韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~5歳の王女が降嫁?愛娘を嫁にやりたくない英宗の反応 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】
~100日間の花嫁~
 第二部  第三話 冬の足音 
 
前作「炎月」から6年が流れた。
国王英宗のただ一人の御子、紅順公主の母、殿としてときめくセリョン。
国王の寵愛を一身に集める中殿キム氏に周囲から世子誕生の期待がかかる。その重圧に耐えかねるセリョンだったが―。
ある日、「王妃の父」だと名乗る両班が現れた。
そんな中、英宗が溺愛する一粒種の王女が誘拐される。
―私はどうなっても良いの、あの子を無事に返して。
果たして、セリョンの涙の願いは届くのか?
陰謀渦巻く伏魔殿「王宮」で、新たな謀の幕が開く―。
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 翌日、執務中の王を訪ねた者がいた。
 地方官吏から送られてきた訴状が執務机に山積みになっている。英宗はその一通一通に眼を通し、緊急を要するものとしばらくは様子見で良いと思えるものに分けてゆく。
 切迫している訴えにはすぐに担当の部署の者を呼び出し、どう対応するかを話し合った上で王としての処断を決める。決めたなら早急に地方に官吏を遣わし、相応の対処を行う。そういったことを面倒がらずに一つ一つやってゆくのはなかなか骨が折れる作業ではある。
 しかし、今、山と積まれている書状のすべてが民の声だと思えば、疎かにはできない。
 流石に少し疲れたかと凝った肩を拳で叩いていたところ、執務室の扉前を守る内官の声が聞こえてきた。
「殿下、礼曹判書ソン・ソクチェが来ております」
「通せ」
 応えると同時に扉が開き、礼曹判書が入ってきた。五十前後の、なかなか恰幅の良い男である。背はさほど高くないが、がっしりとした体躯であるため、かなりの存在感がある。
 ソクチェが入ると、扉はまた静かに閉まった。彼は執務机の手前で深々と頭を下げる。
「珍しい人が来たものだ」
 英宗はさして深い意味もなく言ったのだが、ソクチェは露骨に眉をしかめた。
「私の顔をご覧になるのはおいやでしょうが、そこまで皮肉を仰せにならずともよろしいでしょう」
「いや、別にそういう意味で申したのではない。何も含むところはないが、そなたの気に障ったなら申し訳ない」
 こういったところが英宗の美点でもあった。たとえ王であろうが、自らの非を悟ったならすぐに丁重に謝罪する。ソクチェは普段から息子ほど年の違うこの王の身分に拘らないところを好ましく感じていた。
 ソクチェが英宗の言葉を皮肉と間違えたのにも、それなりの理由はあった。彼は普段は、反国王派の先鋒だと見なされているからだ。
 王が隣席しての御前会議でも、ソクチェと王が対立することはしばしば見られた。
 ただ、ソクチェは何も英宗を批判的に見ているわけではない。即位してから十年、若かった王も壮年になった。王として最も円熟している時期になったともいえる。
 ソクチェは英宗の国王としての器を高く評価している。その一方で、時折、不安を抱くこともあるのは確かだ。英宗の政治は
―あまりに革新的すぎる。
 と、感じるのだ。民に寄り添う王というのは悪くない、むしろ本来の為政者としての理想的な在り方だろう。しかし、反面、反国王派の者たちが主張するように、あまりに民衆寄りすぎるのも危険なのだ。この国は身分制度を基盤にした儒教社会であるのを忘れてはならない。身分制度を否定したら、今のこの国の在り方―引いては国王を戴く両班の世の中を真っ向から否定することになるからだ。
 民を労るのは良いが、あまりに両班たちの不興を買いすぎるのもまずい。有能な人材であれば身分が低くても迷わず抜擢するのもまた英宗のやり方だ。科挙の在り方を徹底的に見直し、一切の不正は許さないと廷臣たちの前で宣言したのも記憶に新しい。
 その言葉を証明するかのように、数ヶ月前の科挙では息子や孫を不正合格させた高官数人が王命によって辞職・蟄居させられた。
―これまで皆が当たり前にやってきたことではありませんか。これだけを理由に、開国功臣として連綿と続いてきた家門の当主を辞職させ、蟄居謹慎を命ずるとはいささか厳しすぎるのではありませんか?
 ソクチェが御前会議で王に食ってかかった。
―朕(わたし)は何度も警告したはずだ。これからは不正を見逃すつもりはないと。にも拘わらず、こたびも身代わり受験をさせた者、優秀な成績を修めた者の答案と自らの答案をすり替えた者が五人もいたとは実に嘆かわしいことではないか。
―殿下、お言葉ではありますが、あまりに急に事を進めすぎるとかえって余計な反発を招きます。いつの場合も荒療治ばかりが良いと決まってはおりません。
 王とソクチェの言い合いは激化するばかりで、ついには激怒した英宗が中座するという事態になった。
 ソクチェは何も英宗を一方的に批判しているのではなく、政治とは時には清濁併せのむことも必要だと言いたかったのだが―。真っすぐな気性の王にはなかなかソクチェの言いたいことは伝わらない。
 ソクチェはコホンは小さく咳払いした。
「今日は是非、殿下のご真意をお伺いしたく、まかり越しました」
「科挙のことであれば、もう話すことはない。一度出した王命を覆すつもりはないぞ」
 とりつく島もなく言われ、ソクチェは苦笑した。
―王として経験を積んだとはいえ、まだまだ若いな。
 思わずにはいられない。
「話とは何だ?」
 ソクチェはつと背後を振り返る。室内には人はいないが、大きな声で話せば扉前にいる内官に聞かれる恐れもある。彼はつと数歩進み、低声(こごえ)になった。
 英宗が首を傾げる。
「会議で話すようなことでもない、ということか」
 流石は察しが早いとソクチェは改めて英宗の回転の速さに感心した。何とかして自分の言いたいことをこの英明な王に理解して貰えれば良いのだが。
「殿下のご息女と領相大監(ヨンサンテーガン)の孫君の縁談が進んでおられるいうのは真にございますか?」
 この問いには英宗も虚を突かれたようで、しばらく無言だった。空疎な沈黙が漂い、王は首肯する。
「ああ、確かに、そのような話はある。ただ、その話は朕から言い出したことではない。大王大妃さまから元々は仰せ出(いだ)されたことだ」
 隠すほどのことでもないと思ったのか、王はあっさりと認める。
 貞順大王大妃は今年、七十歳になられた。三代前の知宗大王の正室であった人だ。控えめな方なので王室の長老でありながらも、表立って自分の意見というものを滅多と口にされない。その方が珍しく口にした縁組であったため、俄に現実味を帯びてきたのも確かだ。
「ただ」
 ここで一拍の間があった。
「ただ?」
 ソクチェはわずかな緊張を滲ませ、王の口許を凝視する。王はソクチェの視線を意識してか、つとあらぬ方を向いた。
「朕はまだ早いと思っている。何分、王女はまだ五歳だ。いかに何でも幼すぎる」
 その口ぶりは単に父親として愛盛りの娘を手放すには忍びないといったもので、ソクチェは思わず笑ってしまった。聖君と民から慕われ、老臣たちから畏怖される偉大な王とて、やはり王である前に一人の父親なのだ。
「大王大妃さまは別に今すぐ結婚せよとは仰せにならなかったのでしょう? とりあえずご婚約だけでもという意味では」
 つい意地悪を言いたくなった。案の定、王は憮然として口を引き結ぶ。
「わざわざ忙しいそなたが朕をここまで訪ねてきたのは、そのようなことを話すためなのか?」
「そうともいえますし、そうともいえません」
「朕は持って回った言い方は苦手だ。謎かけ遊びをしたいなら、相手を間違えたな」
 王の機嫌をこれ以上損じてはまずい。ソクチェは腹にグッと力を込めた。いよいよここからが本題だ。
「領相大監とのご縁組みについては、ぐれぐれもご勘考頂きたく存じます」  

 

  
 英宗はソン・ソクチェのいかにも意思の強そうなくっきりとした眉を見つめた。
 これ以上、意味のない問答を続けるつもりなら、すぐに退室を命ずるつもりで相手を睨みつけた。
 だが、彼は思いも寄らぬことを口にする。
「領相大監とのご縁組みについては、くれぐれもご勘考戴きたく存じます」
 英宗はかすかに眼をまたたかせた。
―この男、何が言いたい?
 急に訪ねてきたソクチェの真意が読めない。こんな場合、互いに腹の探り合いをしても無駄だ。英宗は単刀直入に訊ねた。
「何故、そなたが王女の縁組みをそこまで気にするのだ?」
 ソクチェは溜息をついた。
「領相大監はつくづく変わられた、殿下はそうお思いになったことはありませんか」
 英宗は頷くことはせず、ソクチェをじいっと見つめた。
「領相は私の妻の養父(ちち)であり、舅にも当たる人だ。迂闊に腹の内を話せるものではない」
 元々、右議政チャン・ソクをセリョンの養女にしたのは、彼の人柄によるものだ。彼は温厚で中立派、どこの派罰にも属することのない人物である上に、忠臣だった。かといって根っからの清廉潔白な政治家というわけでなく、ほどよい野心のある男で、むしろ政治家であれば多少の野心や欲を持っているのは当たり前といえた。
 また当時、チャン・ソク以外に大切な想い人を託せるに値する人物は見当たらなかった。セリョンは中殿選考試験の前にしばらくソクの屋敷に養女として暮らし、お妃教育を受けた。その上で試験に合格し晴れて中殿となり、ソクは当然のようにセリョンの後見に立った。
 だが、歳月は人を変える。忠臣だった男はいつしか王妃の父、国舅という立場を足場に朝廷で権力を欲しいままにし独断専横が目立つようになった。今のチャン・ソクにはいささかの野心どころか、ソク自身が野心の塊でしかないだろう。