そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

終戦直後に公文書を燃やし続けた官僚は犯罪性を熟知していたからである

2019-08-15 | 官僚

今日は官製の終戦記念日である。正確にはポツダム宣言を受け入れたことを、天皇が国民に”堪え難きを・・・絶え”と、知らせた記念の日である。終戦記念日は官僚が決めた日本独自のものである。
時の首相、鈴木貫太郎は1945年4月に天皇に請われ、今も破られていない最高齢の首相となった。たった4か月である。ソ連の参戦を知っていた陸軍が本土決戦のため封印していたため、鈴木は懸命に不可侵条約関係にあった、ソ連・モスクワに敗戦の仲介を申し入れていた。
終戦の日は9月3日である。このことは何度も書いたが、多くの国民はソビエトが戦争が終わってから、満州や樺太や千島に攻めてきたと思っているが、盗人のスターリンにも言い分がある。7月26日に示されたポツダム宣言に友好国のソビエトの名はない。日本の官僚はスターリンの奸計にはまったのである。
満州侵攻やシベリア抑留や残留孤児問題も、北方領土問題も、留萌沖の三船受難などもソビエトを甘く見た官僚の失態として起きたものである。
ところが自分たちの責任逃れには、敏感で周到である。マッカーサーが8月30日に厚木に降り立つまでの間、懸命に官僚たちは関係書類を燃やし続けた。東京の空が煙で曇るほどだったといわれている。
軍人を含む日本の官僚は、何が犯罪的だったかを熟知していたのである。戦争犯罪人になるような、都合の悪い公文書を燃やし続けた。その後何年も経てから、日本会議のような集団が現れ、あの戦争はやむを得なかっただの、うまくやれば勝てた戦争だとか主張してみても、当事者が本当は犯罪行為であったと認識していたからこその、公文書の焼却行為である。
安倍晋三とその一派が公文書を書き換えたり廃棄したりするのは、終戦直後の官僚の行動を見習ったのかもしれない。彼らは自分たちの犯罪性を知っているのである。公文書の廃棄や隠匿に書き換えは官僚の自己保全であって、国民のことなど考えてるわけではないのは今も昔も変わるものでない。

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