夏、というか梅雨。
例年のごとく、書店では文庫フェアが始まる季節となりました。カドフェス(角川)、ナツイチ(集英社)、新潮文庫の100冊、ですね。
ですね、なんですが、今日のところは、あえて幻冬舎文庫から、綾瀬まるさん『骨を彩る』をご紹介します。いや、何、ちょっとした気まぐれなんですけど。
十年前に妻を失うも、最近心揺れる女性に出会った津村。しかし罪悪感で喪失からの一歩を踏み出せずにいた。そんな中、遺された手帳に「だれもわかってくれない」という妻の言葉を見つけ……。彼女はどんな気持ちで死んでいったのか――。わからない、取り戻せない、どうしようもない。心に「ない」を抱える人々を痛いほど繊細に描いた代表作。
*幻冬舎:骨を彩る
→https://www.gentosha.co.jp/book/b10646.html
という内容なのですが、「指のたより」「古生代のバームロール」「ばらばら」「ハライソ」「やわらかい骨」という5本からなる連作短編、と言って良いのかな?それぞれの登場人物が微妙に、もしくは濃厚に繋がっています。
彩瀬まるさん、例によって物凄い事件とか意外な展開とか、そういうのはありません。でも、人の描き方は確かに繊細です。心の襞を抉る、と言うより、撫でるといった感じでしょうか。
いずれも、それぞれに良い話なのですが、今日の気分としては、中学2年生になる津村の娘、小春が主人公の「やわらかい骨」押しでいきます。
幼い頃に母を亡くしている小春。
終盤、同学年の悠都とお付き合いをし始めます。ある日、悠都が、彼の嫌いなプチトマトを弁当に入れる母親に関して悪態をつくと、小春は「腫れ物が弾けるみたいに」言い放ってしまいます。
「大事にされてるって、なくさないと、わかんないだ」
で、言ってしまった小春自身愕然とし、夜、食後の洗い物をしている父親に話しかけ、こんなことを呟きます。
「お母さん、いなくて、別にいいんだけど。ぜんぜんなんにも困らないし、覚えてないし、さみしいとかもないから、いいんだけど。・・・なんか、たまに、お母さんがいる家の子と話してると、当たり前って思うことが同じじゃなくて、それで、しんどかったり、する。向こうはぜんぜん悪気がないってわかってるのに、言わなきゃいいこと、言ったり・・・とれない、心の癖みたいなものが・・・いやで」
立場や境遇の違い、それぞれの「当たり前」が違う時、人と人とは、どうやったら解り会えるのでしょう。
さて、悠都の方ですが、
『今日は失礼なことを言ってごめんなさい。小春さんの家庭のことを考えれば、ぜったいに言ってはいけないことでした。親のありがたみとか』
で始まる「すげー重いメール」を送ります。受け取った小春はというと、その冒頭を読んだ段階で、
違うのだ、と強く思う。悠都は親を亡くす年でもない、たった十四歳で、ごく普通に両方の親が揃っているのだから、わざわざ親のありがたみなんて馬鹿げたことを考えなくて、いいのだ。それは小春の荷物だ。そして悠都がたまたまこの先、そういう巡り合わせになったら、自分の荷物として考えればいい。だけど、負う義務もない状態でそれを無理に考えさせるのは、とてもひどいことのような気がした。悠都が放つ、透明で清々しい素直さが好きだ。周囲の人間を信じていて、眩しい。とても大切なもののように感じる。それは、自分の黒々とした骨の染みからもっとも縁遠いものだ。遠いままで、いて欲しい。
と願うのですね。
そう、半端に知ることで、偏見や思い込み、何なら、ある種の後ろめたさを持たれるくらいなら、何も知らなくても良い。そう思ってしまう瞬間は、誰にでもあるのかもしれません。
それでも反省と謝罪とが「痛ましいほどの必死さで書き込まれていた」メールを最後まで読んだ葵は、
違う、わかってもらうのではなく、小春の方が変わるべきなのだ。大人になって、骨へと染みたろくでもない飢餓を消すべきなのだ。まともで普通な、偏りのない一人になる。そうすれば、悠都を痛めないで済む。自分もなんにも後ろめたさを負わずに、他人と向き合うことができる。
というところへと至るのでした。
誰かの何かを知りたいと思う。
誰かに何かを伝えたいと願う。
そうやって誰かと誰かとが寄り添っていく。
それはひどく面倒で、かなりしんどくて、
ちょっぴり素敵なことだったりするのかも。
・・・とか思ったり思わなかったり。
気まぐれを装いつつ、実は前回記事と対になってたりします。
*「障害受容」は大抵ゆらゆら。あるいはぐるぐる。・・・『発達障害に生まれて』
→https://ameblo.jp/kopfhochwilliams/entry-12485245534.html
骨を彩る (幻冬舎文庫)
583円
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ウィリアムズ症候群の世界へTouch and Go!
染色体異常にも色々ありまして・・・
育児の悩み、障碍も定型もありません。
先ごろ、新型出生前診断について、その拡充を目指している産婦人科学会の新指針に「待った」がかかったというニュースがありました。
*新型出生前診断、国が検討会設置へ 日産婦、実施施設拡大方針見送りへ
→https://mainichi.jp/articles/20190621/k00/00m/040/347000c
それに関して様々な意見が、特にネット上では、まあ、その、短絡的で勝手な意見も多々あります。
そんなわけで、同じ「やわらかい骨」から。
こちらは、とある宗教団体に属していることでクラスでも部活でも浮いている同級生、葵とのエピソードです。
自らも葵と同じ宗教団体に属しながらそれを隠している別の同級生の存在に気づいた小春。憤り「ひきょう、じゃん!」「自分だけ、違うって顔して、何回も嘘ついて」と葵に語りかけるのですが、それに続く場面です。
「強く、強く、なんのうたがいもなく怒ったり、責めたり出来る、のは、その物事に関わりがない人」
関わりがない、と言葉で線を引かれた気がした。ざあ、と音を立てて血の気が引いていく。ああ、ずっとその物事の中で生きてきた人の言葉は強い。親しければ親しいほど鋭く頬を打ち、お前は何も知らない、と胸を衝く力を持っている。きっと私に怒鳴られた悠都もこんな心細い思いをしたんだ、とようやく気づく。すると葵は呼吸を乱しながら、でも、と続けた。
この「でも」の先は、皆様、是非ご自分で。
*新型出生前診断に関して、Daddy さんなりの考えを知りたいという奇特な方は、テーマ「出生前診断」をどうぞ。