韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~そなたは遊廓の娘だー敵意むき出しの幼い側室に王妃は | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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「あちらの方々がここまでおいでになるとは限りませんし」
 このときばかりは、セリョンも声の主が四阿を避けて別の場所に行ってくれるのをひそかに願った。
 いつものセリョンであれば、誰であろうと鉢合わせして悪いとは思わない。が、何故か、このとき嫌な予感がしたのはセリョンだけではなく、ホンファも同じだったようだ。ざわめきは次第に近づいてくる。セリョンとホンファは視線を合わせた。
 紫陽花の茂みに囲まれた小道を賑やかな集団がゆっくりと移動し、こちらに向かってくる。今日もあの派手派手しい目立つ天蓋を掲げているので、そも誰なのかはすぐに判った。
「華嬪さまですね」
「そう、みたいね」
 寄りにも寄って、久しぶりの散策で華嬪に遭遇するとは。セリョンは華嬪を嫌いというわけではないけれど、向こうがセリョンを憎んでいるのは十日前の一件でも丸分かりだ。憎んでいるのが言い過ぎなら、対抗意識を燃やしているといえば良いのか。
 現実として、セリョンは華嬪をそこまで意識しているわけでもないし、ましてや憎んでも嫌ってもいなかった。十九歳のセリョンにとって、十五歳の華嬪は妹のような歳だ。翠翠楼にも童妓(一人前の妓生になる前の見習い)は何人かいた。大抵は華嬪くらいの歳頃の少女が多く、更に幼い子もいた。
 親元を離れて技芸の修練を積み、やがては多くの客を取るようになる遊女になる不安に、物陰でひっそりと泣く娘もいたのだ。セリョンはそんな幼い少女たちを見かける度に優しく慰め、時には女将である母には内緒でお菓子を分け与えたりしていたものだ。
 童妓たちはセリョンを姉のように慕っていた。
 華嬪はたった十五歳で祖国を離れ、皇帝の命令で朝鮮にやって来た。華嬪が遠い異国で頼りにするのは、後にも先にもただ一人、良人となった英宗だけだろう。しかも大国の姫が冊封国、つまり格下の国に嫁いだのだ。にも拘わらず、王には既にセリョンという妻がいて、華嬪は王妃にはなれず、セリョンの下位に甘んじている。
 まだ子どもと言って良い華嬪がセリョンに必要以上に敵愾心を燃やすのも理解はできるような気がする。―などと言えば、ホンファは呆れ顔で
―中殿さまはお人が好すぎます。
 と、また不平を言うに違いない。
 けれど、どう見ても、華嬪は十五歳という実年齢よりは幼く見える。たった一人、異国で心細い身の上の華嬪を大らかな心で受け止めるのは年上である自分であるべきだと思う。
 だから、華嬪がいつものように顎をつんと逸らして四阿に入ってきたときも、セリョンは素早く立ち上がり、淡く微笑して迎え入れた。
「ご機嫌よう、華嬪さま」
 通常、王妃が側室に対して〝さま〟と敬称をつける必要はない。しかし、セリョンは大国の皇女である華嬪に対して敬意を払うべきだと考えていた。
「ご機嫌いかが、中殿」
 華嬪は負けじと声を張り上げる。この時点で、ホンファが息を呑んだのがセリョンにも判った。王妃が側室に敬称をつける礼儀を示すなら、側室が王妃に対して〝さま〟をつけるのは更に大前提である。だが、年若い華嬪は堂々とセリョンを〝中殿〟と呼び捨てにした。
 この国で王妃を〝中殿〟と敬称抜きで呼べるのは王もしくは格上の大妃や大王大妃のみだ。
 しかし、セリョンは動揺はおくびにも出さず、奥の腰掛けに座った。
「長歩きされて、お疲れなのではありませんか? こちらでお休みなさいませ」
 鷹揚に言えば、華嬪は必要以上に口角を上げ、取ってつけたような笑みを貼り付けた。
「わらわは結構、清の皇帝陛下のお庭は朝鮮の王宮の比ではなく、立派なものだ。これしきの庭、歩いたからとて何ということもない」
 到底目上の者に対する言葉とも思えず、ホンファはもう頭から湯気を噴きそうになっている。
 既に朝鮮王の妻となった身でありながら、いまだに祖国を褒め称え、この国を蔑む発言をする。どれだけ愚かなことをしているのか、若い皇女は気づいていないのだ。
 華嬪はしばらく輝く蓮池とセリョンを交互に見ていたが、やがて鋭い視線がセリョンを射貫いた。セリョンは華嬪の敵意丸出しの視線も平然と受け止めている。
「時に中殿、わらわが嫁すまで、国王殿下のそなたへの寵愛は周囲の者が眼をそばだてるほどであったそうな」
 不躾すぎる話を振られても、セリョンは相変わらず落ち着き払っている。
「そのような噂がありましたか? 生憎と私は存じませんでした。何分、人の口から口へと囁かれる他愛ない噂ゆえ、そのように仰せられても、一体何が真実で、何が真実でないのかは判りかねます」
 煙に巻くような返答に、華嬪がウッと言葉に詰まっている。ホンファは人の悪そうな笑みを湛え、華嬪をしてやったりと眺めていた。
 華嬪は態勢を立て直し、殊更胸を張った。
「おお、わらわは間違いなく、そのような噂を耳にしたぞ。殿下のそなたへの寵愛は我が国がはるか昔、唐と呼ばれておった時代の玄宗皇帝と楊貴妃もかくやというものであったとか」
「まさか」
 セリョンはこの途方もないたとえ話には笑いを堪えられなかった。何を勘違いしたのか、華嬪は我が意を得たりとばかりに得々と言い出す。どうやらセリョンを言い負かしてやったと思ったらしい。
「中殿は賤しい身分の出ゆえ、もしや玄宗皇帝と楊貴妃の逸話を知らぬのか?」
 これにはホンファが黙っていなかった。
「畏れながら―」
 言いかけたホンファをセリョンは視線で抑えた。
「確かに私は建前上は右相大監の娘となっておりますが、真実は妓生の娘です。さりながら、妓生の娘でも一通りのことは学んでおります。華嬪さまのお国でも同じではありませんか? 芸妓は何も春をひさぐだけではありません。殿方とも対等に政治談義もできるように、技芸はむろん詩歌、楽、政治向きのことまでありとあらゆる道を究めるべく幼い時分から厳しい修練を積みます。皇帝陛下、国王さまのお相手もできるだけの教養を積むのが芸妓の本分なのです。ゆえに、わが国の妓生は華嬪さまの祖国の歴史についても、すべてきちんと学んでいることでしょう」
 妓生が遊女であるのを認めながらも、たとい皇帝の相手を務めたとしても恥じないほどの知識と教養、引いては品格を持つのだとセリョンは言ってのけた。見事なまでに言い返され、華嬪は鼻白んでいる。
 完膚無きまでにやり込められて、よほど悔しかったようだ、華嬪はここぞどばかりに言った。
「楊貴妃の色香に血迷った愚かな皇帝は、結局、国を傾け恐ろしき戦乱を引き起こした。中殿はそれほどのご寵愛を殿下から賜りながら、いまだお世継ぎをあげることも叶わないというではないか。ご寵愛が厚いという噂と共に、そなたが石女であるという噂もわらわはしかと聞いたぞ」
 しばらくセリョンから言葉はなかった。華嬪は今度こそ、やり込めることができたと得意げになっている。
「お言葉ですが、華嬪さま。私は子を産めない身体ではありません。後宮に入ってすぐに身籠もりましたが、流産したのです」
 静かな、どこまでも静かな声音だった。華嬪がハッとした。どうやら流産のことまでは知らなかったようである。
「わ、わらわは」
 思わず口ごもった華嬪に、セリョンは静謐な声音で断じた。
「それから、楊貴妃は妓生の娘ではありません。私と楊貴妃を同格に論じられても意味はないと思います」
 セリョンは立ち上がった。これ以上、この世間知らずの権高な皇女と話していても、不愉快になるばかりだ。流石に忍耐強いセリョンも我慢の限界が近くなっていた。