はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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実験小説 塔 その33

2019年02月20日 09時58分17秒 | 実験小説 塔


「呼吸器がだいぶやられているな。声も出せぬほどに弱っているようだ。顔も短時間であんなに浮腫んでしまっている。熱もあるようだな」
「孔明、こう言ってはなんだが、太守の顔に死相が出ている。どのような薬を持ってきたところで、もつまい」
「肉を切らせて骨を断つ」
「は? なんだ、それは」
「この場合、言葉がうまく当てはまるかどうかわからぬが、ニキは、それくらいの覚悟でいるのだろう。このままわれらが捕らわれの身のままであれば、いずれは身元が割れて、曹操の元に送られる可能性もある。いや、それを回避するために、わたしが石をつかうかもしれない。
ニキは、一族の因縁を断つためにも、わたしをなんとしても塔に行かせようと考えているのだ。自分が人質になると申し出て、わたしたちを塔に向かわせる。わたしたちが戻ってこないことも覚悟して、だ」
「石は、反動をもたらすだけではなく、存在するだけで不幸なのだな」
「それはそれで、石もあわれな。この世のほかに、存在しているだけで不幸しかもたらさない物など、そうそうあるまい。やはり、これはこの世に存在してはならぬものなのだよ」
「おまえたちが、薬を取りに行く者たちか。目がかすんで、姿がよく見えぬ。名乗れ」
「名は、知らぬほうがよろしかろう」
「おい、このあいだ決めた偽名を名乗ればいいだろう。衛兵が殺気立ってきた」
「こそこそするのは、もともと性分ではないのだ。とはいえ、ここで本名を名乗って、事態をややこしくしたくもない。
そういうわけで、わたしは匿名希望ということにしてはくれぬか母丘太守」
「何者だ」
「われらは、貴殿の命を助けるために塔へ向かう者。それでよかろう。それに、貴殿は、ここにいるわたしの連れに恩義があるはずだぞ。屋敷にいた叛徒のほとんどを制したのは、わたしの連れだ」
「たしかに、それはちがいない」
「見るに、貴殿は義心のある男のようだ。そこを見込んで話がしたい。われらはこれより、ここにいる僧侶の指示通り、貴殿のために薬をとってくる。
ただし、われらが戻ってくるまでのあいだ、この僧侶たちを決して粗略に扱わないことを約束してくれぬか」
「それは、おまえたちが戻るか戻らぬかによる」
「かならず戻る。誓書をしたためよう」
「紙切れひとつで信じろというのか」
「そうだ。この誓書は、わたしのこの錦の袋にいれておく。わたしの名もここに綴っておく。しかし、この袋を開くのは、わたしたちが、そうさな」
「十日。十日ヨ」
「うむ、われらが十日で戻ってこない場合にのみ開くこと。貴殿はこの紙によってわたしの名と、この僧侶のふたつを人質にとることができる。どうだ」
「姿が見えぬのが惜しいが、名だけでも質にできると豪語するおまえは、相当に名の知れた男のようだな」
「地域限定かもしれぬが、魏公は喜ぶであろうよ。悪い取引ではあるまい」
「承知した。十日だ。十日のあいだに、薬を持ってくるのだ。しかし、十日を過ぎたなら、僧侶の命も、おまえの命もないものと知るがよい」



「危険な賭けに出たものだな。太守のあの顔色は尋常ではなかった。あれは死相だ。死に掛かっているものを救い出せる薬など、いったいこの世のどこにある。いっそ、石を使えばよかろう。そうすれば、あるいは」
「あるいは、あの太守は救われるであろうが、しかし、石はわたしの手から離れ、そしてまた不幸を呼ぶであろう。それでは意味がないのだ」
「あんたは律儀にすぎる………どうした、顔色がわるい」
「すこし思い出したのだよ。ずっとわたしたちを、無言のまま睨みつけるように見送っていたのは、あの男の息子だろうね。怒りをどこにぶつけたらよいのかわからないという顔をしていた。泣くこともできず、怒りをぶつけることもできない。すでに父を害したものは死んでいるのだし、薬を取りにいくこともできない。つらいだろうな」
「太守の息子と同じ経験をしたことがあるのか」
「あまり思い出したくない」
「そうか、すまない」
「あなたが謝ることではないよ。いけないな、感傷的になってしまって。さあて、それでは、塔を目指そう。ここに、ニキが描いてくれた地図がある。ほら、これが、かれらの先祖の隠し村のあった場所だ」
「遠いではないか。片道で十日はかかろう………待て」
「つまり、そういうことだ」
「なにを平然と! いかん、引き返そう」
「引き返してどうする!」
「俺は、自分がせっかく助けた命が、また危機にさらされているというのに、見棄てることはできん性分でな。なにが十日だ。石がなんだという! あんたもあんただ。片道だけの日数を言われて、そこでどうして反対しない!」
「ニキにも、太守の命がもうもたないということは、わかっていたのだ。いいか、死にかけた太守、戻さねばならぬ呪われた石、この二つの問題を同時に解決するのは不可能だ。ニキは、太守と石のどちらかを取らねばならぬというのなら、石を塔に戻すことのほうを選んだのだ」
「なぜだ。十日のうちに戻らねば、自分の命もなくなるし、そうだ、あんたの名前だって、明らかになるわけだろう?」
「それも、もとより覚悟のうえだ」
「待て。あんたの持っている石の、残り三つを俺に貸せ」
「だめだ。まだ願いをかけていない石を使うつもりだろう。ゆるさぬぞ。太守の死は、なんでも願いをかなえるなどという不自然なものによる悲劇ではない。定めなのだ。天の授けた定めならば、これは仕方ないとニキは判断したのだ。無情かもしれぬが、どちらかを選ばなければならないとしたら、あなたはどうする」
「どうもこうも、まだ手段が残されているではないか。論議は無用、石を出せ!」

「お取り込み中、失礼いたします」

「だめだ。どうしても石をというのなら、わたしを斬って手に入れよ!」
「馬鹿なことをいうな。そんなことができるか!

「おーい、お取り込み中、失礼いたしますー」

「ならば、黙ってわれらに従え!」
「それはできぬ!」

「うおい、聞けというに! お取り込み中、失礼いたしますと丁寧に言ってて、無視とはよい度胸ぞ、ええ?」
「む、なんだ、貴様は」
「おや、貴殿はたしか、首がぐるぐる回るへんなやつ」

「首がぐるぐる回る? 人間か?」
「初対面の者に対してなんと無礼な物言いか。これではその卑しい育ちもおのずと明らかになるというもの。
ああ、いやだいやだ、世の中、なぜにかような卑しきやからばかりがはびこるのであろうか。かつてこの世にあったという、堯舜の時代に生まれることができたなら、どんなによかったことであろう」
「む、孔明、この妙に芝居がかった物言いの、なんとも無礼な顔の濃い男、ぼこぼこにしてよいだろうか」
「ふ。そこな武辺者よ。その力に恃み、わたしとやりあうつもりか。身の程しらずな田舎者めが。あえて匿名希望だが、世に聞こえたる名を持つこのわたしを敵にまわしたこと、骨の髄まで後悔するがよい。いくぞ! S拳奥義!」
「えす拳ってなんだ」
「いにしゃるで失礼します、なのだ! そのまえに主題歌! ♪YOUはショーオック! 愛で空が落ちてくーるぅー♪」
「なんだかよくわからぬが、売られた喧嘩は買う。孔明、下がっていろ」
「下がるけれどね、なんというか、すぐに決着がつきそうな」

がごん。

「ほらね」
「何をしに出てきたのだ、こやつは。笑いをとるためか? ううむ、このまま伸びたままにしておくと、あとで追いかけてきそうな気配がある。どうだろう、いっそこのまま埋めてしまうというのは」
「おそろしい提案を真顔でしないように。なぜに追いかけてきたのかはわからぬが、この男は、気の毒な男なのだよ。奥方が恐ろしい女だそうで、家庭内暴力にくわえて、家事を押し付けられるわ、育児は押し付けられるわ、もう大変。そうした家庭での息苦しさを避けるために、視察と称して、たまにこうして、辺境に旅行に来ているのだそうだ」
「さきほどの物言いだと、よほどおのれの出自に自信があるのだな。たしかに、垢抜けた男だ。だが、俺のような武辺者にはなじめぬ」
「まあまあ。そういわずに、埋めるのはやめて、ちょっと話を聞いてみようではないかね。起きられよ、匿名希望殿。なぜにわれらを追ってきた」
「すみませーん、もうしませーん」
「謝罪を受け入れようぞ。理由を」
「心から反省していまーす。だから、玄関を開けてくださーい。さむいですー」
「なにやら悪夢を見ているようだな」
「ああっ、本当にもう、反省しているって言っているのにー、お願いです、子供だけは、子供だけは取らないでぇ! 育てたのはわたしなんです! それはもう、あなただって、よーくわかっているじゃありませんかー! 
師やー! 昭やー! どうして、どうして父上と一緒に暮らすって言ってくれないのだ! 炊事洗濯なんでもしますし、仕事もばりばりこなして高給取りになりますからぁ! ひとりぼっちはいやだよー!」
「切ない悪夢だな………」

「はっ!」

「あ、目を覚ました。だいぶひどくうなされていたようだが、だいじょうぶか、匿名希望どの」
「ええい、触るな。貴殿らは蜀の人間であろう!」
「いまさら隠し立てもおかしいな。いかにも、われらは蜀からやってきた」
「そこだ!」
「どこ? 蜀の場所ならば、ここからはるか南の」
「蜀の位置なんぞ、地図に聞くわ! そうではない。貴殿らが蜀、というところが問題だ。そなたら、このまま蜀に逃げ戻るつもりではあるまいな?」
「いいや、約定は果たすつもりだ」
「ふん、人間の誠意なんぞ、あてにならぬわ。たとえ、最初は太守のために薬を探しても、それが見つからなければあきらめて、自分たちに監視がついていないことを幸い、さっさと蜀に帰るつもりに決まっておる」
「決め付けたものでもなかろう。われらは、人質になっている僧侶のためにも、西へ向かわねばならぬ」
「西か」
「なにを笑う」
「いいや。よろしい、ずばり用件に入ろう。わたしが貴殿らを追いかけてきたのは、宴における、わが不様な姿を、口外しないと約束してほしかったからだ」
「おかしなことを。われらは貴殿の名を知らぬ。われらがもし、『家庭不和から逃れて、視察にかこつけて涼州に遊びにきた男が、緊張がほぐれたためなのかなぜだか女装しながら、首をぐるぐる回しつつ、唄って踊っていた』と言いふらしてもだ、名前がわからねば、広まりようもない」
「ふん、それは凡人の場合であろう。たしかに、わたしはいま貴殿らに名乗っておらぬが、わたしはいまこそ一臥の市隠に等しき身なれど、いずれはこの名を知らぬものは、天下に一人としておらぬというほどの者になるであろう。
そういえば、劉玄徳の軍師将軍は、臥龍などというたいそうな号を持つことで知られているようであるが、あちらはただの看板。わたしこそ、真の臥龍なり」
「ふ、ふ~ん?」
「信じておらぬな。まあ、貴殿ら、見たところ見栄えはともかくとして、いかにも山国育ちの成り上がり者であるような。貴殿らでは、真の富貴に満ち満ちた、このわたしの器は見抜けまい」
「それはすまぬな。で、貴殿が真の臥龍だというのなら、なんだという」
「つまりだ。天下は広しといえど、わたしのように首がぐるぐる回るなどという異相の持ち主はそうそうおらぬ。
貴殿らが『女装して唄って踊る首がぐるぐる回る男』のことを言いふらし、それが世に広まったなら、いつかは世間は気づくであろう。『もしや、巷で噂の女装大好きろくろっ首は、しば……ゴフン、S家の八達のひとりではないかと」
「なに? S家の八達?」
「いやいや! もとい、S家のH達!」
「変な略し方をする。あ、なんであろう、妙にムカムカしてきた。子龍、埋めてしまおう」
「急にどうした」

「埋めるの、待った。しまいまで話を聞くがいい」
「貴殿の話は横道にそれまくる。まっすぐ結論を言え」
「ふん、ならば言おう。つまりだ、貴殿らに妙な噂を立てられると、わたしの将来 に傷が付く。それでは、わたしがあんまり可哀相! わたしは自分が大好きなのだ !」
「そのようだな」
「というわけで、取引と行こうではないか。どうやら、貴殿らは太守の解毒の薬を 採りに行くと安請け合いをしたようであるが、しかし、先ほどの言い争いの様子か らして、向かう先は解毒の薬のある場所ではあるまい。というよりも、解毒の薬が どこにあるのかすら、知らぬのではないか」
「聞こえていたか」
「あれほど大声でぎゃあぎゃあ騒いでいたら、耳を塞いでいても聞こえるわい。ど うやら貴殿らは、あの僧侶と西に行く約束をしているが、それは、なにかを届ける というもので、解毒の薬云々は、まったく関係がない。
僧侶も、自分の命を質にして、その約束をなんとしても果たさせようとしている。
約束を果たすためには、十日で城に帰ってくるというのは不可能。ちがうか」
「あっておる」
「だが、解毒の薬が、案外近くにある、と聞いたらどうだ」
「なんだと?」
「わたしは解毒の薬の在り処を知っている。貴殿らに、それを教えてやってもよい 。ただし、そのかわり、貴殿らの見たわたしの姿のことは、だれにも口外せぬと約束するのだ」
「もとより、われらは人の噂話など好まぬ。第一、ひっそりと暗所にて女装をし て遊んでいたというのならともかく、あのような派手な場において、堂々と騒いで いたのだから、我らに口止めをする必要もないのではないか」
「そこがそれ、田舎者というのだ。わたしの同行者も、太守や城の者も、わが家の権勢をおそれて、噂などしないとわかっておる。いざとなれば公子に 頼んでもみ消しを」
「公子?」
「もとい、子牛!」
「牛に頭を下げるとは面妖なやつよ。首がぐるぐる回ることといい、やはり人間で はないのではないかな、どう思う、孔明」
「ほう、貴殿の名は孔明と申すか。劉玄徳の軍師将軍と同じ字だな」
「え、いや、まあ、そうだな」
「しかし、軍師将軍がわざわざ敵地に自ら足を運ぶような真似はすまい。あの男は 深謀遠慮の士である。迂闊な真似はせぬであろう。聞けば諸葛孔明は、わたしほど ではないにしても、双眸はまさに宝玉のごとく煌き、顔色はつややかにして気品に 満ち溢れ、唇は夕陽のごとく赤く、まさに龍の号にふさわしい容色の持ち主。くわえて立ち居振る舞いたるや慎み深く、言動にも思いやりあふれ、不正を嫌い、公平を尊び、大手柄ばかり追うような浅ましい真似はせず、小なりといえどもおろそか にせず、普段は勤勉で大人しいけれども、ひとたび有事の際には、だれよりも早く 戦場の状況を把握し、諸将を鼓舞し、一介の兵卒にいたるまで思いやるために、だれもがこの者のために戦わんと意気を奮い立たせるという。まさに千年に一度の器と形容するにふさわしい男で、わたしが聞いたところによれば、劉玄徳がわが主公 に追われて新野から逃げ出したときにも、いずれは東呉もこの戦火の脅威にさらされると読みこして、電光石火の速さで呉への使者へと赴き、あれやこれやと知力をつくして呉と劉玄徳の同盟に成功したとか。それにより、残念ながらというべきで あるが、主公の天下一統の野望は、はかなくも費えたのである。まさに絶体絶命の 危機から、みごとに主君を生還させたその手腕たるや見事といわざるを得まい。そのほかにも蜀を攻めるというときに…………ぺらぺらぺらぺら、ぺぺーらぺらぺら ぺらぺーら(一時間つづく)」
「……………………………」
「……………………………」

つづく……


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