ラケーテ船長〔PHOTO〕gettyimages

写真拡大

停止命令を無視して入港

6月30日の未明、ドイツのNGO船「Sea-Watch 3」が許可なくイタリア領海に侵入し、ランペデゥーサ島に入港した。阻止しようとするイタリア海保の船に戦いを挑むようにしての進入だった。海保は衝突を避けるため、やむなく進路を開けた。

船長は、31歳のドイツ人女性、ラケーテ(Rackete)氏。船上には40人のアフリカ難民が乗っていた。

「Sea-Watch 3」がリビア沖で、難民53人を救助したのは6月12日のこと。ラケーテ船長はいつも通りランペドゥーサ島に向かおうとしたが、サルヴィーニ内相はイタリア領海への進入も、ランペドゥーサへの入港も許可しなかった。

そこで、NGO「Sea-Watch」が欧州人権裁判所に、緊急事態としての許可を求めたが申請は受理されず、さらに、マルタとフランスに入港許可を求めたものの、マルタは拒絶。フランスは返事もしなかった。

 

その後も紆余曲折があったが、事態は進展せず、結局、船長は停止命令を無視して防衛線を突破。無許可で入港という強硬手段に出た。その結果、船長は港で拘束、船は没収となった。領海侵入の罰金は5万ユーロと言われた。

しかし、その後、この女船長がドイツで英雄になるまでに、たいした時間はかからなかった。ドイツのNGOや市民が、「船長は無実」と声を上げ、メディアは彼女を大スターとして褒め称えた。

ラケーテ船長〔PHOTO〕gettyimages

さらにドイツの大統領や外相が、「人命救助は犯罪ではない」などとイタリアに向けて発信。国営の第1テレビは、「Sea-Watch 3 の艦内で何が起こったか?」という特集を組み、第2テレビは、船長の独占インタビューを放映した。

イタリア側の言い分

ドイツでは悪党扱いのサルヴィーニ伊内相は、イタリアの政党、「同盟」の党首だ。彼は2018年に政権を掌握するなり、強硬な難民政策に舵を切った。「同盟」は、ドイツメディアが極右ポピュリストと蔑む党だが、現在、イタリア国民の多くがサルヴィーニ党首の難民政策を支持している。

とくに、ランペドゥーサ島では、英雄はラケーテ船長ではなく、サルヴィーニだ。

マッテオ・サルヴィーニ内相〔PHOTO〕gettyimages

EUにはダブリン協定があり、難民はEU圏に入ったら、最初に足をつけた国で難民申請をしなければならないと決められている。しかも、申請できるのはEU内で一度だけ。

このダブリン協定のせいで、イタリアはこの10年近く、ものすごい負担を背負ってきた。とくにランペドゥーサ島は、シチリアよりもチュニジアに近いため、2011年の「アラブの春」以降、多い年は5万近いアフリカ難民が流れ着いた(島の人口は5000人にも満たない)。

つまりイタリアは、その難民を庇護し、登録し、ランペドゥーサから本土に運び、衣食住はもちろん、必要な医療を施し、難民審査をし、難民と認定された人たちをEUの各国が手分けして引き取ってくれるのを待たなければならない。しかし、どの国も口ばかりで、なかなか引き取り手はなかった。

 

一方、EUの難民政策も、猫の目のように変わった。最初は、イタリア海軍が難民ボートを見つけては救助していたが、2014年からはEU20ヵ国で組織されたフロンテックス(欧州対外国境管理協力機関)が、救助ではなく、国境防衛に切り替えた。というのも、助ければ助けるほど、EUを目指す難民が増えたからだ。

ただ、救助を止めても密航は減らなかった。なぜなら、今度はNGOが出てきて、波間を漂う難民を救い始めたからだ。彼らは、犯罪組織がボートに乗せて沖へ出した難民を、リビア沖ですぐに救助し、イタリアに運んだ。

今回の「Sea-Watch 3」号も、リビアの領海で難民を救っている。そして、難民をリビアに戻せというイタリア当局の指示を無視して、イタリアに連れてきた。それにノーを突きつけたサルヴィーニ内相を、イタリア国民が支持するのは、それほど不思議なことではなかった。

深まる亀裂

そもそも、NGOの行っている行為が、本当に遭難者の救助という定義に当てはまるかというと、それも疑問だ。

「遭難」というのは、万全だと思って海に出たにもかかわらず、嵐に巻き込まれたり、船が故障したりして沈没の危険に陥ることだ。そして、その場合、船長がSOSを発して救援を求める。近辺でSOSを受信した船は、自分たちに危険がない限り、遭難者を助ける義務がある。それは、遭難しているのが敵の船であっても同様だ。

しかし、現在行われている「遭難者救助」のほとんどは、密航を幇助する犯罪組織にお金を払い、とても外洋には出られそうにないようなボロ船やゴムボートに、何十人もが馬乗りになった状態で岸を離れ、そこにNGOがすぐにやってくるという構図だった。しかもNGOは、リビアの領海内で難民を助けては、EUまで運ぶ。暴利を貪っている犯罪組織と、人命救助を謳うNGOが連絡を取り合っている可能性は極めて高かった。

〔PHOTO〕gettyimages

いずれにしても、2017年の1年間だけで、30万人以上のアフリカ人がこうして地中海を超えた。そして、これから行こうと思っている人が1000万人以上もいるという。気が遠くなりそうな数だ。

これらアフリカからの難民のほとんどは経済難民なので、本来の難民の定義には当てはまらない。しかし、少なくともドイツ政府は、すでにその定義を切り替えはじめているようだ。だからこそ、NGOの救助活動が二重にも三重にも法を犯していても、ドイツの政治家やメディアは、それを人道的であるとして黙認する。

 

ラケーテ船長が逮捕された後、Sea-Watch に対する寄付がたちまち30万ユーロも集まったことを見れば、ドイツ国民の多くも、同じ意見なのだろう。ちなみに、ドイツ政府にとって、難民の受け入れとは、将来の労働力確保や人口政策が視野に入っている。

しかし、他のEUの国々がドイツと同じように考えているかというと、もちろん違う。お隣のオーストリアでは、クルツ前首相(現在、連立政党のスキャンダルで首相を退いているが、9月の総選挙で復活の予定)が、ラケーテ船長の行動は難民に「間違った希望を持たせる」と非難した。

また、東欧の国々も、ウクライナからの難民は受け入れても、中東やアフリカ難民は受け入れない。どちらもサルヴィーニ氏への強力な援護射撃だ。そうでなくても纏まらなくなっているEUは、難民問題でさらに亀裂を深めている。

NGO船は、続々と

さて、「Sea-Watch 3」号事件のあとも、NGOの活動は止まらなかった。さまざまなNGOが、毎週のように大量の難民を運んでくる。

8月初めには、「Open Arms」というスペインのNGO船が、100人以上の難民を乗せたまま、ランペドゥーサ島沖までやってきたが、やはり入港の許可を得られず、3週間近くも浮かんでいる。

イタリア当局は病人や保護者なしの未成年にだけは上陸を許可したが、その他は認めず、援助は、食料や水の供給と医療行為だけに留めている。船内では、難民の精神的不安と欲求不満が限界を超えつつあるという。

18日になって、スペイン当局が、この騒動を引き起こしたのが自国のNGO(Proactiva Open Arms)でもある手前、アンダルシア地方のアルヘチラス港への上陸を許可したが、船長は遠すぎるとしてその申出を拒否。そこで、スペイン政府は再度、もっと近いメノルカ島を提案したが、やはりそれもNG。

難民の精神状態が悪く、船内の状況が不穏で、もう航海は無理というのがその理由だったが、何が何でもランペドゥーサを開港させて、サルヴィーニ氏を屈服させようとしているように見えないでもなかった(21日未明、船の没収という名目で、「Open Arms」はランペドゥーサに入港し、難民はEU上陸を果たした)。

〔PHOTO〕gettyimages

なお、サルヴィーニ氏がNGOと戦っているあいだに、彼の「五つ星」との連立政権は破綻し、さらに20日のコンテ首相の辞意表明で、イタリアの内政は危機に陥っている。サルヴィーニ氏は、解散総選挙を求めているが、もしそうなったとして、はたしてそれが吉と出るか、凶と出るか?

一方、サルヴィーニ氏の向こうを張ってドイツの大スターとなった女船長は、イタリア世論を台風のように引っ掻き回したあと、7月18日に同国を去った。何となく、後味の悪い事件であった。そして、今も、難民を乗せたNGO船は、続々とイタリアに向かっている。