東アジア歴史文化研究会

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逃亡犯条例改正「延期」でも続く香港人の憂鬱(広岡 延隆 上海支局長)

2019-06-18 | アジア情勢
2019年6月17日
男性の追悼集会に大勢の香港市民が詰めかけた(写真:的野弘路)

6月16日、香港島の金鐘地区に献花台が設けられていた。沈痛な面持ちをした人が一人一人、手に持った白い花を手向け手を合わせている。そこから、数kmに渡って黒い服をまとった人々が列をなしていた。

香港特別行政区政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は15日、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正案の審議延期を発表した。その数時間後、黄色いレインコートを着た男性が金鐘の太古広場のビルから転落死した。

黄色いレインコートと聞けば全ての香港人が、自由選挙を求めて香港中心部で座り込みを続けた雨傘運動を思い浮かべる。現地報道によると男性の掲げていたバナーには「中国への引き渡し条例反対。我々は暴動者ではない。学生と怪我人を解放せよ。林鄭月娥(香港特別行政区政府長官のキャリー・ラム)は辞任せよ。香港を救え」と書いてあった。これだけの市民の反対がありながら条例改正案を撤回せず、延期にとどめたことに対する抗議の自殺であったとの見方が広がっている。

「不撤不散(撤回するまで諦めない)」。逃亡犯条例の審議延期を境に、こうした言葉が香港人の間で拡散している。16日に開催されたデモへの参加者は主宰者発表によると200万人近くに達し、返還後最大規模の抗議活動になった。

撤回でなくいずれ実施することを前提とした「延期」という説明。積み重なった林鄭政権への不信感。警官の鎮圧行動でデモ隊に重傷者が出た衝撃。そこに男性の死が加わり、香港市民の抗議活動は一気に勢いづいた。16日深夜になっても死亡した男性を悼み讃える集会に大勢の人が押し寄せている。

「逃亡犯条例改正案を撤回し、キャリー・ラムは辞任すべきだ。こんなに市民の話を聞かない政府は初めてで、条例の撤回でなく延期という結論も全く納得できない」。デモに参加した41歳の香港人女性はこう訴えた。その一方で、「我々の活動は失敗するかもしれない」とも口にした。「すでに言論の自由はなくなりつつあり、中国化が進むことに恐怖を感じている」という。

そうした中で、香港人の間で「香港離れ」の動きも出てきている。香港市場を対象とするマーケティングコンサル会社、イントゥ(港区)の小松﨑友子代表取締役は「海外への移住を検討する香港人が増えている。今回のデモを受けて、いざとなったら日本を含む海外に移住できないかとの相談を受けた」と語る。香港人の間では「BNO(英国海外市民)パスポートを発給したい」との希望を持つ人が、申請方法などについてネット上の掲示板等で質問する投稿が増えているという。

香港は「高度な自治」を認められているが、行政トップには親中派しか選ばれない仕組みで実際には中国政府の意に従って動いていると見られている。今回、林鄭氏は中国共産党で香港を担当する韓正・政治局常務委員と事前に会談してから会見に臨んだと報じられている。

香港では2015年には反共的とされる書籍を扱った書店関係者が失踪し、中国当局に拘禁されていたことが後に判明した。今年4月には雨傘運動の指導者に実刑判決が下った。

つまり、中国政府は実態としてすでに香港における「政治犯」を取り調べ、処罰もしている。その意味では、逃亡犯条例改正は現状を露骨な形で追認するものにすぎない。

中国からみれば、香港の逃亡犯条例改正は喫緊の課題ではない。「実現すれば望ましい」という程度のものだ。最大の課題は米国との貿易戦争であり、20カ国・地域(G20)首脳会議を前に余分な波風を立てる必要はないとの判断があったとみられる。林鄭氏は条例改正の審議の延期期限は定めていないとする一方で、「市民の声を聞くプロセスは年内で終わらない」と述べつつ、「改めて社会と意思疎通を進め、説明を尽くしたい」と撤回しない姿勢も強調している。

返還から50年が経つ2047年になれば、中国は大手を振って名実ともに香港を取り込むことになる。それは、わずか28年後に確実にくる未来だ。香港の「中国化」にどう向き合うのか。それは、民主主義にとっても経済活動にとっても重い命題となる。

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