角灯と砂時計 

その手に持つのは、角灯(ランタン)か、砂時計か。
第9番アルカナ「隠者」の、その俗世を生きる知恵を、私にも。

#282 「他郷にでもいるような」・・・私的、寝(るしかなかった)正月な話。

2019-01-06 06:11:41 | 来し方、行く末



平成31年(「平成最後の」って言い方は何かイヤ)、無事に明けました・・・と言うのは、やや嘘が入ってまして、実のところワタクシ、2日3日と感染性胃腸炎(ノロ疑惑)にやられてダウンしておりました。

幸か不幸か、仕事は休みで寝てても何の問題もなかったわけで、いや、むしろ何もしない正月を狙っていたので、そのとおりになったんでありますけれども、しかし「何もしない」と「何もできない」の間には無限の距離がありました。


年末年始、西の半島に住む、およそ素直に謝るということを知らない(それだけに、やたらと人に謝らせようとする)人々は、まあ笑うしかない、というか、笑う気力さえ萎えさせるような理屈を捏ね回して、いよいよ「何を言っても仕方ない」というところまで、こちらの認識を改めさせてくれてます。

一方、南の島の国では、またまた怪しげな像が建てられ、けれど日を置かずして撤去されたという話もあります。「戦時中に虐待された19歳の韓国少女」という説明に「それが一体何なのか、みな不思議に思っていた」と言う人がいたそうで、そうそう、それが正しい反応ですよねなんて思ったりしてます。


今の世の中、ホントにいろんなニュースが飛び交ってて、そのひとつひとつを一々気にしていると、それだけで日々が過ぎていってしまいます。

冷静に考えれば、送り手としては、視てもらい聴いてもらってナンボなわけで、如何にして振り向かせるかに腐心しているんだから当然なんでしょうけれども、そして多分、それ自体に罪は無いんでしょうけれども、ワタクシ決めました。というか、暮に何となく考えてて、明けに寝込んでさらに固めました。

色々と断ちます、あれこれを捨てます、其処此処から離れます。

可能な限り、自分の時間を生きることにします。小心者なので可能な限りで良いです。世の中、ほとんどのことは些事。ふふんと鼻で笑って遣り過ごし、何もしない時間をこそ大切にしていきたいと、そんなことを、今、考えております。


そんな気分の「新しい朝」。意味深な引用で締めくくろうかと思います。

人びとは手が届くほどそばにこしかけていた
そのくせ 彼はひとりぼっちだった
そして 鏡の中を見ると
もう一人ずつ 同じ人間がこしかけていた
あたりまえのような顔をして


(E.ケストナー「他郷にでもいるような」より)


なんだか、やけに新年らしい記事になってしまいましたが、人の歴史が始まって以来、年頭の決意というやつは、最も守られることが少ないものの一つらしいですし、言うだけならタダなんで、まあ良しとしましょう(←誰に対して言い訳してるんだか)。

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

*THE SANKEI NEWS:フィリピンに設置の「慰安婦像」は撤去
https://www.sankei.com/world/news/190103/wor1901030020-n1.html

*JIJI.COM:韓国が自衛隊哨戒機レーダー照射問題に動画で反論
https://www.jiji.com/jc/movie?p=n001275

*筑摩書房:人生処方詩集 E・ケストナー 著 , 小松 太郎 翻訳
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480022714/





そんなわけで、ブログタイトルなんかも、ちょっと分かり易く意味深なもの(?)に変えてみました。今後ともよろしくお願いいたします。

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