美術の旅人 Voyageur sur l'art  

「美術」との多様な出会い。見たこと、感じたこと、思ったこと。

究極のミニマリストライフモデルか? Kirsten Dirksenのユーチューブ映像から

2019-11-08 13:32:39 | レビュー/感想

究極のミニマリストライフモデルか?

真贋の判定は難しい。しかし、これはフェークであろう。どうしてkirstenがこんな異質なモチーフを撮影することになったか、その経緯は分からない。力量のある取材者であればいろいろ問い詰めるであろうが、編集者の判断を最初の取材対象の選択に限定することで、あとはコメントを交えず登場人物に好きなように語らせ、リアリティーをそのまま発信する、このシリーズの制作スタイルでは、それも叶わない。だから視聴者が全く自分で判断するしかないが、そこがテレビと違うYouTubeの面白さかもしれない。

さてフェークだと思う理由はこんなところにある。この森の中での生活の映像は、静かで美しい。ソローの生活の理想をまさに体現している奇特な方がいるもんだ、と最初は思った。しかし、見続けるうちにどこか怪しいところがあるのに気づき始めた。建物とその美的に整えられた内部は映画のセットじみている。7年間もここに暮らしているなら、家自体には経年の変化が染み込んでいるはずだ。しかし、どこにもそうした損傷は見られない。洗いざらしの真っ白な椅子カバー、ベッドカバー、カーテン。確かに特別に潔癖症の人なら可能だろうが、どうも非日常的だ。この撮影のためにしつらえた感じがする。

特に著しいのは生活感の欠如である。完全なオフグリッド生活だから灯りはろうそく、そして煮炊きは暖炉の薪に鍋を乗せてする。何年間もこんな生活もしていたら、ロウや溢れた食べ物で床は汚れ、舞い上がる煙で天井から壁まで煤けてしまい生活の匂いがプンプンするはずだ。だが積年のそうした生活の匂いは全く感じられないのだ。そのほか生活していれば必要になる種々雑多なものはどこにしまってあるのだろう。例えば夫人が着ている質素だが品質の良さげな服はどこで洗って干してアイロンをかけ、どこに収納しているのだろう。決定的なのは他のトピックでは必ず出てくる夫が出てこないことだ。どこに行っているのだろう。喋り方もやけに気取った感じがしている。

好意的に考えれば、ソロービアンの伝統的シンプルライフを推奨するプレゼンテーションと言おうか。「いいんでないの」という向きもあろうが、だがそのことを明かさないとしたらやはり不誠実だ。こんな手の込んだ世への売り込みができるのは、これは想像だが、仕掛け人である夫はかなりのインテリジェンスの持ち主で余裕のある人(大学の先生、あるいは建築デザイナー・・)なのではなかろうか。しかし、この奥さんは産業革命時代の初歩知識のラッダイド運動も知らなかった。とにかく皆さんも世の中にはこういう手の込んだ嘘があるから、ご用心。とりわけいかにも正義、いかにも美しい、いかにも整えられていると思うものには必ず裏があると思っていい。さて皆さんはどう思う?



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