韓流時代小説 寵愛【承恩】~隻眼の王の華嫁は~王宮で起きた心中事件?国王とセリョンが巻き込まれて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】

~隻眼の王の華嫁は二度、恋をする~

   第二話  夜桜心中

 

 

「そう、今だけは、王と町娘ではなく、ただの男と女でいたい。せめて今だけは、ただのセリョンとムミョンでいられるこの大切な時間に浸りたい」
~遊廓の女将の娘が王様を好きになっても良いの?~

とある国王の御世、都漢陽では旅の一座が上演する仮面劇「王宮の陰謀」が大流行。
翠翠楼の一人娘、セリョンは念願叶って「王宮の陰謀」を見た帰り道、大怪我をして行き倒れていた美しい青年を助けるが-。

人物紹介  
チョン・セリョン(鄭世鈴)-後の貞慧王后
妓房(遊廓)の看板娘。まだ幼い頃からセリョンを水揚げさせて欲しいと願う客が殺到するほどの美少女。外見を裏切るお転婆娘。明るく、落ち込んでも立ち直りの早い憎めない性格。 

ムミョン(無名)-王世子(世弟)・後の国王英宗
自らを「無名」(名無し)と名乗る謎の男。雪の降る冬の夜、深手を負っていた彼をセリョンが助ける陰のある美男なところから、翠翠楼の妓生(遊女)たちに絶大な人気を集める。隻眼ということになっているも、実は碧眼と黒目のふた色の瞳を持つ。

☆貞順大王大妃(シン・チェスン)-韓流時代小説「後宮秘帖~逃げた花嫁と王執着愛」主人公。
三代前の国王知宗の正室。王室の最長老であり、後宮の最高権力

者。


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  漆黒の夜桜

 

 闇がどこまでも深い、底なしの夜が続く静かな夜であった。いや、静かなという形容はこの場合、あまりふさわしいとはいえないかもしれない。確かに静かではあるのだが、どこか不気味な静寂を孕んだ―闇の奥底で得体の知れぬ魔物が息を潜めて獲物を待っているような危うさを秘めた静けさだった。
 静寂の中、小さな明かりが地面をほのかに照らし出す。よくよく見れば、丸顔にまだどこかあどけなささえ残した内官が怖々と手にした提灯を左右に動かしているのだった。年の頃は漸く二十歳になるかならないか、小柄な内官は引きつった顔で、忙しなく周囲を見回している。
 本来であれば、深夜の見回りは二人ひと組で行うと相場が決まっている。しかし、今夜に限って、相方が急な腹痛で寝込んでしまい、彼は一人でこの闇夜の中、見回りに出なければならなくなった。
 内官は大きな息を吐き出した。ここは広い王城内でも奥まった部分、いわゆる後宮と呼ばれる区域である。言わずと知れた王の女たちが集められている場所だ。
 とはいえ、現王英宗は二十歳、いまだ定まった妃はおらず、正妃どころか側妃さえいない状態だから、後宮はがら空きだ。中殿(チュンジョン)と呼ばれる王妃がいない現在、後宮の長は三代前の王の中殿であった大王大妃(テーワンテービ)であり、次が先王、つまり英宗の兄晋山君の妻たる大妃である。
 晋山君は公的には気鬱の病―持病が悪化して退位したといわれているが、実のところ、先王、つまり実の父聡宗を暗殺して王位に就いたことが露見、そのために廃されたのである。けれども、英宗は異母兄の罪を公表せず、極力穏便な形で収めた。晋山君は僻地に流刑となり、既に都にはいない。
 前王の廃位の際、本来であれば中殿たる王妃も廃位されるはずであった。が、英宗は前王暗殺にはまったく関わりなかったどころか、知りさえしなかったこの義姉に深く同情した。英宗は前王妃を廃位せず、従って、彼女は大妃としてそのまま後宮にとどまっている。
 この異例の処遇に対し、廷臣たちの間では相当の物議を醸した。
―廃主の正妃を大妃として遇するとは前代未聞ではないか。国王殿下は、何をお考えなのだ!
 回り回って、彼等の間では、とんでもない噂が駆け巡った。
―大妃さまはまだお若く美しい。殿下はもしや大妃さまに恋慕の情を抱いておられるのではないか。
 挙げ句には、既に英宗と大妃が男女の仲になっているのではと勘繰る輩までいた。もちろん事実無根なのではあるが、英宗が取った大妃への処遇は、長い王朝の歴史から考えてもあり得ないことだったのだ。
 晋山君の妻であった明徳王妃は今年、二十八歳になる。良人より二歳年上の妻であり、開国功臣の名家の息女として鳴り物入りで入内した。晋山君がまだ世子であったときに世子嬪となり、即位と共に王妃に立てられた。しかし、肝心の王は妻には冷淡で、あまたの側妾を囲い、王妃の住まう中宮殿には寄りつきもしなかったのだ。
 前王のお気に入りであった寵姫たちとは異なり、慎み深い人柄だ。華やかなものの好きな晋山君には妻が大人しすぎて物足りなかったに相違ない。
 一方の貞順大王大妃は三代前の王知宗の中殿であったひとである。知宗大王は王妃一人を熱愛し、側室を一人も持たない珍しい王であった。鴛鴦(おしどり)夫婦として知られた二人の間には残念ながら御子は産まれず、知宗は早くから養子を迎え、世子とした。それが晋山君と英宗の父聡宗だ。
 三代前の王妃であった貞順王妃は既に六十を超えている。それでも、知宗の寵愛を一身に集めたという類稀な美貌は衰えてはおらず、美しく装っている様はせいぜい四十路ほどにしか見えない。実質的な後宮の長は既に老齢の大王大妃ではなく、明徳大妃ではあるのだが、この大妃は生来慎ましすぎる性格で、後宮の運営にはよほどのことがない限り口は出さず、実権は後宮女官長が握っている。
 正妃どころか側妃もいない現状、英宗の後宮の数ある殿舎は空きが多い。無人の殿舎でも毎日、当番の女官たちが掃除をし窓を開けて空気を入れ換えている。ゆえに、きちんと保たれているはずではあるのだけれど、いかんせん、主のおらぬ建物にありがちなうらぶれた雰囲気はぬぐえなかった。
 もとより廷臣たちは英宗に中殿を迎えるように日々、口を酸っぱくして言上している。が、二十歳の王は適当にのらりくらりと交わすだけで、一向にその気になりそうにはない。
―どうしても中殿さまをお迎えになられないなら、せめて側室を置いて一日も早く元子さまを儲けて下さりませ。
 正室腹でも側室腹でも良いから、要は世継ぎを早く作れとせっついても、これもまた若い王は曖昧に言葉を濁すだけだ。
 王室の歴史も長くなり、歴代の王はけして健康でもなく長生きでもない。このまま御子がいないまま英宗に万が一のことがあれば、廷臣たちはまた世継ぎ問題で紛糾せねばならない。それを見越しての嘆願ではあったけれど、英宗の態度は煮え切らなかった。
 若い内官は、現在、若い国王を取り巻く状況をつらつらと思い出しながら、歩を進めていた。少し離れた前方には無人の殿舎が小心な彼を威嚇するかのようにそびえ立っている。末端の側室に与えられてきたというその建物は本来はさほど広壮ではないはずである。が、闇に覆われた空間にひそやかに佇むその姿は、あたかも内官を待ち伏せる巨大な怪物のようにも見え―。
 彼はまた溜息をついた。
「畜生、ミョンソンのヤツ、何でこんな日に限って腹痛なんて起こすんだ? どうせ夕飯をまた食い過ぎたんだろう、しようのない野郎だ」
 せめて悪態でもついていなければ、恐怖に叫びだしてしまいそうだ。内官は提灯を手に、そろそろと歩いてゆく。
 そういえば、と、今更ながらに、この建物を巡る怪談を思い出してしまった。数代前、この殿舎に起居していた側室が中殿にいびられたのを苦にして、庭の樹で首を吊ったという。嫉妬深い正妻が良人の寵愛を受ける妾をいびる話というのは、何も王室に限らない。当時、王妃は数人立て続けに女児ばかり産み、その側室が第一王子を産み奉った。
 それで、余計に王妃が側室を眼の敵にしたという、これまたどこにでもあるような話である。何しろ、王室の最長老である大王大妃ですら、知らない昔の出来事だ。本当にそんな事件が起こったのかも、若い内官は知らない。しかし、王城内では、そういった怪談話が真しやかに語り継がれている。
 正室にいびり殺された側室だけでなく、政変で暗殺された官吏、無実の罪に陥れられて処刑された罪人、そういった無念の死を遂げた者たちの亡霊が夜な夜な王宮内をさまよっているという。現実として、亡霊を見たという見回りの内官や女官たちは後を絶たず、それがまた余計に噂の信憑性を増しているのだ。
 内官は小首を傾げた。殿舎の前のこじんまりとした庭の片隅に桜が植わっている。四月の初め、桜は満開であった。漆黒の闇の中で、満開の桜は遠目でもほの白く輝いて見える。彼は吸い寄せられるように、桜に近づいていった。
 桜に近づいたその瞬間、彼は見てはならないものを見てしまった。闇の中にすっくと立ち上がった妖しいまでに美しい夜桜、その美しさに溜息をついたまでは良かった。つと視線を花から下に下げた彼の眼に映じたのは、あろうことか、二人の人間だった。
 彼らは桜の樹の下に寄り添い合って横たわっていた。月がある明るい夜ならば、まだしも、こんな闇夜に幾ら何でも桜の下で共寝などするだろうか。しかも今宵は花冷えの夜で、日中も気温が上がらず、冬に逆戻りしたかのような寒さだった。
 彼は訝しみながら、二人の男女に近づいた。王の所有物と見なされる女官は原則、恋愛は禁忌である。とはいえ、現実として王に見初められお手つきとなる幸運に恵まれる女官はほんのひと握りだ。大半は顔もろくに見たこともない国王に操を立てて、花の盛りを後宮という花園で無為に過ごして終わる。
 そのため、女官たちを取り締まる年配の尚宮たちも若い女官が内官や官吏と恋を語らうのを黙認という形を取っているのが現状だ。
 今、彼が見たところ、寄り添い合っているのは女官と内官のようである。仲間内であれば余計にここは注意をしてやり、人目につかない中に去るように促すべきだろう。
 黙認されているとはいえ、堂々と後宮内で女官と同衾(この場合、両者とも着衣の乱れもなく、性的な行為をしていたようには見受けられなかったが)しているのは非常にまずいだろう。
 人の好い彼はつかつかと男女の方に歩み寄り、手を伸ばした。
「おい、起きろ、こんなところで眠り込んでいては良くて風邪を引くか、下手をすれば凍死するぞ」
 だが、横たわった内官は眼を覚まさない。彼は首をひねり、今度は女官に声を掛けた。
「起きなさい、こんなところを尚宮さまに見つかったら大事になるぞ!」
 心もち声を高めても、二人とも微動だにしない。内官は益々不審に思い、更に彼等に身を近づけ、ハッとした。
 ―呼吸(いき)がない。しかも、二人ともだった。念のため、二人の口許に手をかざしても、確かに息遣いはまったく感じられない。
 その時、自分が何を口走ったのか、実のところ、彼は何も記憶していなかった。ただ、悲鳴を上げながら、提灯をそれだけが地獄で縋るもののように握りしめ逃げ出したのしか憶えていない。
 彼は自分の起居する殿舎に逃げ帰り、自室に閉じこもり布団を引き被って震えていた。あまりの恐怖に自分の心ノ臓まで動かなくなってしまうのではないかと、馬鹿げたことを考えた。心のどこかでは、先刻見たばかりの事の顛末を内侍府長(内官たちを統括する内侍府の長官)に伝えなければならないと判っていたけれど、恐怖に歯がカタカタ鳴るだけで、身体は凍り付いたように動かなかったのだ。