はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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実験小説 塔 その32

2019年02月16日 09時49分53秒 | 実験小説 塔
「なんだ、地鳴りか? いまの音は?」
「ああ、獄吏に飲ませた酒の眠り薬が効いたのだよ。ほら、ぱたりと倒れて、気持ち良さそうに鼾をかいているじゃないか。すばらしい効き目だな。
さて、いま鍵を取ってくるから、待っていてくれ。太守のほうはニキたちがうまくやってくれているとは思うが、すぐにここを出よう。あなたの顔を知っていたという兵卒が、名前まで思い出さないうちにな」
「そして塔へ向かうのか。旅はそこで終わりになるのだろうか」
「わからない。首尾よく塔へ行くことができたなら」
「成都に帰るのだろう」
「そのつもりだったが」
「つもり?」
「いま決めた。いずれ成都に帰るにしても、そのまえに、あなたの行きたいところへ行こう。わたしはずっと、あなたをわたしの道に付き合わせてきた。今度は、その逆を行ってもよかろう。あなたの行きたいところへ行くのだ。どこへ行きたいか、いまから考えておくように」
「呆れたやつだな。公職にある人間の言葉か? 劉予州のことはどうする」
「人生は長い。たまの回り道もわるくなかろう。それに、成都には、龍ほどではないにしろ、人を化かしているんじゃないかというくらいに有能なキツネがいるからな、なんとかなる」
「どんなキツネだ」
「おや、記憶にないというのが、いささかうらやましい。そのうちに紹介するよ。
けれど、あなたが主公のことが気になるというのなら、成都に帰ればよい。まあ、すべては塔にたどりついてからだ。それまでは時間はあるのだから、じっくり考えておいてくれ」
「とんでもない道を示すかもしれないぞ」
「それでもいい。いま、鍵を取ってくる」





「静かだな。宴は終わったのか」
「そうかもしれない。が、好都合だ。ニキたちはどこへ行っただろう。かれらは僧侶ゆえ、たとえわれらとの関係が露見したとしても、害されることはなかろう。いまのうちに早く屋敷を出よう」
「待て。様子がおかしい。あそこに見えるのは、炎ではないか」
「そのようだ。火事だろうか……いや、ちがうな。声が聞こえる……太守を捕らえたとかなんとか言っていないか。おや、あれは許都からの客人ではないか」
「許都からの客人が、剣を鞘から出したままうろうろするものか? うむ、どうやら、客人のなかに叛徒がまぎれこんでいたようだ。燃えているのは町だ。叛乱が起こったのだ。
いかん、武器を探そう。声がどんどん近くなっている。おそらく場内の叛徒が、外にいる仲間を引き入れたにちがいない。掠奪が起こるぞ。あんたはその格好をなんとかしろ。勘違いした輩に狙われる」
「襲ったほうも驚くだろうよ」
「そうかね。それはそれでよし、とかなんとか思われそうだが」
「それは困る。ええい、暗いし不案内ゆえ、どこをどう歩いているのか、見当もつかぬ。着替えの衣が首尾よく見つかればよいのだが」
「太守たち酔いつぶれているところを叛乱するとは、ずいぶんと計画的だな。屋敷の中も調べつくしている可能性が高い。この奥は、どうやら倉らしいな。ひとまずそこに逃げて、どさくさに紛れて屋敷を出るぞ」
「こういう点にかけては、あなたのほうが得意だろうから従うけれど、ほかに三人を助けなければならないことも忘れずにな」





「太守の母丘興だ。気の毒に、罪人のように鎖でつながれている。そのうしろにいるのは子供たちと、奥方かな。すぐに殺されなかっただけでも運がよい」
「叛乱を起こしたのは、羌族だろうか。しかし、見るからに連中は漢族だな」
「そうだよ。許都からの一行は、わたしも宴席に出たから顔を見ているけれど、羌族ではなかった。言葉だって、まったく訛っていなかった。そうだ、思い出した」
「なんだ」
「母丘興が武威を治めるまえに、この地に戦があったのだ。太守同士の勢力あらそいで、張済という男が羌族と組んで、叛乱を起こした。だが、すぐ鎮圧されたはず」
「張済の残党か。ならば、叛徒の中心が漢族である理由がわかる」
「涼州は複雑だ。部族間の争いもひどく、しかもそれぞれの部族が、漢族を引き入れて仲間にしているから、漢族同士も同じように争そうことになる。もとは、蛮族同士を争そわせて漁夫の利を狙おうとした漢の政策だったのだが、それを逆手に取られているのだよ。
考えれば、それをひとつにまとめて十万の兵を起こして曹操と対峙した馬平西将軍は、やはり英雄なのだな。神威将軍の名にふさわしい」
「感心している場合か。見ろ。坊主ども、あいつら、律儀なのかなんなのか、太守と一緒に捕まっている。
うん? 太守の様子がおかしいな。怪我をしているのだろうか、あんなにぐらついて」
「可能性はあるな。ああ、倒れた。牛ではあるまいし、鞭で打って立たせようとは、なんと野蛮な連中だ。見ていてむかむかしてくる。礼節を知らぬのだな。
む、あれはたしか、シバチューとかなんとか」
「シバチュー? 奇妙な名前だ。格好もだが」
「おどろいたな。戦うつもりであるらしい。見るからに文官だというのに」

「立ち向かった」
「倒された」

「また立ち向かった」
「また倒された」

「またまた立ち向かった」
「またまた倒された」

「またまたまた立ち向かった……たいしたものだな」
「またまたまた倒された。まったくだ。感心するところが沢山あるぞ。わたしでさえ見切れる拳でもって立ち向かう、その勇気にも感服するが、倒されようと倒されようと、何度となく立ち上がるその根性。そしてなにより、殴られようが蹴られようが斬りかかれようが、ふしぎとちょっとのかすり傷ですんでいる、その運のよさ」
「なんというか、ずっと見ていたくなるやつだ。何度立ち上がるのだろう」
「打たれ強いのだな、たいした精神力よ。七転び八起きというし」
「そんな言葉があったかな」
「あったのさ。いま倒れたので四回目なので、あと四回がんばれるだろう」
「助けなくて良いのだろうか」
「助けるのも、なぜだか躊躇われる。なぜだろう」
「なぜと問われても………また立ち向かった。む? 太守の子どもが、鞭で打たれた父親を庇った」
「やつらめ、子供まで鞭打つつもりか。と、おや? ニンではないか。代わりに鞭を受けたぞ、なんと天晴れな。というより、ようやく聖職者らしいことをしたな」
「感心している場合か! シバチューとやらが八回起き上がるのを待ってはおられぬ! ほかの連中が剣を抜いた。助けるぞ!」





「強い、強いとは思っていたけれど、これだけ結果を出されると、かえって誉め言葉が出てこないな。どれもぴったりこないように思えるのだもの」
「そのことば自体が誉めすぎだ。俺が斬ったのは、太守を捕らえていた連中だけで、ほかは、太守の部下たちが抑えたのだ。町のほうも、だいぶ治まったようだな。さて」
「やれやれ、こんなによい働きをしたわれらに、どうして剣が向けられているのかな?」

「思い出したぞ、その見事な槍の腕、貴様、蜀の劉玄徳の家来、趙子龍であろう!」

「だってさ、子龍」
「名前が売れているのも良し悪しだな」






「また牢獄に逆戻り。とはいえ、一緒の牢獄というのは気が利いている。おかげでいろいろと話ができる」
「のん気だな。今回ばかりはどうにもならぬぞ。石を使うべきでは」
「そうだけれど、反動のことを思えば、ぎりぎりまで使わないでおきたい。一緒に許都に運ばれるといいな」
「あのな、俺はともかく、あんたのほうは身元がばれたら、かなりまずいのではないか」
「どうだろうね。わたしはわたしに自信があるよ。曹操は、有能な人間が好きだから、わたしはすぐには殺されない。時間はまだある。時機を待とう」
「あの三人はどうしたかな」
「太守を守ったのだから、われらとちがって、待遇がよいだろう」
「ソウデモナイヨ」
「うわ! あいかわらず、神出鬼没だな!」
「ニンではないか。どうしたのだ」
「困ッタコトニナッテイル。アノ宴ノ席デ、太守ニ毒ガ盛ラレタラシイ。医者ガキテ、イロイロト看病ヲシテイルガ、一向ニヨクナラナイ。
ソレヲミタ、ウチノばか弟ガ、アンタタチナラ、解毒剤ヲ持ッテイルカラ、牢カラダシテヤッテクレトイッタノヨ」
「ほら、時機到来だ」
「喜んでいる場合か。あんたは薬の知識があるようだが、解毒剤は持ってないだろう」
「われらのことを太守に言ったのは、ニキだな?」
「ゴメンナサイ。迷惑カケチャウネ。弟ガイウニハ、解毒剤ハトアル場所デシカトレナイ薬デ、ソコニイケルノモ、アンタダケダト言ッテイル。ソレ本当?」
「ニキがそう言ったのならば、そうだ」
「ナンカ変ナノ。マ、ソレハトモカク、太守ハアンタタチニ薬ヲ採ッテクルヨウニ命令スルツモリヨ。ケド、アンタタチハ蜀ノ人。ソノママ、とんずらスル可能性モアル。
ダカラ、人質ヲトルト太守ハイッテイル。ソウシタラ、本当ニナニヲ考エテイルンダカ、ニキガ自分カラ名乗リヲ上ゲタノヨ。
弟、ナンデカ、ミョーニ、アンタヲ信頼シテイルミタイ。兄トシテオ願イ。モシ本当ニ、解毒剤ノアル場所ヲ知ッテイルノナラ、トッテキテ、弟ヲ助ケテホシイ」
「そうか、わかった。では太守に、ここからわたしたちを解放し、そしてニキにあわせてくれと伝えてくれないか。暴れたり、逃げ出そうとはしないよ。約束する」

「事態ガ切迫シテイルカラ、出シテモラエルノガ早クテ良カッタ。太守ドノ、カレラガ、薬ヲトリニ向カイマス。モシカレラガ戻ッテコナカッタナラ、ワタシヲ煮ルナリ、焼クナリ、オ好キナヨウニ」

つづく……


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