お義母さんの思いを考えながら

病いに取り憑かれないようにと祈っている


その一方で

ちょっと考えてみると

ぼくこそ 何かに取り憑かれていないだろうかと

感じたりするのです




病いをどう乗り越えようかと

そればかりを考えて

暮らしも思いも

真ん中にいるのが病いにならないように...


それがお義母さんを思うときの窓なら


自分の行く道をうまく見つけられるように

そんな思いが

ぼくの暮らしや思いの

真ん中になっているのかもしれないと...





自分さがしそのものを

すっぽり忘れられることを見つければ

いいじゃん⁈^^



そう


お義母さんはきっと

自分のいのちを

指折り数えてしまっている


だから

そんなお義母さん自身を

すっぽり忘れられるなんていうことは

できることじゃないかもしれない


びっくりするほど後ろむきなときも

対面するぼくらは

その後ろむきを

さりげなく受け流してあげないと

いけないんだろうと感じるのです