韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~俺の大切な王妃を傷つけたら許さぬー王の冷酷な言葉に | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 翌朝、王は華嬪の暮らす殿舎を訪ねた。清国の皇帝を後ろ盾に持つ華嬪には、後宮の中でもひときわ壮麗な殿舎が与えられている。
「いらっしゃいませ」
 殿舎前に控えている尚宮が王のおとないを告げるや、華嬪は階を子鹿のように駆け下りてきた。こういうところはまだ子どもなのだなと、英宗は冷静に観察する傍ら、皇女の無邪気さを可愛いものだとは思う。
 ただし、それは男と女の情ではなく、年の離れた妹に対して兄が抱くようなものに近い。華嬪の黒い瞳が輝いている。自分の感情を隠すことなど、思いも寄らないのだろう。王族の姫としての育ちゆえか、それともまだ幼いゆえなのか。
 流石に男女の機微に疎い王にも、年若い皇女が自分に向ける恋情は自覚できた。いや、恋情と呼ぶには、それはあまりにも幼く、憧れに限りなく近いに相違ない。身近に親族以外の男がいたはずもなく、深窓で育てられた令嬢にはありがちのことで、初めて出逢った若い男に対して物珍しさからくる憧れを恋とはき違えることはままある。
 もっとも、その二人が夫婦として暮らすのなら、それは悪いことではない。恋と錯覚した憧れも長い年月の間には真実の愛情にまで育つこともあるだろう。
 ただし、その場合、男の方に他の女がいない場合に限ってだ。英宗は既にセリョンという生涯の想い人がいる。たとえこの先、どのような女が現れようと、彼の心が他に移るはずがなかった。
 実のところ、華嬪の処遇に関して、彼は大いに悩んでいる。皇帝の心証を慮って後宮にひとたびは迎え入れたものの、この先、華嬪を抱く気はない。これが自国の両班家の令嬢なら、相応の王族か臣下の許に再嫁させるという方法がある。無垢なままの娘を既に王のお手つきとして〝下げ渡す〟という形になってしまい、娘の名誉を守ってやることはできない。が、女として花咲くこともないまま後宮で散るよりはよほど当人にとっては幸せだ。
 そう考えるのは王である自分の思い上がりだろうか。
 せめて自分にできることは、華嬪が生涯不自由なく暮らし、望みはできるだけ叶えてやるくらいのものだ。もちろん、褥は共にせずとも、こうしてたまに訪れて話をする程度の関係まで否定するつもりはない。
 半月ほど前、華嬪が初めて大殿の寝所に伺候した。対外的にはその夜、英宗は華嬪を〝抱いた〟ことになっているが、その実、二人の間には何も起こらなかった。王と華嬪は大きな寝台でただ並んで朝まで過ごしただけだ。
「元気にしていたか?」
 彼は出迎えた華嬪と共に殿舎に入り、彼女の居室に落ち着いた。極彩色で四季の花を描いた見事な衝立の前に華やかな牡丹色の座椅子がある。王がそこに陣取ると、華嬪は文机を挟んでやや下座にしとやかに座った。
 紫檀の丸卓には清国渡りの大壺、壺には姫金魚草の大振りな花束が活けられている。どれも淡いピンクの花ばかりだ。螺鈿の違い棚といい、すべては華嬪が清国から持ち込んだものばかり、流石に大国の技術の粋を凝らした名品である。
 英宗は違い棚にさりげなく置かれた青磁の香炉を見るとはなしに見つめた。表面に精緻な模様が丹念に刻み込まれている。見事な職人技である。
 視線をおもむろに動かし、彼は華嬪を見やった。
「顔色も良いようだ。我が国の風も慣れてみれば、満更ではなかろう」
「はい。食べ物もとても美味しく頂いていますし、殊に宮廷の庭園は四季の花が咲き乱れ、訪れるのが愉しみです」
 昨日、華嬪はセリョンの前で祖国清の庭園に朝鮮の王宮庭園は及ぶべくもない―などと言ったのは既に忘れている。今はただ、この少女は眼前の若く凛々しい王に自分を見て貰いたい一心なのだ。そのためには、心にもないお世辞をすらすらと口にするのに躊躇はない。
「それは良かった。もっとも、虎の額のごとき清国の庭園を見慣れたそなたには、我が国の庭は猫の額にしか見えまい」
 華嬪の白い顔が一瞬、紅くなった。流石に今の王の言葉で、我が身が昨日、王妃に放った侮蔑の言葉を思い出したのだ。
 王は呟き、つと立ち上がる。そのまま窓際の丸卓に近づいた。卓の上の壺もまた名品と呼ぶにふさわしい芸術品だ。表には船に乗った仙人が大河を渡ってゆく図が藍色一色で描かれている。恐らくは唐の頃の故事にちなんだ図柄だろう。
 そう、確かに清は綿々と歴史を紡いできた大国だ。けれど、我が国にも引けを取らない誇るべき長い歴史がある。英宗は大壺に投げ入れられた姫金魚草を一本だけ抜き取り、唇を寄せた。
「愛らしい花だ。蝶ならば、思わず吸い寄せられずにはいられない」
「殿下にそのようにおっしゃって頂いて、嬉しく思います。私もその花が大好きなのです」
 だが、と、彼が含み笑った。。
「どんな美しき花もどこに恐ろしい毒を隠し持っているか判らない」
 英宗はひそやかに言い、華嬪の前で姫金魚草の茎をパキリと真っ二つに折った。
 あまりのなりゆきに、華嬪の愛らしい顔が蒼白になる。王は無残に折れた花を華嬪に掲げて見せた。
「自分の大切なものを傷つけられたら、皇女も哀しいだろう。朕も同じだ。大切なものを傷つけられたら、哀しいし腹が立つ」
 この若い王は隻眼ゆえに、いつも眼帯をかけている。今、眼帯に隠されていない方の漆黒の瞳が華嬪を絡め取っていた。
「これだけは憶えておいてくれ。朕はそなたに妃としての処遇を与え、望みがあれば何なりとできることは叶えよう。ただし、万が一、そなたが朕の大切なものを傷つけるようなことがあれば、そのときは容赦はしない。たとい清国皇帝の怒りに触れようと、朕はそなたを清国に送り返し、皇帝に闘いを挑むことも躊躇わない。そうなれば、無用な血が流れることになる。人の妻となる歳であれば、愚かなふるまいは慎むべきではないか、華嬪」
 長居は無用と立ち上がった王に、華嬪は悔しげに顔を歪めた。年若い皇女は、最早、王の前で取り繕うことさえできずにいる。
「それほど中殿さまが大切なのですか?」
 王は一切応えず、振り向きもせず出ていった。室に取り残された華嬪は蒼褪め、その場にへたり込んだ。
 切れるほど唇を強く噛みしめる。悔しさのあまり、眼の前が怒りで紅く染まりそうだ。
「所詮は弱小国の王ではないか」
 出ていったばかりの英宗に向けて憎しみの言葉を吐いたものの、華嬪自身が何より言葉は心底から出たものではないのを知っている。
 何故なら、華嬪はあの精悍な隻眼の王に恋してしまったから。祖国とこの国の拘わりなど、どうでも良い。彼女はただあの王の瞳に自分だけを映して欲しいだけだ。けれど、王の瞳に映るのは目下、華嬪ではなく、あの忌々しい遊廓上がりの王妃だけだ。
 確かに美しい女ではある。華嬪の生まれ育った清国どころか、美姫を集めて名高い清皇帝の後宮にでさえ、朝鮮の王妃ほどの美貌はいない。昨日は蔑み半分皮肉半分で、王妃を楊貴妃に例えたが、あれはあながち偽りとはいえまい。白雪膏のようななめらかな肌、輝く黒曜石の瞳は冴え冴えと輝き、唇は朱を点じたかのような清らかな美貌は、さながら夏に咲く蓮花を彷彿とさせる。
 悔しいが、王妃を大嫌いな華嬪もあの女の類稀な美しさを認めないわけにはゆかなかった。
 王妃は今年、十九だという。花であれば、まさにこれから開こうとする大輪の花で、既に花開いた女の艶やかさ、そこはかとなき色香が香り立つような美しさだ。それも華嬪がかつて清の後宮で見たような皇帝の女たちとは根本的に違う。
 彼女らは触れなば落ちんといいたげな、男を意識し媚を売る類の美しさだった。果実ならば熟しきって、手を触れずとも落ちてくる。己れの美しさを嫌というほど意識し、武器にしようとする、あざとさが透けて見える。
 しかし、王妃は違った。清冽な色香とでもいうのか、良人である王の気を引こうとなど髪の毛ひと筋も考えたことはないのだろう。また自分のこの世のものとも思えぬほどの美貌も自覚していない。そういう凛とした美しさがかえって王の心を引き寄せるのだ。
 幼くとも、華嬪は清の後宮でたくさんの男女の駆け引きを見てきた。王妃の媚びない凜とした美しさが王の寵愛を受ける最大の要因なのだとは理解していた。