韓流時代小説 後宮秘帖~逃げた花嫁と王の執着愛~そなたが殺したいほど愛しい。王は嫉妬に駆られ激怒 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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 小説 後宮秘帖~逃げた花嫁と王の執着愛~

  第二話  Scandal(醜聞)~風灯祭の夜に~

 

~こんな私があなたの側にいても良いのですか~

 

-それは「ひとめ惚れ」から始まった初恋だった-

二人が出会ったのは11歳。
王になるべくして生まれた少年と、謀略によってすべてを失い、苛酷な宿命を背負った少女。
孤独な魂を持つ二人は運命に導かれるようにして、出会った。

 様々な試練や障害を前にしながら、互いを想い合うがゆえに、すれ違い傷つき合う若い二人。
 果たして、二人は幼い日に芽生えた初恋を実らせることができるのか?

 

 登場人物
  イ・ソン(李誠)-後の国王・知宗  
  シン・チェスン(申彩順)-後の貞順王后(チョンスンワンフ)

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「ありがとう、ナクスン。お前を助けるためには、恐らくは、その両班の男が重要な鍵を握るはずだ。もう少し思い出してくれ。両班であること、その他に何か手がかりはないか?」
 ナクスンは首を傾げた。
「そうでさねぇ。そいつは無類の女好きの遊び人でもあったようです。奥さまはよく俺と一緒の時、悔し紛れに言ってましたから」
―私という存在がいるのに。
 流石にジヨンの前であからさまな言い方はしなかったが、夫人はナクスンと身体を重ねている最中にも、そんな科白を口走ったらしい。
 ああ、と、ナクスンが思い出したように言った。
「その両班には、深間になった妓生がいるということでした。奥さまは、その妓生を眼の敵みたいにしていましたっけ」
「それで、その妓楼の名は判るかい?」
 質問に、ナクスンはまた眼を閉じた。
「うーん、何だったっけか。ファ、ファ―、そうだ、花水楼とか言ってました」
「よく思い出してくれた、ナクスン。これで、お前をここから出してやれるかもしれない」
「お願いしまさ、若さま。俺は本当に奥さまを殺しちゃいません」
 また泣き出したナクスンを励まし、ジヨンが立ち上がった。
 その時、通路の向こうから、牢番が歩いてくるのが見えた。
「そろそろ時間です」
「判りました」
 チェスンが頷き、二人は牢番の後に続いて狭い通路を歩いて、また元来たときと同じように戻った。階段を上がれば、そこが牢の入り口となる。
 夕刻近くまで降り続いた雨は既に止んでいた。
 外に出た刹那、月の光が差してきて、チェスンは夜にも拘わらず眼を細めた。わずかな灯りしかない牢内は、それほどに暗かった。
「チェスン」
 ジヨンが泣き笑いの表情で言った。
「ナクスンがよもや母に本気だったとは、こここに来るまで僕は考えもしなかった。母が年下の下男と深間になっていたなど、怒るべきだろうが、真実を知って、いささか救われた想いがしている。母を性欲のはけ口や玩具としてだけ見ている男ばかりではなかった。一人の人間として見て愛した男がいた、それを知っただけで救われた気がする。こんな考え方をする僕は、どこかおかしいのかな」
 チェスンは首を振った。
「そんなことはない。私は側で話を聞いていただけだけど、ナクスンが奥さまを真剣に恋い慕っていたのは伝わってきたもの。上手く言葉にできないのがもどかしいけれど、あなたの言いたいことは判る」
「ありがとう、チェスン。君のお陰で、重要な手がかりが掴めた。母を一人の女として真剣に愛してくれたナクスンのためにも、僕は何としてでも真犯人を見つけ出してやる」
「乗りかかった船よ、私も協力するわ」
 ジヨンが差し出した手をチェスンが握ろうとしたその時。
「そこまでだ」
 突如としてしじまを震わせた声の主は、ゆっくりと近づいてくる。
「チョ―」
 思わず〝殿下〟と呼ぼうとして、チェスンは寸でのところで押しとどまった。最悪だった。まさか、ここにソンその人が登場するとは。考えてみれば、ここは宮殿にも近いし、そもそも今夜、チェスンたちが補盗庁の牢に入れたのは、ソンが話を通してくれたからなのだ。
 ソンがここに来ると考えなかった方がおかしい。チェスンは事件を解き明かす手がかりが掴めたことに有頂天になり、余計にそれを忘れていた。
 ソンは蒼色のパジを纏っている。いつもの町に出るときのお忍び姿である。ということは、今はジヨンに国王であるということを知らせるつもりはないのだ。迂闊に殿下と呼ぶなど、もっての外だろう。
「殺された女は多情だった。その女を殺した犯人を突き止めようと躍起になっているそなた自身が淫乱な浮気女だとは、笑えるな」
「なっ」
 チェスンの可愛らしい顔が真っ青になった。
「なるほど、間男のために、そなたはあんなにも一生懸命に俺に懇願したのか?」
「違います、私は別にそんな」
 言いかけたチェスンの手をソンが摑んだ。
「申し開きは後でゆっくり聞いてやる。来るんだ」
 だが、チェスンはその場に脚を突っ張った。
「お願いです、私の話も少しは聞いて下さい」
「一体、何を聞けというんだ? その男とそなたがどれだけ楽しく過ごしたか、甘い時間だったかを俺に聞けと?」
 烈しい眼で睨まれ、チェスンは膚が粟立った。
―怖い。
 今夜のソンは、別人のように怒っている。どうやら、ジヨンとチェスンが浮気したと勘違いしているようなのだが、誤解も良いところだ。そこでハッとした。
 もしかして、ソンはジヨンと色町に出かけたこともすべて知っている?
 ソンが普段、好きにさせてくれているというより、自由を認めてくれているのは、自分を信じてくれているからだと思い込んでいた。けれど、実際はどうだったのか。ソンは最初から、自分に監視をつけていたのだ!
 王の護衛官を甘く見てはいけない。よく訓練された武官であると同時に、王命によって自在に姿を変えて間諜にもなることができるのだ。恐らく、民に身をやつした護衛官がチェスンの後をつけていたに違いない。
 そして、護衛官からすべて王にチェスンの行動の逐一が報告されていた。だとすれば、ソンが誤解しているのも納得できる。護衛官は建物の外で見張っていたろうから、彼らが見たのは、チェスンとジヨンが妓房に入っていったところだけだ。
「これには理由あって」
 縋るように見つめるチェスンを冷たい瞳が眺め降ろしていた。
「言い訳なら別の場所で聞くといったはずだ」
 問答無用とばかりにチェスンの手を握りしめ、引きずってゆこうとする。
「痛い、そんなに力を入れたら、痛いわ」
 手首に走る激痛に、思わず悲鳴を上げる。
 ソンとチェスンの力では、所詮比べるべくもない。どれほど力を込めて脚を踏ん張ってみても、チェスンはずるずるとソンに引きずられてゆくことになる。
「待て」
 ジヨンが我に返り、慌てて追いかけてきた。ソンの前に立ちはだかり、叫ぶ。
「彼女は嫌がっているだろう」
「夫婦の間のことに他人は口出しするな」
 ソンが冷たい口調で言い放つ。まるで突き放すかのような言い方に、チェスンはゾワリと背筋に氷塊を当てられたような心地だ。
 こんなに怒ったソンを見たことがない。本当に優しい人が怒ったら、こんな風になるのだ。まさに、その良い例としか言いようがない。
「夫婦?」
 ジヨンが惚けたように口を開き、チェスンとソンを交互に見た。
「そういうことだ。これは我々夫婦の問題ゆえ、そなたは口出し無用だ」
 それでもまだ、ジヨンは俄には信じられなかったようだ。次いで視線をチェスンに移した。
「本当なのか?」
 チェスンが頷くと、ジヨンががっくりと肩を落とした。
 チェスンは最早抵抗はしなかった。ソンは国王だから、その気になれば何でもできる。今はまだ激怒している最中だし、ジヨンとチェスンの関係を誤解しているから、万が一、ジヨンに累が及んだら大変だ。
 チェスンが大人しくなったのに気づいたのか、ソンが摑んでいた手を放した。そっと袖を捲ると、掴まれた痕がうっすらと残っていた。道理で痛いはずだ。
 ソンは黙ったまま、大股で歩く。宮殿の敷地内に入っても、チェスンはまるで役人に連行される罪人のようにソンの後を追うしかない。ソンはチェスンに与えた殿舎の手前まで来て、階を昇った。王の訪れに、扉前に控えていた女官が慌てて両側から扉を開ける。磨き抜かれた廊下を歩き、居室に通じる扉まで来ると、また待機していた女官が扉をサッと開けた。崔尚宮が心配そうにソンとチェスンを見たが、何も言わなかった。
 居室に通ずる扉を開ければ控えの間があり、居間になる。
 ソンと二人きりになるのが怖い。無意識の中に控えの間にとどまろうとしていたところ、ソンに身体を強く押された。突き飛ばされたも同然で、チェスンの華奢な身体は床に転がる。ソンが後ろ手に扉を閉めた。
「では、ここで存分に申し開きをしてみるが良い」
 チェスンは唇を嚼みしめた。緩慢な動作で身を起こし、ソンの前に立つ。
「殿下は何故、そのようにお怒りになっているのでしょう?」
「その答えを俺に言わせたいのか? そなたがここ半月近く、俺に隠れてこそこそと動き回っていたことを俺が知らないとでも?」
 やはり、と、チェスンは自分の予感が当たっていたのを知った。
「見張りを付けていたのですね」
「見張りではない、王の妃、大切なそなたを守るための護衛だ」
「口でなら、何とでも言えます」
「何だと?」
 思わぬ反撃を受け、ソンがたじろいだ。
「私に疑いをお持ちなら、何故、最初に訊ねて下さらなかったのですか?」
 チェスンが静かな声音で言うと、ソンが嗤った。
「笑止だな。それを言うなら、まず、そなたが俺に最初に打ち明けていたら、事はここまでややこしくはならなかったはずだ」
「そうでしょうか」
 チェスンの挑むような口調に、ソンが息を呑んだ。
「それは、どういう意味だ?」
「確かに、私にも落ち度はありました。最初にすべてを殿下にお話ししていれば良かったし、現にそうすべきかと考えもしました。ですが、今夜の殿下のおるふまいを見れば、たとえ私が打ち明けていたとしても、すんなりと信じて下さっていたかどうか。恐らくは、そんなことは許さないと言われたのではないでしょうか」
「そなた、俺に黙って勝手をしたことを棚に上げて、俺を咎めるのか!」
「咎めてはおりません、ただ、真実を述べているだけです」
 ソンが歯がみするように言った。
「そもそも何故、そなたがあの男のために、そこまで一生懸命になる必要がある?」
 チェスンは押し黙った。気まずい沈黙が室を満たす中、ソンが嘲笑うように言った。
「応えられぬなら、俺が代わりに応えてやろう。そなたがあ奴のために奔走するのは、あの男に惚れているからであろう」
 チェスンが眼を見開いた。
「どうして、そうなるのですか」
「誰かのためにそれほどまでに懸命になるのは、恋情しかない」
 言い切ったソンに、チェスンは唖然として返す言葉がなかった。
「そなたらがどこで知り合ったかまでは知らぬが、あ奴は風燈祭の夜、殺害された女の息子だそうだな。そなたは惚れた男のために、俺を動かしてまで、補盗庁の牢に入りたかったのだろう?」
「殿下は、いつから私に監視をつけていたのですか?」
 自分は何も疚しいことはしていない。ジヨンとチェスンの間に色めいた感情は何もない―少なくともチェスンはそう思っている。
 恐らくはジヨンも同じはずだ。時ここに至っても、チェスンはジヨンの淡い恋心に気づいていなかった。賢いチェスンも、男女の機微にはとんと疎いのである。
 真正面から見つめられ、ソンが気まずげに視線を逸らした。