はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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実験小説 塔 その13

2018年12月12日 09時35分43秒 | 実験小説 塔


「風がきついのは、山肌に当たった風が、こちらに跳ねかえってくるからだと宿の主が言っていたな。冷えてしまうが仕方ない。庭に出てやっとひとりになれた。
記憶がないと、あんなに口数の多い男だとはな。雛の親になった気分だ。それとも、単に心細さが先に立ってしまうのか。あたりまえのことだが、子龍も人の子というわけだな。
やれやれ、宿の窓からこちらを見ている。ほかに見るべきものがあるだろうに」
「石でも投げてやったらどうだ」
「やはり、ずっとついて来ていたのだな、赤毛。そのまえに、おまえに石を投げてやりたい気分だな。勝手に石を二つも押しつけていった。いきなりご神体のなくなった村では、暴動が起こっているのではなかろうな」
「それもまた、『反動』だろう」
「おまえに名前がないというのも不便だな。名前を忘れたのか、それとも捨てたのか。まあ、どちらでもよいわ。不便であるが、あえて名づけてやるつもりもない」
「俺もかまわん。見届ける者。それだけでいい」
「そのわりには、口を出すわけだ」
「おまえには、なんとしても『塔』に向かってもらわねばならぬからな。それより、面白いことになっているじゃないか。あの男を取り戻したければ、おまえも石に願いをすればいい」
「そんなことをしたら、石の災禍はますます広がりつづける、ということではないか。第一、矛盾しているぞ。わたしが『塔』に行くことができなくなっても、おまえにはどうでもいいとでも」
「願いが叶う反動は、どうやって訪れるかは、俺にも予想がつかないのさ。案外、おまえたちには累が及ばない形で、まるく納まるかもしれないぞ」
「となると、だれかが不幸になるということではないか。いちいち不愉快なやつだ」
「そういう性分なのさ。それよりも、おまえは、あいつが何を願ったか、気づいているのだろう」
「それがどうした」
「故郷にあいつを返してやって、どうするつもりだ。常山真定の趙家は、いまや零落の一途をたどっているのだぞ。おまえはそれを知っているだろう。
あの男が帰ったところで、食い扶持が増えると困ると、厄介者扱いを受けるのが関の山だ」
「そうだろうか。子龍の大きな障壁となっていた父親は死に、長兄という男との確執も、記憶がなくなったのであれば、もしかしたら解消できるかもしれない。いや、子龍ならば解消できるであろう。
それに記憶をなくしたといっても、能力そのものは失われていないのだ。子龍ならばきっと、故郷の家を再興させることができよう」
「そんなことになると思うか?」
「なる。子龍は、いつまでも父や兄のことに捕らわれている。わたしに向けている心も、父や兄の不品行に対する反発が、大きく歪んだものなのだ。
苦しかっただろうよ。どうであれ八方塞だ。未来がみえない。
記憶がないことで不安にとらわれるのと、記憶にとらわれて、いつまでも明けることのない夜のなかに閉じ込められたような思いのまま生きていくのと、どちらが苦しいだろうか。後者であろう。
だからこそ、石に願いをこめたのだ。
自分を苦しむすべての心を取り去ってほしいと、子龍はそう願った。
だから、側室だった母親や、ほかの女たちを苦しめていた父、父親の妾を盗んでいた兄を憎んでいた少年のころの記憶、ほかならぬ主君に憎まれ、師匠たる男にすら妬まれ、苦境に立たされていた公孫瓚のもとにいたころの記憶、そして、そのあと、流浪者として、あまり口外できないような生活をくりかえしていたあいだの記憶、さらには、わたしと出会って以降の記憶がなくなっているのだ。
思い出してしまうと、苦しいから」
「つまり、おまえは、やつの人生の傷のひとつとして、あっさりと切り捨てられてしまったというわけだ。気の毒に、同情するよ。だから、あんなに冷たい態度をとっていたのだな」
「勝手に判断するといい。おまえにわたしのなにがわかる」
「言っただろう、俺は見届ける者。人外の者なのだぞ。
そうか、わかった。冷たい態度をとっているのは、女々しく捨てられたことを恨んでいるのではない。
おまえは傲慢なやつだな。せっかく記憶をなくしたあいつが、また同じような心を持ってしまうことがおそろしいのだろう」
「だまれ」
「そう思いたい、というのが本音なところなのじゃないか? あいつがおまえに心を傾けるようになったそもそもの要因は、常山真定の家にあるのだ。それを忘れているということは、同じことが起こる可能性は、ひくい」
「だまれというのだ!」
「ふん、笑わせる。天下の智者と謳われるやつにしては、ずいぶん女々しい考えだな。
おい、石を使ってみたらどうだ。二つもある。反動が来たら、もうひとつの石で反動を食い止めればいい」
「くだらぬ手を。ひとつの願いに対して反動が起こるのであれば、『反動を止めてくれ』という願いにも『反動』がくる、ということだろう。
わざとわたしに石をつかわせて、残りの三つをなんとしても探させようという魂胆か」
「疑い深いやつだ。ひとが親切を言ってやったのに。石は石を呼ぶ性質がある。ただし、石を使わないやつに、石は惹かれる。おまえが石を使っちまったら、なんにもならないのさ。
どちらにしろ、おまえはこの状況からぬけだせないぜ。
おっと、あいつが来た。しかも女を連れている。
どうだ、おまえの下手な気遣いは無用なようだぞ。あいつのご面相なら、ほうっておいても女のほうから寄ってくるであろう」





「熱があるやつが、どうしてこんな風のつよいなかに立っている!」
「赤毛の男と話をしていただけだ」
「赤毛の男? どこにいるのだ、そんな奇妙なやつが」
「………消えたか」
「まったく。やはり、あんたからは目が離せんな。広い部屋が空いていると言っていたし、宿の主人にいって、やはり相部屋にしてもらう。もう決めたからな、いやだといっても、そうするぞ」
「そこの女はどうする。女と一緒に相部屋なんぞ、ご免蒙る。あなたはあなたで、好きに楽しめばよかろう」
「は? ああ、この女か。この女は、たまたま宿に泊まっていた薬師だ。病人がいると宿の主人に説明したら、紹介してくれたのだ」
「薬師? 呪師か巫女のまちがいではないのか。どうみても漢族ではなさそうであるが」
「ああ。西域のほうから流れてきて、この近辺をまわって稼いでいる女らしい」
「まだ若くてきれいな女だから、よろこんで連れてきたのではあるまいな?」
「それも少しある」
「あちらへ連れて行ってくれ。医者というのならばともかく、薬師なぞ、わたしには不要だ。
すっかり忘れているようだが、わたしも琅邪の古い巫子の血筋を引く家の長なのだぞ。薬の知識は十分にある。医巫同源というわけだ。ひとつ利巧になったな、女好き。相部屋は取り消してくれ」
「なんでそんなふうに怒るのだ? あんた、俺の女房みたいなやつだな」
「は?」
「ああ、言い間違えた。俺の女房がいたと仮定して、もしいたら、似たような反応をしたのじゃないかと言いたかったのだ」
「だれがあなたの妻だ、気味の悪いことを。おかしなことを言うから、その女も、見ろ、わたしを、おかしな目で見ている!」
「すまん、俺の言葉が足りなかった。そう怒らないでくれ。でないと」
「でないと?」
「ますます熱が上がって、たいへんなことになるぞ。あんたは見るからに丈夫そうじゃないからな」
「………」
「どうした? なにか変なことを言ったか?」
「言ってない」
「ならばいいが」
「ふん、どうせ、旅の道連れが病人だと、面倒だと思っているのだろう」
「ひねくれたやつだな。そうじゃない」
「そうだ、わたしはひどいひねくれ者なうえに、あなたに災難ばかりあたえる人間だったのだ。構うな! 一人にしてくれ!」
「あんたが災難だというのなら、もしかして、もうすでに反動は十分に起こっているのではないか」
「うるさい!」

つづく……


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