はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る 二章 その4 戸惑いの夜明け

2024年05月03日 09時43分56秒 | 赤壁に龍は踊る 二章
孔明の脳裏に浮かんだのは、周瑜の端正すぎるほど端正な顔だった。
とたん、どきん、どきんと胸が不吉に鼓動を高くしはじめた。
胡済は、なぜか周瑜のことを過度に気にしていた。
自分の推理が正しければ、おそらく胡済は、壺中《こちゅう》にいた時分に、刺客としてか、あるいは細作として江東に来て、周瑜とかかわりができたのだろう。


『まさか、もう一度、周瑜に会いに行った?』
そう思ったが、その自分の考えを、孔明はすぐに打ち消した。
『それはないな。あの子は刺客稼業から足を洗ったはずなのだし、第一、周瑜になにか傷をつければ、あの子自身もただではすまない。
あの子の仕える劉公子(劉琦)だって不利な立場になってしまう。その計算はできるはずだ』


孔明は落ち着くため、ふうっと息を吐き、それからちっち、と舌を鳴らした。
「偉度のようすがおかしかったのはわかっていたのに、ほったらかしにしていたわたしがいけなかった。
今夜にでも、あの子としっかり話をしておくべきだった」
そう言っても後の祭り。
胡済のいなくなった寝台を見つめて、孔明は気分が沈んでいくのを感じた。
「おれも反省している。明日は柴桑から出立だと思って、気もそぞろになっていた。
偉度も『やっと帰れる』と言っていたからな。まさか出て行ってしまうとは」
趙雲のボヤキに、孔明は言う。
「一足早くに劉公子のもとへ戻った可能性もあるぞ」
「おれたちをほったらかしにして、か? 
たしかに気まぐれな奴だが、そこまで不義理をするかな」
「む」
しないだろう。


「だいたい、だれかが呼び出したのだから、なにか目的があって出て行ったはずだ。
だれが呼び出したのかがわからん以上、楽観視しないほうがいいぞ」
釘を刺されて、孔明は胡済が周瑜を倒しに行った可能性について考えざるを得なかった。
たしかに胡済は腕がたつ。
だが、いまもっとも刺客に過敏になっているだろう周瑜に対し、かすり傷をつけることすら、むずかしいのではないか。
『周瑜を殺して、あの子に得がない。だが、何者かに命じられて、やむなく殺しにいったのでは? 
とすると、『何者か』というのは曹操側の人間か? 
いや、まだ偉度が周瑜の元へ行ったとは確定していない。決めつけるのは早かろう』


自分に言い聞かせていると、横の趙雲が言った。
「今夜、おれたちに出来ることはなさそうだ。
夜明けまでまだ時間があるし、明日のためにもう一度眠っておいたほうがいいだろう」
「眠れないよ」
「そこはそれ、体をいたわるためにも眠るのだ。いいか、ちゃんと寝台に戻るんだぞ」
と言いつつ、趙雲は燭台片手に、自分の寝室とは逆の方向へ行こうとする。
「どこへいく?」
たずねると、趙雲は申し訳なさそうな顔をして答えた。
「もういちど、まだこの屋敷に留まっていないかたしかめてくる。
偉度を管理しきれなかったのはおれの失態だからな」
「すまないな、子龍」
謝ると、趙雲は、みじかく「いや」と答えて、そのまま移動していった。


ふたたび寝台に戻った孔明だが、趙雲に言われた通りには眠れなかった。
胡済がひょっこり帰ってくる物音がするのではと思うと、目も頭も冴えてしまうのである。
趙雲がもどってきたが、やはり胡済はどこにもいなかったという答えだった。
「偉度や、どこへ行ったのか」
小さくつぶやきつつ、孔明は二度目の深いため息をついた。





本来なら気楽な樊口行きが、胡済がいなくなったことで急転した。
孔明は、
『周都督のもとへ行ってみるか』
と思ったが、これは趙雲に止められた。
「行っていたとしたら、同盟が破綻するほどの問題になりかねぬ。
偉度の前身を答えなくてはならなくなるからな。
いまのところ向こうからの動きもない、こちらから動くのは得策ではないだろう」
そう言いつつ、趙雲はまわりの気配に注意しつつ、小声で孔明に言った。
「おれたちはどうも見張られているようだし、仮に偉度が周都督のもとへ行っていたとしても、その動向はすでに向こうにも伝わっているはずだ」


孔明はおもわずあたりを見回した。
趙雲は見張られているというが、だれかの気配は全く感じない。
出立の朝なので、魯粛が手配してくれた人足《にんそく》たちが、軽く荷物をまとめてくれていたりしているが、それ以上の目立つ者はいなかった。
あるいは、この人足たちのなかに周瑜の密偵が紛れているのだろうか。
どちらにしろ、客館でのこちらの動きは筒抜けになっていると見ていいようだ。


つづく


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ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 二章 その3 眠りをやぶるもの

2024年05月01日 09時46分39秒 | 赤壁に龍は踊る 二章



客館の外は風が強く吹いている。
「今日は寒うございますから、綿入りの布団をもう一枚、足しましょう」
といって、客館の主人が寝室に布団を入れなおしてくれた。
風が上空でうなり、その風にあおられて木々の葉と葉がこすれる音は、孔明が眠りにつくまでつづいた。
外の木立のざわざわと騒ぐ声をうるさいと思う者もいるだろうが、孔明はその音を聞くとふしぎとこころが落ち着く。
孔明は、明日はこの柴桑《さいそう》から出立なのだと思い出し、めまぐるしいこの数日の結果、こうして枕を高くして眠れていることをありがたく思った。


孫権への説得が成功し、同盟は成った。
都督の周瑜があまりこちらを好意的に見ていないことは気になったが、かれがいますぐ自分たちを害なす可能性は低い。
とりあえず、すべてはうまくいったと言っていいだろう。
兄の諸葛瑾にも会えたし、満足だ。


明日は柴桑を出立し、長江をさかのぼって、北の樊口へむかう。
そこで、夏口から出てきているはずの劉備たちと合流する予定だ。
劉備には、同盟は成ったという知らせはもう届いているはずで、かれらの喜んでいるだろうさまを想像すると、孔明もまた、顔がにやける。
すべてがうまくいった。
あまりに順調なので、怖くなるほどであった。


この客館とも今日でお別れか。
そう思いながら、布団にもぐりこむ。
趙雲や胡済《こさい》もそれぞれの部屋でぐっすりと眠っているはずだ。
綿入りの布団を二重にしてもらったからか、その重さがちょうどいい。
布団にくるまれていると、すぐに眠くなってきた。
閉じられた窓の外では、風が騒ぎつづけている。
風の嘆くような音と、木立のざわめきと、それから不定期に聞こえてくる鳥の声を子守歌にして、孔明は眠った。
夢は見なかった。
あまりに深い満足のなかでの、幸せなねむりだった。





どれだけ眠っただろう。
「軍師、軍師」
外から、趙雲が呼びかけてくる。
身体を引っ張るような眠気と戦いつつ、孔明は目を覚ました。
月明かりがないので、時間もはっきりわからなかったが、まだ真夜中だろう。
燭台の明かりをつけようと思ったが、火打石《ひうちいし》がどこにあるのか、暗すぎてわからない。


いや……


眠気から醒めた孔明の頭は、すぐに明敏にはたらきはじめた。
何者かが客館に侵入してきた可能性がある。
下手に明かりをつけて、自ら標的になるのは避けたほうがいいだろう。
「問題か」
孔明が布団から出て、衣桁《いこう》にかけてあったころもをはおりつつ聞くと、扉の向こうに控えているらしい趙雲が、言った。
「まずいことになったぞ」
「どういうことだ」
火でもかけられたのかと危ぶんで、鼻をすんすん動かしてみるが、とくになにかきな臭いにおいはしない。
風もごうごうと騒ぎ続け、木々のこすれ合う音もつづいているが、趙雲のほかに声をたてている者、いや、目覚めている者すらいないようだった。


扉をひらくと、ひゅうっと冷たい風が部屋に入って来た。
思わずぶるっと震えつつ、孔明は暗がりの中で趙雲が燭台を手に立っているのを見た。
「刺客か?」
「いや、そうではない。偉度《いど》がいなくなった」
「偉度が? どうして」
わからん、と言いつつ、趙雲は孔明を先導して、胡済の部屋に連れて行く。
ふたりのほかに目覚めたものはいまだにいない。
だが、孔明は気づいた。
あれほど聞こえてきた鳥の声が、しなくなっている。


胡済の部屋に行くと、なるほど人気はなくもぬけの殻だった。
衣服や沓《くつ》はもちろん、かれが持ってきたわずかな荷物もないし、愛用していた長剣もなくなっている。
燭台の明かりをたよりに、寝台のあたたかさを確かめるが、まだほんのりあたたかかった。
出て行ったとすれば、まだ遠くへ行っていないのだろう。
外の厠《かわや》に出ているという話ではなかろうと、孔明は趙雲の様子から察した。


「厠にはだれもいない。庭にもだ。だれかが偉度を外に呼び出したのだろう」
「なぜわかる」
おどろいて孔明が問うと、趙雲はこともなげに答えた。
「おれが目が覚めたのは鳥の声のせいだ。
あの雉のような鳴き声、おまえには聞こえなかったか?」
「いや、聞こえたよ。風がうるさくて鳴いているのかと」
「それにしても、あまりにはっきりと聞こえ過ぎていた。
おそらく、あれが偉度への何者かによる合図だったのだろう」
「だれかが偉度を外へ連れ出したと? なんのために」
「それはわからん」
趙雲は首を横に振る。
ねむりが中断されたためか、燭台のあかりに浮かぶ趙雲の顔は疲れているように見えた。


「どうしたらよい。外へ捜しに行こうか」
「いや、街の警羅に見つかると、かえって面倒だ。
朝になったら、魯子敬どのに連絡をとって、偉度を探してもらうことにしよう」
「見つかるかな」
「それもわからん。だいたい、あいつはどこへ行くつもりなのか」


つづく

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ブログ村およびブログランキングに投票してくださったみなさまも、どうもありがとうございました!
みなさまが閲覧してくださっていると思うと、やる気も倍増です!!

原稿がだいぶたまってきたので、休んでいる土日のうち、日曜日も更新日にするか、検討しています。
なんでかというと、やはり二日も休むと、日曜日だけではなく月曜日もお客さんが集まりづらい様子なので……
余裕があるうちにどんどん先へ進めるという意味でも、背水の陣を敷いたほうがいいのかなあ、とチラッと思ったり。
ハッキリ決まりましたら、またご連絡いたしますね!

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 二章 その2 出立を前に

2024年04月29日 10時07分37秒 | 赤壁に龍は踊る 二章
つぎつぎと家臣たちがあらわれては、赴任先へ向かっていったが、孔明が孫権のもとにいるあいだ、噂の周瑜は、けっきょく一度も顔を見せなかった。
避けられているのだろう。
明日には出立だという、そのときになっても、わざわざ孔明のいない時を見計らって、孫権と面談しているようだ。
ずいぶん嫌われたものだと思うと、孔明は落ち着かなく、またむずむずするほかない。


その様子を見て、趙雲はすっかり周瑜に悪感情を抱くようになったようで、めったに人をあしざまに言わないのに、
「周都督は噂とちがって狭量なところがあるな」
と、言い出した。
もちろん、人目のすくない客館に帰ってきてから言い出したのだが、孔明は申し訳ない気持ちである。
というのも、思わず悪口が出るほどに周瑜の態度があからさまなのは、自分が至らないせいだと思ってしまうからだ。
賢明な趙雲をして、つい悪口を言いたくなってしまうほど、周瑜はこちらを睨んでいる、ということでもある。


孔明は、客館の主人が用意してくれた白湯《さゆ》を飲みつつ、頭を下げる。
「すまないな、わたしが至らぬせいで」
素直に申し訳なく言うと、趙雲は器用に片方の眉だけ動かして、抗議してきた。
「おまえが謝ることではなかろうに。都督の態度が大人げないのがいけないのだ」
「そうかもしれないが、しかし人には相性というものがある。
わたしはあのひととろくろく口を利いていないうちから嫌われてしまったが、なにかこう、自分ではわからないところが向こうにカチンとくるのではないかな」
「まともな人間なら、おまえを嫌ったりしないさ」
「そうだろうか。それは贔屓ではないかい。
うれしいけれど、でも都督がわたしを嫌っていることは動かないよ、子龍」
孔明がやんわりたしなめると、趙雲は興奮を抑えるように、ふうっと息を吐いた。
そして、趙雲もまた、白湯をごくりと飲み干した。


それからしばらく黙っていたが、やがて声を落として語りだした。
「陸口《りくこう》をめぐって、すぐに戦になる可能性もある。
その場合、乱戦にかこつけて、都督がおまえに害をなそうとする危険がある」
「そこまで憎まれているだろうか」
おどろいて孔明が言うと、趙雲は表情を崩さぬまま、つづけた。
「憎んでいるというより、あれは嫉妬の目だな。
おそらく、おのれと互角に戦えるだろう人物を見出したことで、危機感をおぼえたのだ。
仮におれが都督の立場なら、さっさと敵になりそうなやつは排除する」
「おや、あなたは正々堂々と戦う人だと思っていたよ」
「都督だったら、ということだ。あの男はこの戦の先を読んでいるのだ。
おまえを見る目だけではなく、おれを見る目も冷たい。
おそらく、おれたちだけではなく、『劉玄徳の軍との同盟』そのものをうとましく思っているのだろう」
「自分だけで勝てると、そう思っているのかな?」
「そうかもしれん。それだけ自信があるのだろう。
仮に都督が戦に勝った場合、おれたちが夏口《かこう》にいることで、荊州の領有権の問題が出てくる。
おれたちがいなければ、江東は荊州を獲れるが、そうでなかったら、おれたちに荊州を割譲する必要が出てくる。
それが厄介なのではないか」
「そうか……われらの元には劉公子(劉琦)もいることだしな」


「そこで、だ」
趙雲はあらためて姿勢を正すと、孔明に向き直って来た。
「この同盟を見届ける役目、おまえではなく、おれにしたほうがいい」
「何を言い出すかと思えば。そんなことができるはずがない。
あなたをわたしの代理に差し出すというのか」
「おれ一人なら、乱戦になってもなんとかなる。しかし、おまえの場合はちがうだろう」
「いや、だめだ。あなたをわたしの代理にすることはできない。
第一、当の都督がわたしが同行しないと、こちらの腹を無用に探ってくるだろう。
わざわざ痛くない腹を探られるのは、避けたほうがいい」
「それはそうだが」
尚も言いつのろうとする趙雲を、孔明は手ぶりで止めた。
「だめといったら、だめだ。
わたしの身を案じてくれるあなたの心遣いはありがたいが、その提案は却下だ。
陸口にはわたしも同行し、そしてこの戦を見届ける。その方針は変えない。
そして、この話も打ち切り。いいな?」
孔明がきっぱり言うと、趙雲はむすっと唇を閉じてしまった。


こんな無用な言い争いの原因も周瑜だと思うと、つくづくこちらをなぜだか嫌っている周瑜がうらめしい。
『嫉妬だと子龍は言うが、ほんとうかな?』
あれほど美点の結晶のような男が、自分に嫉妬を抱くものだろうかと、孔明は考えてしまう。
しかし、趙雲の目がたしかなのは、これまでの経験でわかっているので、外れてはいないのだろう。


しばし気まずい沈黙のあと、孔明は気分を変えるために趙雲にたずねた。
「そういえば、偉度《いど》(胡済《こさい》)はどこにいる?」
「明日の出立の準備をしているようだ。
軍師、もちろん偉度は陸口には同行させないよな?」
「それはそうさ。今日まで偉度と都督が会う機会がなくてよかった。ほっとしているよ。
あの子も、同じじゃないのかな」
「さっき声をかけたら、『明後日には軍師のお守りから解放されると思うと、肩の荷が下ります』とかなんとか憎まれ口をたたいていたぞ」
「あの子らしいな。ともかく、わたしたちも明日に備えて眠ったほうがいいな」
「またしばらく船の生活か」
ぼやく趙雲に、孔明は、
「船酔いによく効く頓服をあげるから、行きよりはマシになるさ」
となぐさめた。


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます!
そして、4月27日の午前3時と午前11時のそれぞれにサイトのウェブ拍手を押してくださったみなさま、とってもうれしいですー!(^^)!
めちゃくちゃ励みになります! 今後もがんばってつづきを書いていきます!
「なろう」のほうも7万PVにそろそろ行きそうで、ほんとうにありがたい……!
今月はこれまでで一番「なろう」にお客さんが集まってくれた月となりました(^^♪
みなさま、今後もお付き合いくださいませね!

あ、それと「春に寄す(仮)」をちょっとずつ書き始めております。
どんどん書いてまいります!
出来上がったら読んでやってくださいね♪

ではでは、次回は水曜日です!
またお会いしましょう(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 二章 その1 孫権と孔明

2024年04月26日 09時56分52秒 | 赤壁に龍は踊る 二章
開戦が決まったのち、さっそく作戦会議どおりの行動が開始された。
周瑜率いる水軍は、長江をさかのぼって大陸を西へ丸く回り込むかたちで陸口《りくこう》へ移動することになった。
陸口は、曹操が拠点を置いた江陵《こうりょう》から東へ向かうと、ちょうど長江をはさんで対岸にある土地なのである。
だれの目にも、曹操の大軍が陸口を目指してくるのはあきらかであった。
陸口への上陸を許したら、あとは陸上戦の連続となってしまう。
水上戦が得意な孫権軍としては、それはなんとしても避けたいところなのだ。


周瑜の水軍の調練の結果はすさまじく、かれらは鄱陽湖《はようこ》から柴桑《さいそう》に到着後、すぐさま陸口へ移動する準備にはいった。
そのあいだに混乱はなく、何者もの付け入る隙を与えなかった。
孫権も、全幅の信頼を置いている周瑜のうごきに満足しているようである。
かれは陸口へ向かう短い数日のあいだ、暇さえあれば孔明を客館から呼んで、周瑜の自慢をくりかえした。


たしかに、周瑜ほどすべてに恵まれている男はめずらしかろうと、孔明も感心している。
孔明の目から見ても、周瑜は美形のきわみといっていい整った顔立ちをしていたし、体つきも均整がとれていて、声も涼やか。
さらには自身の家門が高く、美人の妻とのあいだに子供もめぐまれ、主君の孫権からも厚い信頼を寄せられている。
土地の人間の人気も高く、だれかに恨まれているような気配はまったくない。
あれほど降伏を叫んでいた張昭らですら、周瑜の登場で、口を閉ざしてしまった。


だからこそ、なぜ自分が毛虫のごとく嫌われることになったのかなと、孔明は不思議に思う。
のろけにも近い孫権の周瑜自慢を聞きつつ、孔明は落ち着かなくてむずむずするのを感じるほどだった。
孫権は、歌をうたう鳥のように、周瑜がいかに優れた人物かを語り、孔明がそれに同意すると……同意する以外にできることはないのだが……そうであろう、とうれしそうに言う。
「劉豫洲にも義兄弟がいるそうだが、かれらも公瑾どののような人物かな」
「関羽と張飛は天下無双の豪傑ですが、公瑾どのほど美しさは備えておりませぬな」
関羽が聞いたら、嫉妬で怒り狂うだろうなと思いつつ、孔明は答える。
得心のいく答えだったらしく、孫権はほろほろと笑って、やはり、
「そうであろうなあ」
と言う。


「貴殿も、貴殿の主騎の趙子龍どのも、なかなか立派な風貌をされているが、わしらの公瑾どのは特別じゃ」
「お褒めいただき光栄です。たしかに、将軍のおっしゃるとおり、われらは周都督には及びませぬ」
「悲観することはないぞ。公瑾どのの前では、だれでもかすむものなのだ。
なにせ、軍略においても、かれの右に出る者はない。
世に敵なし。曹操とて公瑾どのにはかなうまいよ」
孫権はそう言って、また歯を見せて笑うのだった。


そんな毒にも薬にもならないような話をしているあいだにも、柴桑から各配置につく武将たちが、孫権の元へ挨拶にやってきた。
そのたび、孫権は孔明と武将らを引き合わせ、かれらの美点を高々とほめあげ、うれしそうにするのだ。
孔明としては、孫権の自慢ついでに、江東の家臣たちとよしみを通じる機会が得られるのはありがたかった。
曹操との対戦がどうなるか、まだ蓋を開いてみないことにはわからないが、勝った場合は、この江東のひとびとは、力強い同盟相手であり好敵手になる。
そのかれらの顔ぶれと特長を知る機会は、貴重といっていい。


水軍本隊には、甘寧、呂蒙、韓当、周泰《しゅうたい》、全琮《ぜんそう》、胡綜《こそう》、呂岱《りょたい》といった錚々たる面々がならぶ。
かれらの殺気のこもった、獰猛と言っていい面構えを見るに、曹操の本隊とも互角で戦えそうだなと、孔明は頼もしく思った。
かれらは周瑜と共に陸口へ向かうのである。
反対に、海に近い広陵《こうりょう》へは顧雍《こよう》と、孫一族の者が守りにはいり、北から押し寄せてきている臧覇《ぞうは》の軍と対峙する。
広陵から内陸にはいったところにある歴陽《れきよう》には、張昭と厳峻《げんしゅん》が配置された。
張昭らの背後を固めるかたちで、盧江《ろこう》に諸葛瑾と董襲《とうしゅう》が陣取る。


歴陽に出発するまえに、張昭が挨拶にやってきた。
張昭は孔明が柴桑にやってきたときとは、ずいぶん態度がちがっていて、覚悟を決めたらしく落ち着いていた。
さらに、孔明にたいする敵意も消えていた。
それどころか、孔明と孫権がひまさえあれば語り合っているのを見て、感心してしまったのか、
「孔明どの、わたしが聞いたところによると、劉豫洲のとなりの席は、いつもあの商人上がりの麋竺が占めているとか。
どうであろう、この機会に劉豫洲の軍師をやめて、わが将軍の軍師になるというのは」
と、言い出した。
そのあまりの率直な物言いに、孔明もとっさに、それは無理ですと、角《かど》の立つ答えをしてしまいそうになった。
助け船を出してくれたのは、ほかならぬ孫権で、
「子布《しふ》よ、孔明どのを困らせるでない。孔明どのは劉豫洲を裏切ったりはせぬ。
わが子瑜が、わたしをけして裏切らぬようにな」
と張昭をたしなめてくれた。
張昭は、せっかくの機会にもったいない、とぶつぶつ言っていたが、やがて赴任先の歴陽へおとなしく向かっていった。


孫権はその後も、時間がありさえすれば孔明からいろんな話をねだった。
劉備のこと、その家臣たちのこと、荊州での暮らし、荊州の劉表の遺臣たちのこと、さらには孔明自身のことや、徐州から揚州、そして荊州に入ったその経緯まで、くわしく聞きたがった。
孔明は、丁寧にそれに応じ、孫権を満足させることにつとめた。
話しながら、この碧眼の年下の将軍は、同盟相手の情報を知りたいという以上に、江東の地から出たことがないので、より好奇心をつよくさせているのかもしれないなと思った。


孔明は孫権を好ましく思ったが、だからといって張昭が勧めるとおり、その家臣になりたいとは思わなかった。
それというのも、孫権はたしかに若いのに王者の風格を備えているが、いっぽうで人をからかう悪い癖があるのに気づいたからだ。
いまのところ、人を選んでからかっているようだが、その児戯《じぎ》めいた放言を見るに、これでは家臣たちは孫権をはばかって、気が休まらないだろうなと、孔明は思った。
その点、劉備は大樹のようにどっしりしていて、そばにいると木陰に憩っているような安らぎを覚える。
丁々発止のやり取りが好きであれば問題はないが、孔明は真面目なたちなので、やはり、劉備のそばがいいのであった。


つづく


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重ねてありがとうございました!!

おかげさまで二章目に突入することが出来ました(^^♪
三章目もげんざい鋭意制作中でございますv
やはり創作するのは楽しいですね。
短編も追加することを計画しておりますので、計画が進み次第、また連絡いたしますね!
オリジナル作品の準備もじわじわすすんでいますよー!
今後の展開をおたのしみに!

ではでは、次回は月曜日です。
またお会いしましょう(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 一章 その20 暗い密談

2024年04月24日 10時00分47秒 | 赤壁に龍は踊る 一章



諸葛瑾と、その愉快で忠実なお供のふたりは、朝焼けの空の下、おのれの泊っている館へと帰っていった。
これから盧江《ろこう》へ出立するのだろう。
かれらとまた会える日は来るのだろうか。
宋章《そうしょう》と羅仙《らせん》は、何度も何度も振り返って、こちらに手を振ってきた。
それに趙雲も応じていると、隣の孔明も手を振りながら、ぼやく。
「兄が会いに来てくれてうれしかったが、しかしこのあとが気の毒だよ」
「なぜ」
「おそらく、このあと兄は周都督に叱られてしまうだろうからさ」
「叱られるとは」
なんでだろうと考えて、趙雲はすぐに思い当たり、あわててとなりの孔明をまじまじと見る。
「兄君は、よもやま話をしに来たわけではないということか」
「そうさ。一言もそれらしいことは言わなかったが、まちがいなく周都督の言いつけてわたしのところへ来たのだよ」


なんのために、と聞くのは野暮だろう。
諸葛瑾は、周瑜に命じられて、孔明を孫権の家臣にすべく説得に来たのだ。


「兄はわたしが忠節を変えないことをよく知っている。
だから、はじめから話もしなかったのだ」
孔明はそう言って、ため息をついた。
「またわたしは心労のタネになってしまう。心苦しいよ」
すでに空の色は茜色から青白く変わってきている。
遠く盧江に出立するという諸葛瑾たちが、そのまえに周瑜にどんな嫌みを言われるかと思うと、趙雲も心が痛んだ。







諸葛瑾は覚悟していたのだなと、周瑜はすぐに感じ取った。
説得せよと命じたとき、行ってまいりますと素直に言ったが、結局のところ、まともに説得する気はなかったようである。
「弟がいかに忠節を守ることに命を賭けているか、それはこの兄たるわたしがよく知っております。
弟を説得するのは無理でした」
と、諸葛瑾はしれっと言って、深々と頭を下げた。
もっと大人しい男だと思っていたが、なかなか食えないところがあるなと、周瑜は苛立ちとともに思った。
どうやら、諸葛瑾は、自分が盾になる覚悟でもって、周瑜に頭を下げているらしい。


孔明の名を汚さぬよう、自分が盾になる……そういう強い覚悟を持っているじつの兄弟を持ったことのない周瑜にとって、諸葛瑾の態度は見ていて、うらやましいものでもあった。
ちらりと孫策のことがよぎる。
ああ、そうさ。おまえなら、きっとわたしのために、同じように頭を下げただろうな。
しかし、その朋友はもういない。
この地上のどこにも、いない。


「子瑜どの、顔を上げられよ。無理難題を言ったわたしが悪かったのだ」
つとめて柔らかい声色になるようにして、周瑜は諸葛瑾に声をかけた。
諸葛瑾はゆるゆると顔を上げる。
そして、残念そうに言った。
「申し訳ありませぬ。弟は頑固者ですゆえ」
なかなか演技もうまい。
これっぽっちも残念などと思っていないだろうに。
「いや、孔明どのが心を変えないであろうことは、わたしも予想していた。
兄弟の情に訴えようという戦略はまちがいであったな。
貴殿には嫌な役目を押し付けてしまった、ゆるしてくれ」
「なにをおっしゃいます。詫びなど……わたしの不甲斐なさを責めてくだされ」


そろそろ猿芝居を打ち切るか、と思い、周瑜は表情を切り替えた。
「もう、この話はやめようではないか。
子瑜どの、曹操の北方にいる軍は、江陵《こうりょう》から東進している本隊がうごけば、たちまち南進してくるであろう。
貴殿の役目は重大ぞ。なんとしても董襲《とうしゅう》とともに、盧江を守ってくれ」
「もちろんでございます、必ずや」
「頼みにしている」
諸葛瑾は、慇懃《いんぎん》に礼を取ると、その場から去っていった。


かれが背中を見せて廊下を去っていくのを、周瑜は黙って見送る。
と同時に、廊下をこちらに向かってやってくる男がいる。
諸葛瑾とは会釈程度の挨拶ですませ、どすどすと遠慮ない足取りで向かってくるのは、数年前から召し抱えている、龐統、あざなを士元であった。

小柄な男で、諸葛瑾の肩ほどしか背丈がない。
体形もずんぐりむっくりなうえ、顔にあばたのあとが目立つ。
この風采の上がらない男のなかに、餓狼も怖《お》じる軍略が眠っていると知ったら、ひとびとはどう思うだろうか。


「孔明の兄、ですかな」
挨拶を終えると、龐統は、諸葛瑾の去っていた方角を見た。
「よくわかったな。あの二人は似ておらぬであろう」
周瑜がおどろくと、龐統は小さく鼻を鳴らした。
「雰囲気が似ております」
「そうかな。子瑜どのには生活臭があるだろう。
しかし、孔明はまるで神仙のようだ。つかみどころがないように見える」


そう言いつつ、周瑜は孔明が瑯琊《ろうや》出身だったことを思いだしていた。
孫策を死に追いやった于吉と同じ、瑯琊の。


「孔明が気に入らなかったようですな」
「気に入っていたなら、いまごろそなたと違う話をしている」
「そうでした、失礼。して、どうなさる」
「兄弟をつかって軍門に降らせることは不可能のようだ。
穏便にすませたかったが、仕方ない」
「策を献じましょうか」
「いや、それはわたしが自分で考えたい。
それより士元よ、そなたには曹操のほうを頼みたい」
「曹操ですか」


言いつつも、龐統は怖じることなく、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「なにかすでに動き出している様子だな」
「左様で。お耳を拝借」
言いつつ、龐統が周瑜に耳打ちをはじめる。
周瑜の秀麗な顔に、おどろきが広がっていく。
「いかが」
すべて話し終わった龐統の顔には、これを拒否できるわけがないという確信が見えた。
小癪な奴と思いつつも、周瑜は暗く高ぶる感情に押されて、うなずいていた。
「よろしくやってくれ。江東の地を守るためならば、手段は選ばぬ」


そう、手段など選ばない。
孫策が血みどろになって得た江東の大地。
これをだれにも明け渡すわけにはいかないのだ。
相手がだれであろうと、容赦はせぬ。


一章おわり
二章につづく


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おかげさまで一章目をぶじに連載することができましたー(^^♪
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このところ創作に集中できているのも、みなさまの励ましのおかげです。
大感謝です!

さて、今日で430回目のこの「奇想三国志 英華伝」。
明後日からは孔明目線による二章目に突入です。
三章目もコツコツ作っておりますので、どうぞ今後の展開をおたのしみにー(*^▽^*)

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