶりに整理していたら、1972年(昭和47年)の第23回 NHK紅白歌合戦を録画したディスクを発見しました。

 

ちゃんと保存されているかなと再生してみたら、最後まで魅入ってしまいました(笑)。

 

今日はそのお話をしたかったんです〜。

 

1986年から1990年、1993年から2003年 、NHK衛星放送(まだアナログ放送の時代)では年末に「思い出の紅白歌合戦」として過去の歌合戦を毎年数本放送していました。

 

僕はそれが楽しみで、毎年、欠かさず観ていました。今回見つけたのは、その時、録画しておいたものだと思います。紅白歌合戦を録画したディスクは他にもありましたが、再生不可として処分したものもありました。それは残念に思っています。

 

2004年(平成16年)以降、NHKは「役目を果たした」として「思い出の紅白歌合戦」を放送していないんですよ〜。またやってほしいですね。

 

関東では、埼玉県・川口市にある、NHKアーカイブスの施設「番組公開ライブラリー」で過去の紅白歌合戦は観ることができると思うのですが、やっぱりデジタル放送で自宅でみたいですよね。

 

◎ 1972年(昭和47年)第23回 NHK紅白歌合戦出場者

 

❖紅組

【出場回数】

【01】 天地 真理 「ひとりじゃないの」

【03】 和田 アキ子 「孤独」

【01】 朱里 エイコ 「北国行きで」

【02】 渚 ゆう子 「風の日のバラード」

【03】 奥村 チヨ「終着駅」

【04】 由紀 さおり「故郷」

【06】 佐良 直美 「オー・シャンゼリーゼ」

【02】 山本 リンダ「どうにもとまらない」

【04】 いしだ あゆみ 「生まれかわれるものならば」

【02】 南 沙織 「純潔」

【14】 ザ・ピーナッツ「さよならは突然に」

【02】 本田 路津子 「耳をすましてごらん」

【03】 森山 良子 「美しい星」

【03】 藤 圭子 「京都から博多まで」

【01】 欧陽 菲菲 「恋の追跡(ラブ・チェイス)」

【02】 小柳 ルミ子「瀬戸の花嫁」

【01】 平田隆夫とセルスターズ 「ハチのムサシは死んだのさ」

【16】 島倉 千代子「すみだ川」

【08】 都 はるみ「おんなの海峡」

【03】 ちあき なおみ 「喝采」

【06】 青江 三奈 「日本列島・みなと町」

【08】 水前寺 清子「昭和放浪記」

【17】 美空 ひばり「ある女の詩」

  

❖白組

【出場回数】

【05】 森 進一 「放浪船」

【03】 フォーリーブス「夏のふれあい」

【02】 堺 正章 「運がよければいいことあるさ」

【03】 にしきの あきら「嵐の夜」

【05】 鶴岡雅義と東京ロマンチカ 「くちづけ」

【01】 石橋 正次 「夜明けの停車場」

【12】 村田 英雄 「ここで一番」

【02】 尾崎 紀世彦「ゴッドファーザー~愛のテーマ~」

【01】 青い三角定規 「太陽がくれた季節」

【01】 野口 五郎「めぐり逢う青春」

【01】 ビリー・バンバン 「さよならをするために」

【09】 西郷 輝彦「愛したいなら今」

【06】 菅原 洋一 「知りたくないの」

【05】 美川 憲一 「銀座・おんな・雨」

【01】 上條 恒彦 「出発(たびだち)の歌」

【15】 三波 春夫 「あゝ松の廊下」

【09】 水原 弘 「お嫁に行くんだね」

【16】 フランク永井「君恋し」

【13】 橋 幸夫 「子連れ狼」

【01】 沢田 研二  「許されない愛」

【02】 五木 ひろし 「待っている女」

【06】 布施 明 「マイ・ウェイ」

【10】 北島 三郎 「冬の宿」

 

『第23回NHK紅白歌合戦』は、1972年(昭和47年)12月31日に東京宝塚劇場で行われ、21時から23時45分にNHKで生放送されました。

 

◎紅組司会:佐良直美

◎白組司会:宮田輝( NHKアナウンサー)

◎総合司会:山川静夫(NHKアナウンサー)

◎紅組応援団長:水前寺清子

◎白組応援団長:堺正章

◎テレビ・ラジオ中継:荒川修(NHKアナウンサー)

◎得点集計センター:金子辰雄(NHKアナウンサー)

 

【演奏】

◎紅組:ダン池田とニューブリード(指揮:ダン池田)

◎白組:小野満とスイング・ビーバーズ(指揮:小野満)

◎総合指揮:藤山一郎(ラストの蛍の光合唱)

◎宮川泰(ザ・ピーナッツの指揮)

◎村井邦彦(森山良子の指揮)

◎福村芳一(菅原洋一の指揮)

◎小室等 (上條恒彦の伴奏[ギター])

◎ニニ・ロッソ (フランク永井の伴奏[トランペット])

◎ザ・いのうえバンド(沢田研二のバックバンド)

 

【審査員】

◎池内淳子(女優。翌年の大河ドラマ『国盗り物語』の妙鴦尼役)

◎中原誠(棋士)

◎森英恵 (ファッションデザイナー)

◎小林桂樹 (俳優。この年から1年間放送された金曜時代劇『赤ひげ』の赤ひげ先生こと新出去定役)

◎中村汀女( 俳人)

◎井上ひさし( 作家。『手鎖心中』で第67回直木賞を受賞)

◎中野貴代 (消防官。初の婦人消防官)

◎神田好武(全日本空輸機長。この年、国交樹立した中華人民共和国への初フライトを担当)

◎真木洋子( 女優。この年の連続テレビ小説『藍より青く』のヒロイン・田宮(村上)真紀役)

◎輪島大士(大相撲・大関。この年大相撲秋場所で好成績を挙げ大関に昇進)

◎加藤稔 (NHK芸能局長[審査委員長])

地方審査員80名(以下8地区から各10名)

 

この年の紅白は東京宝塚劇場での開催で、翌年から同年落成のNHKホールへ会場が移ったので、宝塚劇場での開催はこの回が最後になりました。

 

この頃のオープニングは、会場、客席後方から、出場者が白・紅組に分かれて、ステージまで行進するという演出で、今見ると、日本歌謡界に名を残す若き日のレジェンドたちが次々と順番に現れるので、観ているだけでワクワクしてきます。

 

この年の第14回・日本レコード大賞受賞曲は、ちあきなおみさんの「喝采」でした。最優秀歌唱賞は「あの鐘を鳴らすのはあなた」で和田アキ子さんが受賞。最優秀新人賞はレコード大賞の歴史で最も激戦といわれた年で、有力候補だった西城秀樹さんが選出外になり、日本歌謡大賞、放送音楽新人賞の森昌子さん、三善英史さんに加えて、人気の高かった郷ひろみさんの争いになると予想されていましたが、決選投票の末にセールス面で一歩リードしていた麻丘めぐみさんが受賞しました。

 

この年の紅白にはまだ、新人賞にノミネートされた森昌子さん、三善英史さん、郷ひろみさん、受賞した麻丘めぐみさんも、選外の西城秀樹さん、誰も出場されていないんです。

 

人気があっても、新人歌手がすぐ出場できるような番組ではなかったんですね。

 

デビューが少し早かった野口五郎さんが初出場でした。野口五郎さんは今年デビュー50周年。メモリアルイヤーです!

 

この時、歌われたのは五郎さんデビューから6枚目のシングル、僕も大好きな一曲「めぐり逢う青春」。16歳、最年少です。美少年なんですよ〜。司会の宮田輝さんが、若い初出場の野口さんを心配そうに気遣っていて、宮田さんが歌う直前の野口さんの背中を「頑張ってこい」とでも言うようにポンと叩くシーンが微笑ましかったです。

 

オープニングでステージ一杯に踊るのはスクールメイツの面々。1962年、渡辺プロダクションの渡辺美佐(現・名誉会長)さんが、欧米研修から帰国した時に「本格的なジャズ・ポップスの合唱団をつくり後継者を育てたい」と提案し、その翌年1963年、東京音楽学院が発足しました。その中から優秀な生徒を集めて1964年に結成されたのが「スクールメイツ」です。

 

センターで、ピンクの目立つ衣装で踊っている3人がいて、よく見るとデビュー前の「キャンディーズ(伊藤蘭、田中好子、藤村美樹)」の3人でした。キャンディーズは翌年デビューなので、お披露目的な感じだったのでしょうか。

 

米国施政権下にあった沖縄が27年ぶりに沖縄県として本土に復帰したのが、この年の5月15日でした。沖縄と言えば「南沙織」さん。沙織さんは2回目の出場で、歌われたのは4枚目のシングル「純潔」でした。沙織さんのバックではデビュー前のキャンディーズの3人がパンダの着ぐるみたちと踊っていました。パンダの中に入っていたのは天地真理さん・小柳ルミ子さんと何故か谷啓さん〜(笑)。上野動物園にパンダのランランとカンカンがやって来たのはこの年ですもんね。

 

前年にデビューした天地真理さんが、この年大ブレイクだったんです! 同期で昨年初出場を果たしている、小柳ルミ子さん、南沙織さんに後れをとったかと思われていましたが、この年の真理ちゃん人気はすさまじいものだったそうです。

 

「ちいさな恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」が3曲連続でオリコン1位を獲得し、日本レコード大賞の大衆賞を受賞。その受賞曲となった「ひとりじゃないの」で紅組のトップバターを務められました。

 

「ひとりじゃないの」って良い曲ですよね。なんかキッチンで洗い物とかしていると、無意識に歌っちゃったりするんです。作詞は「時間ですよ」の演出家、久世光彦さんのペンネーム、小谷夏さんです。

 

歌い終わって、紅組司会の佐良直美さんの横にいた天地さんの側に突然、美空ひばりさんがやって来て、『大丈夫だったわよ、堂々としてたわよ』と話しかけるシーンがあって、これは台本にはなかったらしいんです。佐良さんは一瞬、戸惑われたようでしたが、すごく上手くかわされて、進行されて素晴らしい司会振りでした。ひばりさんの自由奔放さも楽しかったです。

 

GSブームも終焉し、前年ソロデビューをした沢田研二さんも初出場でした。ザ・タイガース時代は紅白には出場されていないので、今回が本当の初出場です。歌われたのは沢田さんがソロになって2枚目のシングル『許されない愛』です。沢田さんにとってオリコンで初めてのベスト10入りを果たした曲なんですよ〜。熱唱でした。

 

この年の大注目曲は、大胆なイメージチェンジをはかり、見事に大ヒットに導き、5年ぶりの紅白復活を遂げた山本リンダさん「どうにもとまらない」です。あの時代に、あのリズムであの衣装…。今見ても斬新だと思います〜。カッコイイですよね〜。アクション歌謡の先駆けです。リンダさんはNHKで「どうにもとまらない」を初めて歌った時、NHKからへそを隠すように要請されたそうですが、ご自身で説得されたそうですよ〜。

 

ビリー・バンバンが歌った『さよならをするために』も良い曲ですよね〜。ビリー・バンバンと言えばフォークの兄弟デュオで、メジャーデビュー3年目でした。『さよならをするために』は10枚目のシングルで、日本テレビ系のドラマ『3丁目4番地』の主題歌となり大ヒットとなったんです。作詞しているのは、そのドラマに出演している石坂浩二さん。

 

本田路津子さんが歌われた『耳をすましてごらん』という曲も良かったです。この年の連続テレビ小説『藍より青く』の主題歌で、ドラマの脚本を担当された山田太一さんが作詞をされています。審査員席にはドラマで主演されていた真木洋子がいらして、ステージには共演の赤木春恵さん、佐野浅夫さん、高松英郎さんらが応援に駆けつけていました。

 

和田アキ子さんは、『あの鐘を鳴らすのはあなた』で第14回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞したにもかかわらず、この年の紅白では歌っていないんですよ〜。発売当時はオリコン53位と必ずしも大ヒットしたとは言えないそうですが、長年、歌い継がれて、今では和田さんの代表曲になっていますよね。この年、和田さんが歌われたのは『孤独』という曲でした。『あの鐘を鳴らすのはあなた』はベトナム戦争の反戦歌だという疑いが掛けられたため、NHKが嫌ったなどという噂がありますが、本当でしょうか?そんなこと作詞した阿久悠さんは一言も言ってはいないし、誰が言ってんのかなぁ〜。でも『孤独』という曲もいい曲ですよ〜。

 

僕の大好きな、いしだあゆみさんが歌われたのは『生まれかわれるものならば』です。ブルーのイヴ・サンローラン デザインのドレスを着て歌うあゆみさんは、ギリシャ神話の女神のようで美しかったです〜。何度も見ちゃいます(笑)。

 

前年、『また逢う日まで』で日本レコード大賞を受賞した尾崎紀世彦さんが歌われた『ゴッドファーザー 愛のテーマ』も良かったです〜。この年に公開され大ヒットとなった映画の主題歌で、ニーノ・ロータ作曲の名曲です。千家和也さんの訳詞で、日本語の歌詞が素敵なんです。今度、カラオケで挑戦してみます〜(笑)。

 

水前寺清子さんが歌われた『昭和放浪記』も名曲ですよね〜大好きです。作詩が阿久悠さん、作曲が小林亜星さんで、この曲を聴いた都はるみさんが「私もこんな曲を歌いたい」と阿久悠さんに頼んで生まれたのが『北の宿から』なんですよ〜。

 

都はるみさんがこの年、歌われたのは『女の海峡』です。僕のカラオケのレパートリーの一つです(笑)。客席のファンの声援が凄くて、歌い出す前に、はるみさんが少したじろがれるんですよ〜。この曲はとってもドラマチックで、哀しさの中にも女性の強さも感じられて、大好きな曲です。

 

言わずと知れた、ちあきなおみさんは、日本レコード大賞受賞曲『喝采』です。紅白での映像はよくいろんな番組でも流れていますから、ご存知の方は多いでしょうね。ちあきなおみさん、13枚目のシングルで、発売されてから3ヶ月でのレコード大賞受賞は史上最短記録だと言われています。日本歌謡史に残る、名曲中の名曲の一つです。

 

オオトリは、やはりこの人、美空ひばりさんです。歌われたのは『ある女の詩』です。ひばりさんは全身、紫色の出で立ちで、流石の貫禄でした。『ある女の詩』は僕の好きな一曲です。この年、実弟・かとう哲也さんが暴行で逮捕され、この件がもとでアンケート支持が低下し、ひばりさんは出場を辞退する可能性があったそうです。

 

翌年、哲也さんが起こした不祥事により、ひばりさん一家と暴力団・山口組および田岡組長との関係も問題とされ、全国の公会堂や市民ホールから「暴力団組員の弟を出演させるなら出させない」と使用拒否されるなど、バッシングが起こり、マスコミも大きく取り上げたため、17回出場し1963年から10年連続で紅組トリを務めていた紅白歌合戦への出場をひばりさんは辞退されました。この頃NHKには「ひばりを出すな」という苦情が多く来ていたらしく、また数年ヒット曲に乏しかったこともあり、事実上の落選だったようです。

 

ひばりさんのプライドは傷付いたんでしょうね。それ以降、NHKから番組オファーが来ても断り続け、1977年、当時の同局の人気番組であった『ビッグ・ショー』で4年ぶりにNHK番組に出演し関係を修復されます。1979年の第30回紅白歌合戦には藤山一郎さんと特別出演され、『ひばりのマドロスさん』、『リンゴ追分』、『人生一路』の3曲をメドレー形式で歌われました。これがひばりさん最後の紅白出演です。

 

1972年ってこんな年でした。

●ミュンヘンオリンピック開催、近代オリンピック史上最悪のテロ事件が発生。

●ウォーターゲート事件発生。

●札幌オリンピックが開催。

●アメリカから沖縄が返還。

●元日本兵・横井庄一氏が日本に帰国。

●上野動物園にパンダのランランとカンカンが来日。

●あさま山荘事件発生。

●川端康成さん、東海林太郎さん死去。

 

前年には、オーディション番組『スター誕生!』が始まり、デビュー第1号の森昌子さんが登場し、以降、山口百恵さんや桜田淳子さんがデビューする、歌謡界にとっては過度期なんですよね。

 

番組を盛り上げる応援団として、当時のお笑い界を代表する面々が一同に会したのもこの年です。

ザ・ドリフターズ、笑福亭仁鶴さん、ハナ肇とクレージーキャッツ、てんぷくトリオ、コント55号。凄いメンバーでしょう?(笑)。

 

それから、島倉千代子さんが『すみだ川』を歌われた時、バックで舞踊を披露したのはなんと若き日の坂東玉三郎さんです!『すみだ川』は元々、東海林太郎さんの曲で、亡くなられたので追悼で歌われたようです。

 

朱里エイコさんの脚線美も、ザ・ピーナッツのセンスのいい衣装も、藤圭子さんのキラキラした瞳も、欧陽菲菲さんの迫力あるボーカルも、小柳ルミ子さんの可憐な叙情も、奥村チヨさんの儚げなスタイルも全て美しく、胸に残るお姿でした。

 

『紅白歌合戦』って現在では毎年、何か文句を言われてしまう番組になっています。

 

出場者が発表されると、かならず「なんで○○が出ないんだ!?」「○○ってヒット曲なんてないじゃない?」「この人、人気ないのに事務所のゴリ押しなんじゃない?」といった意見が噴出し、否定されまくります。

 

僕なんかは、幼い頃から大晦日は欠かさず家族と『紅白歌合戦』を楽しく視聴させていただいていました。

 

両親が亡くなり、一人になった今でも、毎年、紅白歌合戦は録画をして、Blu-rayディスクに保存していますし、大好きな番組の一つです。

 

当時と比べれば、社会情勢も違いますし、歌謡界、芸能界のあり方も全然違うだろうし、昔のような紅白はありえないのは当然ですしね。

 

音楽だって多様化しているのだし、文句を言うのなら、どうすればいいのかという意見の一つでも紅白を否定する人には述べてほしいと思います。

 

僕は物事を否定から入る人は苦手です(笑)。

 

こんな番組が一つくらいあったっていいじゃないですか?と僕は思います。

 

僕は幼い頃から、こんなたくさんの歌謡曲たちに、励まされ、背中を押され、癒され、勇気を貰い生きて来たんです。

 

大袈裟に聞こえるかもしれませんが、僕みたいな人はたくさんいるはずですよね。

 

ディスクを整理するはずが、最後まで観ちゃって、また、たくさんの名曲に素敵な時間をいただきました。

 

日本の歌謡曲って本当にいいなぁと、改めて感じることができました。感謝です。