韓流時代小説 麗しの蓮の姫~愛、炎のごとく~男に惚れさせても惚れるなー遊女が苦界で生き抜く術だよ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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小説 麗しの蓮の姫~愛、炎のごとく~

~あなたがいなくなったこの世界で、私はどうやって生きてゆけば良いの?~

都漢陽の一角に色町があり、そこには、たくさん妓楼がひしめいている。夜ともなれば、すべての妓楼の軒先に紅灯がともり、昼間の静けさとは全く別の艶やかで妖し世界が出現する。

 その妓楼の一つ翠月楼の女将の養女ジョンヨン(浄蓮)はその名のとおり、麗しい蓮の花のような美少女であった。身よりのない彼女は女将に引き取られて大切に育てられている。いずれは彼女自身も遊女として客に身を売る宿命にあった。
 そんなある日、ジョンヨンは彼女を気に入っている貴族の若様の宴に出ることになった。かねてからジョンヨンに眼をつけている若様は、女将に大金をちらつかせ、ジョンヨンの水揚げは是非、自分にさせるようにと交渉しているらしい。あんな男に抱かれることを考えただけで、鳥肌が立ちそうなジョンヨンだった。
 
 その宴の席で、ジョンヨンは一人、黙々と酒を飲む青年を見かける。鼻持ちならない若様の遊び仲間とは思えない落ち着いた雰囲気に、ジョンヨンはやけに惹かれるが。。。

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 孤独な貴公子
 
 浄蓮は溜息を一つ、つく。
 物想いに耽っていると、つい手の方がおろそかになる。手が滑り、全く見当違いの音を出してしまった。
「浄蓮、一体、どうしたというんだい? 今日はもうこれで何度目の失敗だ?」
 女将の鋭い声が即座に飛んできて、浄蓮は現実に引き戻された。
「申し訳ありません、女将さん」
 まだ妓生見習いではない浄蓮は、女将を〝お義母さん〟とは呼ばない。
「もう一度、最初からやり直しますので」
 伽倻琴をつまびき始めた途端、女将が難しげな顔で首を振った。
「もう良いよ。今日はこれでおしまいだ」
「そんなことをおしゃらないで、もう一度だけ、お願いします! 今度は失敗しないように頑張りますから」
 懸命に言っても、女将は首を振るばかりだ。
「どうも、今日のお前は他所(よそ)事(ごと)を考えてばかりいたようだ。―男かえ?」
 一瞬の沈黙の後、突如として投げかけられた疑問に、浄蓮は眼を見開いた。
「男? 女将さん、私には何がおっしゃりたいのか―」
 女将が鼻で嗤った。
「このあたしを騙そうなんて、お前、十年早いよ。だてに妓房の女将なんてやってるわけじゃない。その純情そうな顔でまんまと騙されるのは、世間知らずの両班の坊ちゃんくらいさ。お前が任家の若さまと随分長い間話し込んでたって、明月(ミヨンオル)が昨日、話してたねえ」
 女将は何食わぬ顔で言うと、浄蓮の反応を確かめるようにじいっと見つめてきた。
 あのお喋り女め!
 浄蓮は心で思い浮かぶ限りの悪態をついてやった。明月とは、この翠月楼一の稼ぎ頭、かつて生意気な口を利いたと、ただそれだれの理由で幼い下男を馴染みの旦那に言いつけて用心棒たちに滅多打ちにさせた女であった。
 歳は十九、確かに美しいには相違ないが、男としての好みから言えば、浄蓮の最も嫌なタイプだ。気位ばかりが高くて、女らしい優しさや細やかさは欠片(かけら)ほどもない。男を誑かす手練手管には長けていても、肝心の妓生として大切な舞や詩歌、伽倻琴といった芸は何一つ満足にできない。どうして、男たちは、あんな薄っぺらな女の外見だけに惑わされるのだろうと、常日頃から疑問に思っている。
 歳は浄蓮と五歳ほどしか違わないが、何しろ、五歳で女将に引き取られ、養女分として育てられたという経緯がある。他の妓生とは違い、女将も格別に眼をかけていて、しかも売れっ妓ときているから、他の妓生たちの中にも誰もこの明月に逆らう者はいない。
 私怨で幼い下男を仕置きさせたときも、他の妓生ならもう少しきつく叱られただろうが、明月がほんのお小言程度で済んだのも、やはり女将の娘分という立場があるからだ―と、皆が噂していた。女将はいずれ、この妓房を明月姐さんに譲るつもりなのさと、したり顔で言い合っている。
 女将自身もまた、若い頃はそれなりに名の通った妓生であった。従って、良人もいなければ、子どももいない。
「それでは、私はこれで失礼致します」
 浄蓮が一礼し、扉を開けて出てゆこうとしたその時。
 女将がまるで明日の天気の話でもするような口調で言った。
「良いかい、いつも、あたしがお前らに話してることを忘れるんじゃない。男に惚れさせても、けしてこちらから惚れるな。客はあたしたちを都合良く使える欲望処理の道具くらにいしか思っちゃいない。本気になっても、後で泣くのはお前なんだからね。それに、秘密が万に一つでもバレちまえば、お前だけでなく、あたしまでこれものさ」
 女将は自分の手のひらで首をトントンと叩いて見せた。つまり、男を女と偽って商売していれば、最悪、詐欺罪で訴えられ商売停止どころか、処刑されて首が飛ぶ―と言いたいのだ。
「その辺のところをよおく肝に銘じておおき」
 はい、と、浄蓮は殊勝に頷いて下がった。
 階段をゆっくりと降りていっていると、下の方にチェウォルが訳知り顔で立っている。
 チェウォルも明月も昨日の梁ファンジョンの宴席に侍っていた妓生たちである。この妓房ではもう一人、チェウォルと同年の妓生がいるが、チェウォルの方が数ヵ月早い生まれなので、ここでは先輩となる。
 昨日は常識知らずのファンジョンのお陰で、一時、気まずい雰囲気になったものの、普段は割とよく話もする間柄だ。
 普通、しょっ中、廓に入り浸っていれば、この世界での常識、客としていかにふるまうべきかを自ずと身につけているものだが、ファンジョンは〝通〟どころか、無粋極まりない。
「大分、しごかれたみたいね」
 小声で囁かれ、浄蓮は肩を竦めて頷いた。
「はい、それはもう、たっぷりと」
 大袈裟な物言いがおかしかったのか、チェウォルはクスクスと笑いながら言った。
「階下(した)に皇氏の若さまがお見えだよ。本当にもう、嫌な娘(こ)よね。あれほど良い男がいながら、任氏の若さままで今度は手玉に取るなんて」
「ちょ、ちょっと。チェウォル姐さん、そういう言い方は止めて下さいといつも言ってるでしょう。皇氏の若さまとは、そういう仲じゃないんですって何度言ったら判って貰えるんですか?」
 浄蓮がムキになるほど、チェウォルの笑い声が高くなる。コホンと、二階から女将のわざとらしい咳払いが聞こえ―。
 若い二人の娘たちは気顔を見合わせた。
「女将さんが怒ってるわ。じゃあ、あたし、行くね。あんたも早く行って上げな。若さまは、もう一刻も同じ場所でお待ちだからね。あたしが幾ら上がったらって勧めても、顔を紅くして〝結構です〟ってさ。全く二十歳にもなって、いまだに妓房に上がったこともないだなんて、今時、珍しいを通り越して、どこかおかしいんじゃないかって思っちゃうくらい」
 などと、当の秀龍が耳にすれば、〝心外な〟と、怒り出すようなことを言っている。
 コホン、また咳払いが聞こえ、チェウォルは〝じゃ〟と目配せして急ぎ足で階段を駆け上っていった。
 ちなみに、翠月楼で浄蓮の秘密を知っているのは女将だけだ。他の妓生も誰一人として知らない。女将はまた、皇秀龍が浄蓮の庇護者であると共に、浄蓮を妓房に送り出したことについて、秀龍が慚愧の想いに耐えかねていることまで知っている。
 秀龍が律儀に翠月楼を訪ねてくるのは、むろん、義弟の身を案じてのことだが、傍目にには秀龍は浄蓮の恋人として認識されている。幾ら、浄蓮が噂を否定しても、だ。
 妓生たちの男関係には―馴染みや客は別として―厳しい監視の眼を光らせている女将が秀龍の存在を黙認しているのは、すべての事情を知っているからであった。それが、他の妓生たちには〝皇氏の若さまは、女将も公認の浄蓮の恋人〟ということになっている。
 階下にゆくと、当然ながら、秀龍の姿はそこにはなかった。やはりと思いながら、いかにもくそ真面目な兄貴らしいと誇らしいような、嬉しいような気持ちになる。
 自分は妓房で働きながら、秀龍には一生涯、妓房に上がって金で女を買うような薄汚い男にはなって欲しくない―、秀龍にそう望むのは身勝手な我が儘だろうか。
 やがて、義兄も運命の相手にめぐり逢うときが来るだろう。そのときは、その娘を生涯にただ一人の想い人として、一生、愛おしんで欲しいと思う。