韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~私、あなたが好きー華嬪が英宗を見る視線は切なく揺れ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 居丈高にふるまう異国の皇女は、見せかけだけの高慢さの内で、こんなにも悩み傷つき苦しんでいたのだ。他国の人間に隙を見せてはならないと必要以上に気を張り詰めさせ、引いては精一杯大人ぶったふりをしていたのだ。その反動で態度も余計に高圧的になってしまったのかもしれない。
 セリョンは腕の中で泣きじゃくる華嬪の髪をそっと撫でた。
「申し訳ありません。私がもっと早くに気づくべきでした」
 不器用すぎる幼い少女の烈しい葛藤と懊悩に。言葉もなく華嬪の背をさすっていると、ふと彼女が顔を上げた。
「この間は、ごめんなさい」
 セリョンの物問いたげな視線に、華嬪がはにかんだような笑みを浮かべた。
「あなたをぶってしまったわ。それと、あなたに酷いことを言ったのも、悪かったと思っている」
 華嬪は口を噤み、考え込むような眼で続けた。
「知らなかったの。あなたがその―流産したことはあの時、初めて知ったから。知っていたら、あそこまで酷いことは言わなかったと思うわ。でも、それは言い訳にはならないわね。とにかく、あれは私が悪かった、ごめんなさい」
 恐らく、ひと月余り前、この場所で激高した華嬪がセリョンの頬を打ったこと、その前にセリョンを〝石女〟と罵倒したのを指しているのは判った。
 胸に温かいものがこみ上げ、セリョンは華嬪を抱きしめた。何とも形容しがたい感情は、例えていうなら亡くなった児への想いに限りなく近いものだ。
 もっとも華嬪とセリョンは四歳しか違わず、どう見ても母娘ではなく姉妹といったところだ。
「私も頭に血が上って、あのときは言わなくても良いことを申しました。もう終わったことですゆえ、お気になさらないで下さいね?」
 幾ら華嬪がセリョンを貶める言葉を並べ立てたとて、自分は年長者らしく聞き流すこともできたはずで、セリョン自身も売り言葉に買い言葉でつい華嬪に厳しい言葉をぶつけてしまった自覚はある。
 セリョンが優しく言ってやると、華嬪はこっくりした。
「あなたとはまたお話ししたいわ」
 華嬪が甘えるような口調で言うのに、セリョンは笑顔で頷いた。
「歓んで、いつでもお話し相手になりますわ」
「ありがとう、嬉しい」
 満面の笑顔は年相応の屈託ないものだ。この皇女は無理に背伸びするより、年齢相応のありのままの姿の方がよほど愛らしく魅力的だ。
「そろそろお昼も回りました。あまりに遅くなっては皆も心配しているでしょう」
 セリョンが暗に帰ろうと促しても、華嬪はどこか帰りたくなさそうだった。それでも大人しく立ち上がり、セリョンの手をギュッと握ってくる。
 宮殿までの小道を二人して並んで歩きながら、華嬪はセリョンの手をずっと握りしめていた。あれほど反抗的だった華嬪が手のひらを返したようにあっさりとセリョンに心を開き懐いた。反抗期の少女を見事に手なずけたセリョンの手腕に、事の成り行きを見守っていたホンファはまるで信じられないものを見ているかのように眼を丸くしている。
 だが、実はセリョンはまったく別の想いに囚われていた。彼女の脳裡には先刻、四阿で華嬪から聞いた科白がこだましていた。
―でも、清国とは何もかも違うし、国王殿下はまるで私が害虫のようだとでも言わんばかりに冷たい眼で見るんだもの。私はお祖父さまの期待を背負って殿下の妃になるために朝鮮に来たのに、これでは何の役にも立ってないし、どうしたら良いか判らない。
 どうしたら良いか判らないと、皇女は繰り返し訴えていた。
 華嬪とは互いの殿舎にゆく分かれ道で笑顔で挨拶して別れ、セリョンはホンファを従え中宮殿に戻った。
 居室に入り、座椅子にくずおれるように座り込む。
―どうしたら良いか判らない。
 今も華嬪の悲痛な声が耳奥で甦る。
 セリョンはつと振り返った。背後の衝立には、墨絵で描かれた蓮の花が咲いている。
 遠い異国に嫁いできた華嬪が頼れるのは本来はセリョンではない。良人たるムミョンに違いない。
 提調尚宮がシム尚宮から聞いた報告もある。シム尚宮の話では、ムミョンは華嬪とはいまだ夫婦の関係になってはいないという。
 加えて、華嬪自身が感じるように、ムミョンが年若い皇女に対して冷淡にふるまっているのだとしたら、そのことが皇女を泣くほど追い詰め哀しませているのだとしたら―。
 セリョンの瞼に、姫金魚草が大好きだと瞳を輝かせていた少女の笑顔が甦る。まだ嫁いで人の妻となるには痛ましささえ憶えるほど、稚い笑みだった。
 姫金魚草は見かけは大振りで派手に見える。しかし、実際には小さな魚にも似た形の花がたくさん集まっている。一つ一つの花は頼りなげなほど小さい。愛らしいけれど、どこか儚さの漂う淋しげな花だ。
 薄紅色の小さな花と少女のあどけない笑顔がごく自然に重なった。
 中殿としてだけでなく、一人の人間として我が身が取るべき道はやはりそれしかないのだと思える。
 けれど。
 セリョンはもう一度、衝立の向こう、静かな水面に浮かぶ蓮花を見やる。
―私は果たして濁りきった沼で花を咲かせられるのだろうか。
 静謐な水に浮かぶ蓮を揺らして、かすかな風が通り過ぎる。図らずも、その風はセリョン自身の心に吹きすさぶ風に他ならない。
 もし、それに名を付けるとすれば、恐らく嫉妬という感情に最も近いかもしれない。
 知らなかった。自分の中に、そんなにもどす黒い負の感情が存在するなんて。
 それでも、言わねばならない。我が身はこの国の朝鮮の王妃なのだから。
 良人である王に、愛するムミョンに
―華嬪を抱いて下さい。
 と。
 このまま王が清国の皇女を拒み続ければ、国と国との争いにまで発展する危険性がある。国の母たるこの身は、どんなに辛くとも民を守るという重大な責務がある。
 更にはムミョンだとて、一人の男、セリョンの良人である前に、この国の王であり朝鮮の民の父なのだ。王と王妃の決断に、朝鮮全土の民の安寧がかかっている。
 セリョンは小さく息を吸い込み、もう一度蓮花を見つめる。一瞬、眼前の蓮がかすかに揺れ、水面に細かな波が立ったように見えたのは、気のせいだったろうか。
 
 
            (前編・了)

 
 
 
 
リナリア
 
 花言葉―この恋に気づいて。幻想。揺れる乙女心。花期は三月から六月。幼い少女の揺れ動く乙女心を表した花言葉。まだ恋愛に対して幻想を抱いている少女期の特徴を表現している。
 淡い色が尚更少女の淡く純粋な恋を連想させる。和名は姫金魚草。
 

 花言葉―離れゆく愛、清らかな心、神聖、沈着。ピンク色の蓮は信頼、白は純粋、潔白。
ためらい月
 十六夜の月のこと。十六夜の月は満月より約五十分ほど遅れて出ることから、古来、この名で呼ばれる。転じて迷う、ためらうのを〝いざよふ〟という古語もある。ただし、これは日本の呼び方、言い表し方である。