『君戀しやと、呟けど。。。』

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『血族2』(小題:大人の事情《心変わり》) 完全版

2020-07-04 10:17:47 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


このお話は、
『家族』
『姉妹』
『血族1』
の続編です。

6月自作/大人の事情《心変わり》『血族2』


 マンションの階下へ下りて行った父は、深夜に帰ってきた芽美を連れて戻ることはなかった――。

 芽美は消えた。
 果たして何処に行ったのか。
 彼女は松本家にも帰ることなく姿を消し、そして月日が流れてゆく。

 芽美がいなくなって、暫くした頃。
 祥華は瑛里華と父との三人で、あちらのお店に行くことを決めた。
 とまどいはあった。どんな言い訳をしても、自分と血の繋がる父の店だ。それでも行った方がいいような気がした。芽美が消えたということは、あちらにしてみれば、娘を一人失っているということなのだから。
 最初は祥華が一人だけで行った。

 素朴なお料理に惚れ込んで瑛里華を誘った。たぶん気詰まりにならないようにと思ってくれたのだろう。母ではなく麻美が手伝っていた。瑛里華と麻美は二歳違い。でも大人になってしまえば気にならない年齢差だと思う。
 母には体調が悪いと断られてしまったものの、父は芽美のことも聞きたいからと出かけることを承諾してくれた。

 その日、瑛里華は塾だったので、父と二人での来店となった。
 そこそこ混みあっているお店だ。カウンターを見るとお寿司屋さんを想像するが、魚が並ぶことはない。
 懐石というほどのものではないと言いながらも、簡単な店長おすすめのコースがある。これは最高に素敵。見た目も味も絶品。季節感があって、旬が楽しめる。
 ほかにも少し高級感があるものから、おばんざいと呼ぶようなものまで。お寿司もお刺身もお品書きにあるがそれだけではなく、和食全般という感じの品のいいお店だ。
 座敷に長テーブルが三つ。バイトはいない。松本の母が出ることが多いらしいが、子供たちが手伝いに入ることもあるようだ。

 この日。
 行くことを伝えてあったので、店には隼人がいた。
 父とは初対面。どんな感じになるだろうと思って、恐る恐るという気持ちで紹介したのに意外にもあっさりと打ち解け合った感じで話し始める。
 祥華は、不思議で仕方がなかった。
「随分、簡単に友達みたいになっちゃうのね。私の方がどきどきしちゃったよ」
「よく似てるから。話し方や雰囲気なんかが、祥華に似てる」
 あれ。
 そんなことで親しくなっちゃうの。何か、拍子抜けした。

 同じように松本の父とも、いざ話してみると良い人だと言って、気さくな感じで話している。食事もお酒も美味しく戴いた。
 お客様が一通り落ち着き、祥華と父の二人になった。芽美の行き先を知っているかと尋ねたことがきっかけとなり、話が始まる。
「いえ。あのまま、なしのつぶてです」
 答えたのは隼人だった。
「奥のテーブルに移りましょう」
 その言葉を受け、三人で一番奥のテーブルについた。
「この狭さなので、親父はあそこで聞こえます」
 少し早いが、と言いながら暖簾をしまう。
「明日の支度もあるので、ここで失礼します」
「いえ。十分です」
 二人は、その言葉でわかり合う。もう余計な気遣いは要らないとでもいうように、二人の父が小さく頷き合っていた。

 改めて芽美の音信は全く分からないという。
 警察には届けてあっても、あまりに複雑な事情を抱えているので家出扱い。捜すことはしてくれないだろうというのが、隼人の言葉だった。
「探偵でも雇いますか。費用は半分持ちますよ。やはり私が悪かったと思うので」
「やめましょう」
 あの子はどちらの家にも居つくことがない、猫のような子だったと松本の父が言う。本来の猫は家につくというのにね。
 しかし、と高野の父が続ける。
「あの夜。あの子は帰ってきました。鍵が替えられたことはすぐに分かったでしょう。それでも管理人に告げ帰ろうという努力を試みた」
 父が頭を下げる。
「あの行動を甘く見るべきではなかった。あの時、家に上げてやれば、あの子はまだ話し合いの場にいたかもしれません」
 本当に申し訳ありません、と付け加え、それ以上の言葉はなかった。

「たぶん、アイツはいなくなったと思います。最初に、血のつながりがないと分かった時から、何故か、本当の母親に拘っていた」
 今思うと、芽美が望んだのは、母親との暮らしだったのかもしれません。隼人がそんなふうに言う。
「母親……」
 そう言われてみれば、芽美は祥華にも瑛里華にも、何故か父にも興味を示さなかった。この家は私のものだ、と言いながら、瑛里華との共用部屋に文句を言うこともなくて、荷物も殆んど増えなかった。
 まるで、いつでも出ていくことができると言っていたようだ。
「お母さんと二人きりで生活をしたかったのかしら」
 隼人が頷いた。

「そういえば」
 父が、初めて入れ替わった一週間のことを思い出した。
「単純に緊張をしているのかと思ったが、後から思えば、私に話をしようとしている素振りはなかった。その代わり」
 言葉が途切れ、思案顔に手で顎を撫でている。
「瑛里華が泣きついてきて、お母さんを取られたって」
「取られた?」
「あゝ」
 お母さんと一緒がいいって、ずっと言ってると、確かそんな風に話していたようだ。
「アイツが一緒にいたかったのは、お母さんだったってことか」
 隼人が少しだけ変な表情を見せる。
「どうしたの」
「親父。あの時、検査結果の用紙、高野さんの家の分は見たか」
 藪から棒に何だと言いながらも、松本の父は見ていないと言った。
「見ていない?」
 今度は父が問いかける。
「はい。こちらの親子関係を否定する結果は見ましたが、高野さんの方は芽美が間違いなく親子だったというので、その時はショックの方が大きすぎて見ていません。あとで気づき、見せるように芽美に言ったんですが、もう行ってきたと言ったことと、そんなに早くにかという驚きにそのままになってしまいました」
 それが何だと隼人に問いかける。
「高野さんは見ましたか」
「いえ。妻が自分が確認をしたと言い張って、これ以上悲しませるようなことはしたくないと」

 変だな。
 意図的に隠されたような感じ。しかし親子関係を証明する結果を隠す必要があったのだろうか。
「隼人も見てないの」
「うん。それにしても自分でもよく分からない気持ち悪さ。何か、見落としてるような」
 どちらにしろ。芽美は今、何処にいるかが分からない。確認しようにも、たぶん検査結果も持っていってるだろうし、もしそうでなかったとしたら処分したんじゃないだろうか。
「さっちゃんは結果どうした」
「私はお父さんに渡したよ。まだ残ってるかは知らないけれど」
「持ってるよ。どんな悲しい結果だとしても祥華の誕生の証明だからな」
 思わず、ありがとうという言葉が出てしまった。

 そうなんだ。
 どんな間違いがあったとしても、祥華と芽美にとっては誕生の証明書。それを芽美は親に見せたくなかったのかな。
 その後、暫くは取り留めのない話題に移り、結局、芽美を捜すことは待つことになった。
「妻に聞いてみます。預けていたお金をどうしたのか」
 突然の締め出しに、母と連絡を取り合う時間はなかった筈だ。
 分かれば電話をすると約束してお店を出た。
 ところが帰宅した家に、母はいなかった――。

「何処に行ったんだ」
 まだ出歩くことができる体調ではなかったと思う。寝室を確認するとスーツケースが一つない。
「まさか」
 出ていったの?

 父がどうなっているんだと携帯に電話をかけているが、出ないらしい。
 ばたばたとしていると、瑛里華が帰ってきた。
「お母さんがいないんだ。何か聞いてるか」
 父の声音は少し強張っている。
「知らない。何かあったの」
 その問いには答えず、父は寝室を出ていった。
「分からない。私たちが帰宅したらいなかったの。お母さんが使ってたスーツケースがなくなってる」
「どういうこと。お母さん、芽美のところにいったの」
 え?

「瑛里華、何か知ってるの」
「芽美はお母さんだけの子だから。これ以上、ほっておけないって電話してる声を聞いたの」
 それ、いつの話だと戻ってきた父が聞いた。
「昨日の夜。声をかけたけど、部屋に入れてくれなかった」
 今日は朝から普通にしていた。調子がいいんだと言って、久しぶりにみんなで朝食を摂った。
「確信犯か」
 父の声が今度は泣いているように聞こえた――。

【To be continued.】 著 作:紫 草 
 

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