韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~国王が側室を抱いていない!?女官長王妃に衝撃の告白 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 ムミョンが大殿に戻ったのは、既に陽が高くなってからのことだ。その日は定例の御前会議も欠席となった。政務を精力的にこなす王が後宮で寝過ごして会議を休むなど、始めてである。集まった廷臣たちの中には呆れるよりは不安を隠せない者が多かった。
「一体、殿下は何をお考えなのか」
「清国よりの使臣には、一体どのようなお返事をなさったのであろう」
「それは当然、皇帝陛下の意思に沿うとお返事なさったのではないか」
「ならば、何故、領相大監たちのみでなく、我らにも返書の内容を知らせないのだ? 清国の皇女はいまだに側室のままで婚礼すら挙げていない上、肝心の殿下は会議さえすっぽかすほど中殿さまに夢中、二人で寝所に籠もりきりだぞ。この先、この国はどうなるのだ!」
 英宗の意が中殿にある限り、華嬪が側室から正妃になろうが、皇帝を満足させられはしないだろう。更に華嬪を王妃にするという形式だけさえ、王は積極的に整えようとしない。
 あまつさえ廷臣たちには使臣に託された返書の内容が知らされていないのだから、彼等が動揺するのも無理はないのだ。
「やはり、妓生の娘というのは、そこまで良いものですかのぅ」
「廓仕込みの床技というものですかな。見た目もあれほどの絶世の佳人ですから、そこに閨の中でもさぞかしと来れば、お若い殿下はそれはもう中殿さまを片時もお放しになりたくないのも判るような気もしますな」
「お二人の間に御子が無事にご生誕していれば、皇帝がごり押ししてくることもなかったでしょう。何しろ世子さまのご生母ともなれば、清国の皇帝だとて王妃として認めないわけには参りませんから」
「ということは、色町の妓房の娘が生んだ賤しい王子が次の王となるわけですな。それはそれで由々しき事態では」
 白熱化してゆく話に、右議政チャン・ソクは渋面で一人立ち尽くしている。
 ウォッホーン。ソクがわざとらしい大きな咳払いをして立ち去っていった。国王不在で結局、この日の会議は中止になり、集まった廷臣たちはそのまま空の玉座を前に言いたい放題だったのだ。
 ソクが出ていったのを確かめ、礼曹判書が言った。
「右相大監は中殿さまの養父だと忘れてはなりませんぞ」
「とはいえ、いつまで〝中殿さま〟の父でいられるものか」
 意味深な言葉を吐いた兵曹判書に、残る二人の議政府の長はしたり顔で頷いたのだった。
  
 ムミョンと過ごした熱い夜を境に、セリョンの心は一分の乱れもなく定まった。これまでセリョンは彼の心変わりをひそかに疑っていた。華嬪が側室として公表されてからというもの、ムミョンは昼でさえ、中宮殿に一切足を向けなくなった。ゆえに、それが彼の心変わりを示すものだと思い込んでいたのだ。
 しかし、何ヶ月かぶりに重ねた彼の身体は熱く、セリョンの素肌を這う唇も焔のようだった。彼は男らしい性格に加えて意外に恥ずかしがり屋だから、たとえ身体を重ねている最中でも、愛の囁きを口にしたりはしない。それでも、彼の瞳には紛れもない愛と真実があった。
 だからこそ、セリョンはもう迷うまいと思った。彼女が得たいのは後宮で一番の地位ではなかった。彼の心の中で一番を占めることこそが願いだった。彼の心が変わらずセリョンに向いているなら、自分はもう泣く必要もない。ひたすら愛する男に付いてゆくだけだ。
 数日が流れた。最近、セリョンは刺繍を始めた。蓮の花の意匠(デザイン)を大きめの白布に刺すのだ。蓮花は三輪、手前に蕾、奥に咲きかけと満開の花二つを浮かべる。花には当然、緑の葉がついていて、花の周囲に水紋を描き、水辺に浮かんでいる様子を表現する。
 満開の蓮花に色鮮やかな蒼い蝶が止まっている。意匠はホンファの意見も参考にしながら、自分で決めた。
 その日もせっせと刺繍にいそしんでいる最中だった。衣服の仕立ては翠翠楼にいる時分にかなりやったけれど、刺繍のような優雅な趣味めいたことは殆どやった試しがない。実のところ、王妃選考試験を受けるために右議政の屋敷に移り住んで、本格的に教養の一つとしてやり始めたのである。
 手先が器用なため、すぐにコツを憶えて一通りどころか、教えてくれたチャン・ソクの奥方の方が
―もう私がお教えすることは何もありません。
 と、苦笑したほどだった。
 そんなセリョンだから、大作といえども苦にはならず、むしろ刻が経つのも忘れて夢中になりすぎるくらいだ。
「中殿さま。提調尚(チェジヨサングン)宮さまがお見えです」
 控えの間からホンファの控えめな声がかかった。セリョンはハッとして面を上げた。
「通して」
 まもなく室の扉が開き、五十手前ほどのふくよかな女が現れた。後宮を統括し運営する総責任者、女官長である。後宮の最高権力者はむろん王室の最長老貞順大王大妃だ。しかしながら、実際に実務を行い、後宮を運営していくのは提調尚宮だ。女官長は何かを行うときはまず大王大妃や大妃に相談した上で、後宮を動かしていっている。
 提調尚宮は英宗の父聡宗が世子の時代から宮仕えしている。幼くして入宮して見習いから一人前となり、実力を認められて女官長にまで上り詰めたひとだ。女傑との噂は高いが、少し肉のついた顔でゆったりと喋る様は、そんな風には見えない。
 が、ひた度、後宮の規律を破った女官に対しては容赦がなく、普段の顔とは別人のようであるのもまた知られているところだ。
 女官長は入室すると、まず頭を下げ王妃に対して敬意を表した。
 セリョンは鷹揚に頷き、文机の前を指し示した。
「忙しいそなたがわざわざ訪ねてくるとは、よほどの要件なのですね」
 セリョンの立場は王妃で、もちろん女官長はいかに後宮総責任者といえども一使用人にすぎない。けれども、セリョンは三代の御世に渡って忠勤を励んできた女官長に対して、常に一目置くのを怠らない。そのせいか、女官長も若い王妃に対しては好意的であった。
「畏れ入りましてございます」
 女官長は一礼し、座った。〝よっこらしょ〟と掛け声が聞こえてきそうなほど大変そうだ。ふくよかな身体をいささか持て余し気味らしい。
「それで、要件とは」
 セリョンがやわらかく問うのに、女官長の顔が曇った。どうやら、あまり愉しい話題ではないらしい。もっとも、多忙を極める彼女が遣いの尚宮ではなく自らわざわざ出向いてくること自体、訪問の目的がただ事ではないと示している。
「私に斟酌は無用です。キム尚宮、私は中殿の座に座ってまだ日も浅く、市井から王室に嫁いだばかりで後宮のしきたりもいまだ判らぬことばかり。頼みにするのは古参の尚宮であるそなたたちゆえ、気づいたことは何でも教えて欲しい」
 女官長がホウっと息をついた。しきりに細い眼をまたたかせているのは感動しているからなのだが、セリョンは気づいていない。
 女官長が知っている中殿は、この新しい王妃の他に先代と先々代の中殿である。聡宗の正妃だった女性は権門の出で、大変気位の高いことで有名なひとだった。
 現王の英宗はその正妃の子ではない。英宗は聡宗のただ一人の側室が生んだ庶出の王子だ。気位が高い上に嫉妬深い正妃は英宗の生母をいびり殺し、自殺に追い込んだ。公には英宗の母は病死とされているが、真実は正妃にいびられた挙げ句、精神に異常を来して亡くなったのだ。
 生母の死後、英宗は正妃に引き取られたものの、当然というべきか虐待された。殊に英宗の左眼が朝鮮人にはあり得ない碧眼であったことから、正妃とその長男(前王晋山君)は幼い英宗を化け物と呼び蔑んだ。
 まったく、あの王妃は扱い辛い主君だった。気に入らねばすぐに癇癪を起こし、周囲にあたり散らしたものだ。あの王妃が権勢をふるっていた時代の後宮は皆がいつ王妃の勘気を被るか戦々恐々として生きた心地もしなかった。紅の色を変えただけで
―そなたは殿下の気を惹いて承恩尚宮にでもなるつもりか!
 妙な勘違いをして、怒鳴り散らし、若い女官を鞭打った末、無残にも死なせたこともあった。亡くなった娘は女官長の親友で、笑顔の似合う優しい娘だった。
 次の晋山君の正妃、明徳大妃は同じく朝廷の大物の娘だが、口数も少なく大人しい女性であった。とはいえ、この王妃もやはり深窓の令嬢らしい我が儘さは持っていた。
 その点、今の若い王妃は十九歳ながら、既に王妃としての徳を備えている。下級女官にまで気を配り、たかが尚宮だと女官長を侮ることもない。むしろ、祖母か母のように女官長を立ててくれるのはありがたかった。
 右議政の養女として王妃選考試験を勝ち抜き、見事に並み居る令嬢たちの中から王妃に選ばれたという。この令嬢が実は色町の妓房で生まれ育った娘だと知り、女官長は愕きを隠せなかった。
 そして思ったのだ。正真正銘の貴族の令嬢は幼いときから甘やかされて育てられ、鼻持ちならない権高で我が儘な娘たちばかりだ。それに比べて、新しい王妃は平民出身、しかも廓育ちとあり、細やかなことにまで気配りができ、しかも心優しい。他人を労ることを知っている。
 人は寄ると触ると王妃の身分が賤しいだとか妓生の娘だと蔑むが、ただ身分が高いだけで中殿になる両班の令嬢より、このような徳を備えた優しい娘の方がよほど王妃にふさわしい。この年若い王妃こそ、天が遣わされた真の王妃ではないかと思う。
「実は、昨日、華嬪さま付きの尚宮が私の許に参りまして」
―折り入ってご相談申し上げたいのです。
 冴えない面持ちで訪ねてきた尚宮の話は、女官長を驚愕させた。
 女官長は深刻な声音で告げた。
「いまだに国王殿下と華嬪さまがお褥を共にされていないとのことにて」