韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~清国皇女の立后を望むー皇帝の勅書が朝鮮に嵐を呼ぶ! | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 まさに咲き誇ろうとする花の王妃に比べ、十五の自分はあまりにも子どもだ。美しさでは華嬪も王妃ほどではなくても、そこまで負けてはいないという自負はある。けれど、あの花が開こうとする少女期から大人の女へと脱する時期ならではの危うい色香は、まだ子どもの域を抜け出せない華嬪に出せるものではない。
 華嬪は力任せに結い上げた髪から、簪を引き抜いた。それは後宮入りしてまもなく、王から贈られた簪だった。蓮花を象った珊瑚の簪である。
「こんなもの!」
 意のままにならない王への怒りを込めて投げつけようとして、彼女の顔が泣きそうに歪んだ。
 ―できなかった。大好きな男、初めて恋した男なのだ。
 だからこそ、王妃が憎い。あの訳知り顔の女さえいなくなれば、凛々しい王は自分だけを見てくれるはずだ。
 英宗の心を独り占めしているからだけではなく、華嬪はあの女が嫌いだ。この世のすべての道理を知り尽くしているとでも言いたげな、あの善人面を見ているだけで虫酸が走る。できることなら、あの女の髪を引っ張ってやり、頬を打ってやりたい。一度では足りない、何度でも叩いてやりたい。
 それほど、王妃への憎悪は深い。自分の中に、こんなにも誰かを憎む黒い感情があるだなんて、考えたこともなかった。
 華嬪の父は現皇帝の遠縁に当たった。清国での名を〝愛新覚羅紅櫻花(ホンインファ)〟という。この名前も皇帝が自ら付けてくれたもので、彼女は気に入っていた。華嬪が宮殿に引き取られたその日、皇帝お気に入りの庭園で美しい紅垂れ桜が満開になっていたからだという。
 元々の名前があったはずだが、畏れ多くも皇帝直々に与えられた名前だと、こちらが以降の本名となった。ゆえに、彼女は生後十カ月からこの名前を名乗っている。
 詳しくいうと、彼女の祖父が皇帝の従弟に当たる。血縁といっても極めて薄いものではあるが、実父はまだ華嬪が母のお腹の中にいるときに亡くなり、母も実家に出戻って他家に再嫁した。そのため、生後まもなく両親を失うも同然の彼女を憐れみ、皇帝が養女として引き取ったのだ。
 それゆえ、彼女は清国の後宮で育った。立場は皇帝の〝孫娘〟、公主という尊い立場だ。皇帝は齢六十を過ぎても知略に富み、苛烈な性格で知られている。英雄色を好むとの諺どおり、後宮には数百人の美女がひしめいている。正式に侍妾と認められた側室だけでも百人以上はおり、華嬪はたった一人の男が数え切れないほどの女にかしずかれるのを当然だと信じて育ってきた。
 なのに、朝鮮の王と王妃は自分たちだけの世界を作り、華嬪は立ち入る隙もない。形だけは後宮入りしてれきとした側室になったが、その実、英宗は華嬪の手さえ握ったことはないのだ。そんな薄情な男を好きになった我が身も愚かといえば愚か極まるが―。
 彼女は王から贈られた蓮の簪を握りしめた。堪え切れなかった涙がひと粒、薄紅色の蓮の上に落ちた。
 
 
  心に走る漣(さざなみ)
 
 
 暦は五月に入り、少なくとも表面上は穏やかに過ぎていった。しかし、内実は多くの波乱を含んでおり、朝廷には一触即発の張り詰めた空気が満ちている。というのも、ひと月前に正式に側室となった華嬪の処遇について、朝廷で揉めに揉めているからであった。
 英宗は相変わらず、はっきりとした態度を示さない。臣下たちは、いつまでも清国の王族の姫を側室のままにしてはおけないと御前会議では喧々囂々とやり合っている。
 一方で、幾ら皇帝に押しつけられたからといって、自分たちが立てた王妃をその座から降ろし、華嬪を新たな王妃に立てるのは断固反対との少数派も存在した。
―そのようなことを致せば、ますます清の台頭と好き勝手を許すことになる。中殿さまは国王殿下もお望みになり、我らが立てた、れきとした朝鮮の王妃ではないか。
 少数派の言い分ももっともではあり、何より国王自身が沈黙を貫いていることが余計に事態を紛糾させている。
 そんな中、清国から早馬が到着したのは五月の半ば過ぎであった。使者は皇帝からの勅書を携えており、朝鮮王の返答を三日以内に得て持ち帰るように厳命されているという。
 勅書は定例の御前会議で使臣から英宗に手渡され、彼はその場で眼を通し、廷臣たちの筆頭に立つ領議政に渡した。王に次いで勅書を読んだ老臣は眼をひき剝いだ。それほど衝撃的な内容であったことは明白で、滅多と動じない沈着な王もまた蒼褪めていた。
 更に領議政から一同に勅書の内容がかいつまんで報され、その場にいた者たちもまた色を変え、剣呑な様子で互いにひそひそと囁き合ったのだ。
―国王殿下がいつまでも煮え切らない態度をとり続けられれば、この国は清に攻め滅ぼされるぞ。
 英宗は動揺する廷臣たちを尻目に、さっさと大殿に引き上げた。執務室に籠もり、大殿内官にはしばらく誰が来ても取り次がないようにと命じている。
 巻紙様の勅書を開き、彼は再度ゆっくりと読んだ。何度読んでも当たり前ながら、内容が変わることはない。皇帝ははっきりと書いていた。
―清国皇女、紅櫻花の立后を望む。
 つまり、華嬪を王妃に立てよという皇帝直々の命令なのだ。勅書には現王妃の処遇については一切触れられていない。しかし、華嬪を王妃に冊立すれば、今、王妃の座にいるセリョンは自ずと降格ということになる。
 英宗は両手で顔を覆い、煩わしい現実を振り払うかのように首を振った。
 できるはずがない。愛する大切な女を正妻の座から引きずり下ろし、抱く気もない女を王妃に据えるなど。かつて英宗はセリョンやその母に約束した。
―セリョンを妾にはしない・
 と。あの約束は単に結婚するまでのものだけではなく、結婚後も生涯続くものだと彼は思っている。
 たとえ国と引き替えにしようと、あの日の約束を違えられはしない。約束を破ることは、彼を信ずるセリョンの信頼と愛への裏切りを意味するからだ。
 その一方で、本当にそれで良いのか問いかけるもう一人の自分がいる。セリョンは賢く、自分の立場というものを心得ている。英宗がこのまま意思を貫けば、引いてはこの国をかつてない難局にさらすことになると理解しているに違いない。
 妻なら事を分けて話せば、すべてを理解し受け入れてくれるだろう。王妃という立場だからこそ、辛くとも国のため、民のために身を引かねばならないのも納得する。セリョンはそういう女だ。だからこそ、彼がこの女しか欲しくないと思い詰めるほど惹かれた。
 セリョンを側室にしたくないというのは、とどのつまり、彼個人の我が儘ともいえる。彼にとっては約束は限りなく大切なものだが、果たして国と両天秤にかけるほどの価値があるものなのか?
 いや、土台、一人の女への想いと国を同列に考える方がおかしいのだろう。
 英宗は大きな息を吐き出し、頭をかきむしった。かつて国を傾け、滅ぼした古代の王もこうやって女への情に溺れていったのだろう。
 彼はしばらくうつむいていたかと思うと、顔を上げた。執務机の片隅から硯を引き寄せ真新しい紙に筆を走らせ始める。
 皇帝への書状を書き終え、玉爾を捺す際はいつになく石のように重く感じられた。すべてをやり遂げた後、英宗は立ち上がり窓辺に佇んだ。桟の填った障子窓越しに初夏の陽光が差し込んでいる。陽に照らされた王の頬はしとどに濡れていた。