青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

塩の像

2019-01-31 07:43:52 | 日記
ルゴーネス著『塩の像』には、ボルヘスによる序文と、「イスール」「火の雨」「塩の像」「アブデラの馬」「説明し難い現象」「フランチェスカ」「ジュリエット祖母さん」の7編が収録されている。

本書は、ボルヘス編集の“バベルの図書館” (全30巻)の18巻目にあたる。私にとっては7冊目の“バベルの図書館の作品”である。

ルゴーネスは、アルゼンチンを代表する詩人・散文作家だ。
ボルヘスは、“もしアルゼンチン文学の全過程をひとりの人物で象徴させなければならないとしたら(略)、その人物は紛れもなくルゴーネスであろう。彼の作品にはわれわれの昨日があり、今日があり、そしてたぶん、明日がある。”と評価している。
ルゴーネスはアルゼンチン国民の精神の礎といってもよいのではないか。それほど偉大な文学者が、政治的な選択ミスから自殺に追い込まれたのは何ともやりきれない。個人的には必ずしも自殺自体を不幸とは思わないのだが、文学者が創作以外の理由で自殺するのは大変な不幸だと思う。

序文によれば、軍人の家系に生まれたルゴーネスは、“一八九〇年ごろはアナーキストであり、一九一四年に連合国の賛同者になりながら、三〇年代にはファシストであったということは、同一の問題に関心を持ちつづけながら、時間の経過につれて相矛盾する解決に行きあたるひとりの人間の、多様な誠実さに相応している”そうだ。が、政治方面に暗い私には、一人の人間の政治的信条がそうコロコロ変わる理由が理解できない。この点については、これ以上触れないでおいた方が無難な気がする。

ルゴーネスの作品の特徴は、序文から抜粋すると、“言語遊戯として、辞書の語彙全部を使ってする遊戯”であり、“ほとんど読み人知らずとでも言うほど素朴な『乾いた川のロマンセ』を除くと、すべて辞書からひろったフランス語かスペイン語をもとに考えられたもの”である。私自身がよく適当に辞書から選んだ単語を組み合わせて俳句を作っていたので、ルゴーネスの言語遊戯には一方的に親しみを感じていたりする。
また、ルゴーネスの作風は、本書の収録作だけでも多岐にわたる。
スペイン語によるサイエンスフィクションの嚆矢「イスール」、旧約聖書が典拠の「火の雨」「塩の像」、ギリシャ神話を思わせる「アブデラの馬」、不気味な心理小説「説明し難い現象」、『地獄篇』第五歌の向こうを張る「フランチェスカ」、愛のアイロニー「ジュリエット祖母さん」、何れも器用貧乏には陥らない完成度の高さで、まるで映像作品を鑑賞しているかのような臨場感だった。機会があれば、『乾いた川のロマンセ』も読んでみたい。


「火の雨」は、陽光が美しく映えるある日、燃える銅の雨に襲われ、崩壊していく町の姿を、時間を細かく刻んで克明に描いている。時間と共に移ろっていく主人公の心理描写もリアルだ。町が、人々が、獣たちが、突然吹き荒れた神の怒りに、成す術もなく燃え尽きていく。絶対的な強者によって齎される終末の光景とは、何と静謐で美しいのだろう。

最初は十一時頃。
火の粒が何の前触れもなく、パチパチと音をたてながら落ちてきた。それは燃える銅の粒子だった。この時点では、街の様子に変わりはなかった。ただ鳥籠の小鳥が囀りをやめた。
主人公の私は、近眼故の見間違いかと思った。が、それが幻視ではないことを確認した時、漠たる恐れを覚えた。あの銅の粒はどこから降ってくるのだろう。

今度はテラスに火の粒が落ちてきた。
それは疑いもなく銅の粒で、断続的に降り続けたが、私の昼食を妨げるには至らなかった。
人付き合いを厭う独身者の私にとって、食事と読書は欠くことのできない娯楽で、それ以外には飼っている魚と小鳥の世話にしか関心がない。この日も、私は召使に本を音読させながら、自慢の食卓を楽しんでいた。
庭を渡っていた召使が、突然、悲鳴をあげた。見ると、彼の背中には小さな穴が開いており、その傷の中で火の粒がまだブスブスと音をたてているのだった。私は使用人の手当てをしたが、さすがに食欲は削がれてしまった。

午後三時頃に再びテラスに上がってみると、地面には銅の粒が散らばっていたが、雨脚が強くなる気配はなかった。しかし、辺り一帯は突然の変事に静まり返り、小鳥たちは怯え、鳥籠の中で身を寄せ合っている。天変地異という観念が私を震え上がらせた。

“銅の雨だなんて!天空には銅の鉱脈などない。しかも、空はあんなに晴れわたっているのだから、何処から降って来るのか説明がつかないのだ。この現象の脅威はまさにこの点にあった。(略)とにかく、その恐ろしい銅は確かに空から落ちてくるのだけども、空は相も変わらず穏やかな青さを保っている。徐々に私は、名状し難い悲嘆の念にとらわれてしまった。”

しかし、私には逃げ出すという考えは思い浮かばなかった。
本、食堂、小鳥、魚、庭、私の現在の幸せのすべてを放り出して逃げ出すだなんて。私は漠たる恐怖を感じていたにも関わらず、習慣となっている食後の眠気によって現実を直視する目を曇らせてしまった。
それに、銅の雨が止んだことで街は活気を取り戻したのだ。否、取り戻すに留まらず、カーニバルのような乱痴気騒ぎが巻き起こっていた。抜けるような青空の下を、キラキラ光る胸当てをつけた娼婦達や卑猥な幟を掲げた女衒、孔雀の羽根を纏った乙女らが練り歩く。仮面をつけた若者たちを引き連れた粋な黒人が、リズムに合わせて色の付いた粉末を撒き散らす。人々はお互いの家を訪問しあいながら、酒を飲む必要を感じていた。

夜半になって、銅の雨は再び振り出した。
しかも、今度はまばらではない。降りしきる灼熱の雨に、街中が臭気に満たされていく。私が気付いた頃には既に使用人たちは逃げ出しており、馬もまた姿を消していた。
幸い、まだ食堂には食料がいっぱいある。地下室にはワインがぎっしり詰まっている。何より心強いのは、毒入りワインを備えているということだ。これで、いつでも自死を選べるという事実に安堵した私は、街の様子を確認しに表に出た。

町は火の海と化していて、ありとあらゆる種類の阿鼻叫喚が上がっている。
夥しい焼死体のせいで、天変地異に更に悪臭が加わる。コールタールのような熱風が吹き始め、まさに地獄の如き様相なのだった。

“ああ、燃えさかる町の巨大な火でもってしても焼き尽くすことのできないこの暗闇の恐怖!血反吐をさえ吐かせる乾いた空気のなかに浸透した、襤褸や硫黄や屍体の焼けるあの悪臭!そして、なぜかいつまでも途絶えることのないあの悲鳴や叫び声!火事の音をも圧倒し、ハリケーンよりも大きく拡散するあの叫び声、あるいはまた、あらゆる獣が、本能的に永劫の破滅を感じ、恐慌をきたして唸り、吠え、うめいているあの声……”

地獄の雨が再び止む頃には、街はもう存在していなかった。
不変の無関心を示す青空の下、かつて町であった平地には銅砂漠が広がっていた。湖から発した蒸気が嵐のように濃密に立ち込めていた。世界はカタストロフの静寂に包まれていた。
その静寂を破るように、砂漠の中で生き残ったライオンの群れが、無残に焼け爛れた姿で街に押し寄せ、渇きに猛り立ち、逆上した目つきで咆哮した。

“ああ!……何ものも、戦慄的な天変地異も、死に瀕した町の焦熱地獄も、廃墟に響く猛獣の泣き声ほど恐ろしくはなかった。彼らの咆哮は言葉に劣らず明瞭だった。つまり、神のいわれなき仕打ちに対する、本能的な、名状し難い痛みに泣いていたのだ。(略)ああ!……その吠え声だけが、今では委縮してしまったあの猛獣たちの保っている唯一の勇壮なところであった――彼らはその破局がひしめいている恐ろしい秘密に関して何と言っていたのだろう。救いがたい苦痛のなかで、永遠の孤独、永遠の静寂、永遠の乾きをどのように考えていたのであろう……”

しかし、天変地異はこれでは終わらなかった。
またしても燃える銅の雨が降り始めたのだ。今までよりもいっそう激しいその雨は、今度こそ世界を完全に終わらせようとしているのだった。私は港で見つけた唯一の生き残りの男と共に逃げ惑い、火の粒を浴びながら自宅の酒蔵に逃げ込んだ。
仲間となった男が人生で最後の饗宴に夢中になっている間に、私は死の風呂に入ることを決意した。その時、私の心を浸していたのは、今崩壊したばかりの奢侈安楽な生活の官能性だった。外では降りしきる火の音が聞こえた。沐浴によって平静を取り戻した私は、毒入りワインを口に運んだ…


炎にまかれる人々の阿鼻叫喚。ライオンの群れの咆哮。灰塵と化した町を包む静寂。真っ赤に燃える銅の雨。峻厳と表現すべき空の青さ。それらを目撃する主人公の心の動き。すべてが鮮烈で読者の記憶に映像のように焼き付く。ソドムとゴモラの人々が終末の日に見た光景は、きっとこんな感じだったのだろう。それは、人間が決して見てはならない光景なのだった。


「塩の像」もまた、ソドムとゴモラの終末を目撃した人物の物語だ。

修行僧ソシストラートは、旅人に化けた悪魔に唆されて、ソドムとゴモラの町が滅んだ日に塩の像と化したロトの妻を救い出してしまう。エホバの逆鱗に触れた女は、ソシストラートの祈りと聖水によって、数世紀の眠りから目覚めた。その出現には、悪魔を見ても動ずることの無かった修行僧も恐怖を感じた。

“この老女が体現していたのは、神に見捨てられた町の住民だったのである。その両の眼は、二つの恥知らずな罪業の都市の上に神の怒りが降らせた、燃えさかる硫黄の雨を見たのだ!その襤褸は、ロトの駱駝の毛で織られていたのだ!そして、その両足は、神によって引き起こされた火事の灰を踏みしめたのだ!”

復活した神罰を眼前にして、ソシストラートは数世紀の記憶を取り戻した。自分はあの悲劇の中心的人物だったのだ。そして、自分はこの女を知っている…。

“お前が振り返ったとき何を見たのか、それを教えて欲しいんだ。”

ソシストラートの問いに、ロトの妻が何と答えたのか。
答えを聞いた瞬間、彼は死んでしまったので、真相は永遠に闇の中である。
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