はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

青い玻璃の子馬 その3

2019年04月17日 09時49分48秒 | 青い玻璃の子馬
その後、馬超は青翠という女を屋敷にとどけ、なにか釈然としない気持ちを持て余したまま、自邸に戻った。
自邸に戻れば戻ったで、習氏はあいかわらず、おかえりなさいませと慇懃に迎えてくれるのであるが、なんだかうれしそうではない。
とはいえ、自分がどこかへ泊りがけで遊びに出たら、どんな顔をして見せるか、馬超は容易に想像することができた。
気晴らしに酒を飲んでみるが、やはりなにか、気が晴れない。

善行をしたはずである。
青翠を助けてやったはずである。

なのに、なぜに気持ちがこんなにもやもやとしているのか、その理由がさっぱりわからない。
わからないまま、一夜が明けた。





翌日、馬超はまたも愛馬にまたがり、お気に入りの場所へとむかった。
なにか、予感があった。
あの娘、青翠が、きっとまたあらわれるような気がしたのである。
だから、昨日とおなじ時間をねらって、いつもの青草のうえに寝そべった。
そうして目をつぶって、うとうととしかけたとき、さくさくと、期待したどおりの足音が聞こえてくる。
さすがに今日は、従者をつれてくるのではないかと思った馬超であったが、そうではなく、青翠は、やはりひとりで、杖をついてあらわれた。
昨日、自邸へおくりがてら聞いた話では、この山道までは車をやとって、そこからさきは、ひとりで歩いているというのである。
この場所に、相当の思いいれがあるというのだろうか。
たしかに、断崖絶壁に突如としてひらける、むき出しの岩盤の屏風は圧巻であるが、その風景は、目が見えればこそ楽しめるものだ。
青翠のような身では、どこであれ同じ山道であろう。
ここにしか咲かない花か、あるいは木があるかして、匂いがちがうのだ、というのならば、話は別であるが。

学習能力のない女め、と苛立ちをおぼえつつ、馬超は叢から起き上がると、声をかけた。
「おい、また来たのか、懲りぬ娘よ。またおなじ目に遭うかもしれなかったというのに」
すると青翠もたいしたもので、表情をまるで変えずに言い切った。
「昨日、貴方様があれほど痛めつけたというのに、懲りずに現われるとは思えませぬ。ですから安全であろうと踏んだのですが、間違っておりましたでしょうか」
馬超は、青翠には、自分がほかならぬ錦馬超であると告げていない。
告げていたなら、娘の態度もだいぶちがうものとなったであろうが、それは、馬超はいやなのだ。
なぜだか、「錦馬超」という仰仰しい名前に邪魔されないように、この娘には本音をぶつけてみたかった。
「愚か者は懲りるということを知らぬから、愚か者なのだ。おまえも、その類いらしいな」
馬超の嫌味に、青翠は、怒りをあらわすでもなく、興味がなさそうに、ふいっと顔をそむけると、ふたたび青草の上を歩きだした。
馬超は立ち上がり、それを追うようにしてたずねる。
「おまえは、この山になにをしに来ているのだ? 探し物でもあるのか。それとも逢引でもしているのか」
「わたしが高大人の囲い者になっているということを知っているのに、なぜ逢引などということばがでてくるのです」
莫迦じゃないかしら、ということばを、次に付け加えたそうに、娘は言った。
「高大人とやらは、撫で回すだけなのだろう。なら、厳密には囲い者とは言えぬのではないか」
「理屈っぽい方なのね」
娘はあきらかに馬超とことばを交わすのをうるさがっていたが、馬超はそれでも、あえて食い下がってたずねた。
「おまえはこれから、どこへ行こうとしているのだ」
「山を下りて、また家に戻ります」
「なにもせずにか。この山に、なにをしに来ている」
「散策のためでございます」
娘はきっぱり言うと、そのまま馬超に背を向けて、杖を左右に動かしながら、さくさくと青草を踏みしだく音をさせて、遠ざかっていった。
その背中は、はっきりと、ついて来るなと語っている。

馬超は、そのだれをも拒むつよい気に押されるようにして、しばらく、その背中を見送っていた。
曹操を怖じさせ、遷都すら本気で考えさせたとまで噂された男が、なにもできずに、ぽかんとその背を見送るだけになったのだ。
その事実がなにやら妙に新鮮で、あまり腹が立てることもなく、思わず頭をぽりぽりとかきつつ、馬超はひとり、ぽつねんとのこされた。
そうして、ほんとうに何も用があるというわけではなく、娘はそのまま山道を下りて行ったようだった。





わけのわからぬ話だ。もう首を突っ込まないほうがいいかもしれない。
そうして愛馬にまたがって帰ろうとしたとき、ただらぬ気配をおぼえて、思わず剣を抜き、振りかえる。
咄嗟に脳裏をかすめたのは、昨日の仕返しに、あの馬鹿どもが、腕の立つものを雇ってやってきたか、ということである。
そうして構えてふりかえって見れば、そこには昨日のような、街の鼻つまみものではなく、宮城における随一の変わり者、趙子龍が、呆れた顔をして、鞘におさめたままの剣でもって、とんとんと肩をたたきつつ、立っていた。

「鬼とは貴殿か。昨日は、ずいぶんと、くだらぬものを斬ったようだな。俺は報告書になんと書けばよい?」
趙雲に問われて、馬超は考えた。
昨日斬ったものといえば、あのならず者の、あの、からす瓜っぽいもののことであろうか。
「こう書くのはどうだ。馬平西将軍は昼寝をしていた。ねぼけており、ならず者が娘を襲おうとしているのを目撃したが、なぜだかそいつらが、からす瓜を持っていることにきがついた。
そのからす瓜を切れば、ことは治まるであろうと思い、ちょっと斬ったら、逃げて行った。娘はたすかり、めでたし、めでたし」
趙雲は、あいかわらず年齢のつかみがたい、冗談だろうとおもうほどに整った顔をあきれさせて、肩の力を抜いた。
「そういうことにしておきたいが、まあよい、からす瓜が大好きな悪霊が出て悪さをしたとでも、てきとうに書いておこう。
ところで聞くが、貴殿、なにゆえこの場所にいる。ここは貴殿の地所ではあるまい」
「それはそうだが、出入り禁止の山なのか。だれかの荘園か、なにかか」
「出入り禁止ではない。それに俺の地所だ」
「ああ、それはすまなかったな。勝手に入り込んだことはあやまる。しかし、なかなか壮観な眺めではないか。
緑の林を抜ければ、いきなり断崖絶壁につきあたり、目のまえには岩盤でできあがった屏風のような崖がいくつも連なっている。わたしに詩心はないが、一句ひねりたくなるような光景だ」
馬超がいうと、この、たいがいのことでは馬超と意見を対立させる武将は、めずらしく肯定の意味でうなずいてみせた。
「たしかにおもしろい光景だ。だから、近くの子どもたちも、たまに遊びに来る。貴殿がここを気に入ったというのなら、成都にいるあいだ、好きに来るがいい。ただし、気をつけてくれ」
「なぜ。マムシでも出るのか」
「マムシも出るが、むかし、ここで事故があったそうだ。なんでもあの崖に咲く花を取ろうとした男があやまって転落して死んだそうだ。貴殿のことだから問題は無いとおもうが、くれぐれも注意してくれ」
「心得た。ところで、なぜ貴殿が直々にやってきた」
「俺の地所であるし、俺が屯所の当番であったときに持ち込まれた事件であったからな。ほかに理由はない」
と、趙雲は、馬超からしてみれば、あまりおもしろくない答えをかえしてきた。

なんだ、劉備のやつが、わたしの動向を気にして、いちばん口の堅そうなやつを寄越したのかと勘繰ってしまったではないかと思いつつ、馬超は、事故があったという断崖絶壁のほうに目を向けた。
暗い林の向こうには、殺風景な岩の屏風のつらなりと、大空だけが開けて見える。
なんだか空でも飛べそうな錯覚をおぼえるところだと、そのときは思った。

「それでは俺はこれで失礼する。貴殿は好きなだけ、ここで昼寝なりなんなりしていてくれ」
では、と言って、すたすたと趙雲は、宮城で見せる態度とほとんど変わらず、事務的な態度でもって、馬超に背を向けて帰っていく。
馬超は、客将としてあつかわれていたから、劉備の配下のほとんどから、私的な宴に招かれて、主賓としての待遇をうけていた。
だが、唯一、そうした『特別扱い』をする気配をみせないのが、趙雲という男であった。
はじめて見たときには、あまりに整いすぎている容姿ゆえに、なるほど、脇に置いておきたくなるような、立派な柱のような男だな、と思ったものだが、成都で何度か顔を合わせて、少し考えが変わってきた。
こいつ、見た目だけの男とはちがって、なにやら内側に秘めたものがあるような気配を、どこか漂わせている。
つまり、なにやら意味ありげな感じが、馬超にはするのである。
意味ありげでわけがわからぬといえば、さきほどの娘もそうであったが、この男もわけがわからぬ。

あらわれたのが張飛であったなら、もっと事情を、根掘り葉掘り聞きだそうとしてくるだろう。
厳顔や黄忠であったなら、こんな崖っぷちで、昼寝など危ない、と説教がはじまっただろうし、漢中にいるのであらわれることはなかろうが、魏延であったなら、これを縁とばかりに、やたらと擦り寄ってきて、酒席にさそってきただろう。

こいつの、この無関心ぶりは、なんなのだ?

ふとした思いつきであった。
馬超は、思いついたら即実行のひとである。
後先のことは、なんとかなるさと考えている。
だから、この男と酒を飲んだらどうなるだろうという好奇心に動かされるまま、趙雲の背中を追いかけていた。
「おい、翊軍将軍、これからどうする」
趙雲は、馬を山道の入り口に待たせてあるらしく、歩いて山道を下っていたが、馬超に問われて怪訝そうにふりかえった。
「これから、とは」
「ことばどおり、これからだ。屯所に帰るのか。それとも、屋敷に帰るのか。どっちだ」
その先につづくことばを予測したのか、馬超よりいくぶん年下の武将は、一瞬だけ、迷惑そうな表情をうかべた。
そこでひるむ馬超ではない。
思いついたら実行しなければ気が済まないし、思い通りにいかねば、腹も立つ。
「貴殿、いま、言い訳を考えておるな」
ずばり言うと、趙雲のほうもまたあきれたことに、正直に答えた。
「よくわかったな。ついでに言わせてもらうが、俺ほど晩酌の相手としてつまらぬ者はほかにおらぬぞ。ほかをあたったほうがよい」
回転の早いやつ、と苦りつつ、馬超は言った。
「なぜだ。錦馬超のさそいを断る莫迦は、おまえだけだぞ。相応の理由がなければ納得せぬぞ」
すると趙雲もたいしたもので、まっすぐ馬超の顔を見返して、じつに平然と言ってのけた。
「単に、俺が、人付き合いが好きではないという理由では、納得できぬか」
「む?」
趙雲のことばに、馬超はなにか引っかかるものがあった。
どこが引っかかったのかはわからないが、胸のなかにくすぶって晴れないもやもやを、なにか追い払ってくれる鍵のようなものを、馬超は、そこに見つけたのである。
「なにやら気になる」
「なにがだ。先に言っておくが、俺は主公に頼まれて貴殿の様子を見にきたのではない。純粋に、屯所に持ち込まれた『鬼退治』に足を運んだだけだからな。
何を気にしているのかはしらぬが、俺に貴殿の心を満足させるようなものがあるとは思えぬが」
深読みするやつめ、しかも一部、当たっているところが、いささか心憎い。
「いや、主公のことはよい。わたしが気にしているのは、貴殿のことばの、ええい、うまく言えぬが、『なにか』だ」
「なんだそれは」
「わけがわからぬだろう。わたしも自分で口にしていて、わけがわからぬ。ゆえに、理由を知りたいのだ。だから、すこし付き合え、翊軍将軍」

ちなみに、馬超は平西将軍で、趙雲よりも位は上である。
今度こそ趙雲は迷惑そうな顔をしたものの、しかし、本音を言ってもなお誘われて、うまく断ることばも思いつかなかった様子で、結局、二人して成都の繁華街にもどり、酒席を設けることとなった。

つづく……


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