韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~領議政の孫と英宗の娘が政略結婚!朝鮮王宮に新たな嵐 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】
~100日間の花嫁~
 第二部  第三話 冬の足音 
 
前作「炎月」から6年が流れた。
国王英宗のただ一人の御子、紅順公主の母、殿としてときめくセリョン。
国王の寵愛を一身に集める中殿キム氏に周囲から世子誕生の期待がかかる。その重圧に耐えかねるセリョンだったが―。
ある日、「王妃の父」だと名乗る両班が現れた。
そんな中、英宗が溺愛する一粒種の王女が誘拐される。
―私はどうなっても良いの、あの子を無事に返して。
果たして、セリョンの涙の願いは届くのか?
陰謀渦巻く伏魔殿「王宮」で、新たな謀の幕が開く―。
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 六年前、当時の領議政パク・スジンが自ら辞職した。理由は老いて出仕が身体に堪えるためということだったが、内実は違った。スジンはあろうことか、当時、朝鮮にお忍びで来ていた清国皇帝暗殺を謀ったのだ。英宗が身を挺して皇帝を庇い、事なきを得たものの、英宗は死地をさまようほどの大怪我を負った。
 スジンはその責めを負って自ら辞職したとは判っている。英宗は辞職願いを持ってきたスジンを責めることも引き止めもしなかった。ただ長年、何代もの王の治世に重職にあって尽くしてくれた彼の功労に対して、それをねぎらう言葉を口にしたにすぎなかった。
 スジンが政界を引いた後、左議政が領議政に、右議政だったチャン・ソクが繰り上がって左議政になった。が、ソクはどこまでも運の良い男で、翌年には左議政が病篤く引退せざるを得なくなった。そのため、ついに彼が念願の領議政の座に上り、位人臣を極めたのだ。
 王妃の父という立場であれば、領議政となるのも時間の問題ではあったろうが、前領議政の急な病臥という不測の事態で彼の昇進は彼自身が予想したより早かった。
 そのときの人事ではこの他にも何人かが昇進した。このソン・ソクチェもまた礼曹の次官である参判から礼曹判書(長官)に昇格した一人であった。
「領相大監は獅子心中の虫ですぞ」
 更に声を潜めたソクチェに、英宗は顔色が変わるのを抑えられなかった。
「領相が獅子心中の虫だと?」
「さようにございます」
 ソクチェは鹿爪らしく頷いた。
「ご英邁な殿下であれば、もうご存じなのでは?」
 英宗もチャン・ソクの最近の専横ぶりには時に許し難いと思うときも多々あった。英宗の与り知らぬことでさえ、〝王命〟と称して領議政が勝手に処理している事例が増えている。ひそかに左議政と右議政が連れ立って訴えてきたのもそう昔ではないと、英宗はあのときの二人の憔悴ぶりを思い出していた。
 議政府は領議政、左議政、右議政が中心で、その下に左右の賛成や賛判で成り立っている。特に三政丞とも呼ばれる上の三人は、さしづめ国の中枢を担う要ともいえる。あの二人は領議政のあまりの暴走ぶりにほとほと手を焼いていた。
 英宗としては妻の父という立場を考慮して、今までは領議政のしたいようにさせておいたのだが、そろそろこの辺りで手を打つべきときが来たのだろう。
 珍しく、礼曹判書が迷っているようなそぶりを見せたので、英宗は言ってやった。
「どうした、そなたらしくもない。言いたいことがあるのなら、この際だ、すべてはき出してみろ」
 ソクチェがガバと顔を上げた。
「それでは申し上げます。あの方には途方もない野心がおありです。ゆえに、万が一、王室直系の王女さまを己れの孫の嫁として迎えたら、余計なことを考えるのではと恐れる者もおります」
「余計なこととは何だ?」
 もどかしい想いで問えば、ソクチェの太い眉がピクリと動いた。
「謀叛にございます」
「―っ」
 英宗の机上に置いた手が握りしめられた。相当に力を込めているのか、関節が白く浮き出ている。
 動揺とは裏腹に、ややあって王から発せられた声は静謐だった。
「そなたがそう思う理由は?」
「これは私一人の考えではござらぬ」
 英宗が眼帯に隠れていない漆黒の瞳で彼を射貫いた。
「そなたが率いる反国王派の考えか?」
「殿下」
 ソクチェは身を乗り出すようにして執務机に両手をついた。
「今は派罰云々を申している場合ではないでしょう。我々は何も殿下に対して叛意を抱いているのではありません。国を真剣に憂える気持ちは畏れながら、殿下も我々も変わらないと考えております」
 ソクチェはここでひと息つき、また勢いを取り戻し続けた。
「もし大王大妃さまのお望みが強く、今回の縁談が実現しそうなときは、お気の毒ではありますが、王女さまは尼寺にでもお入りになって戴くしかありませんでしょうな」
「馬鹿な! 王女はまだあまりに幼い。母親から引き離して尼にさせるなぞ、それでは世捨て人になれと申しているようなものではないか」
 王が拳をダンと机に打ち付けた。常人であれば穏和な王の豹変ぶりに恐れをなす場面だが、ソクチェは怯みもしない。
「もちろん、見せかけだけです。本当に出家して戴くのではない。いっとき尼寺に預けるだけですぞ」
「話にならぬ」
 英宗は切り捨て、ソクチェを見つめた。
「つまりは、そなたは何が言いたい、領相が何を企むというのだ」
「もう、お解りでしょう。王女さまを孫の婿に迎え、我が孫を次の王に立てるのではないかと皆が噂しております」
「まさか」
 英宗は一笑に付そうとして、できなかった。確かに今の領議政であれば、そんな馬鹿げた夢を見ても不思議ではない。
「王女の良人となった男はその時点から政にさえ携われなくなる。それが王になるとは笑止」
「そうでしょうか」
 ソクチェの言葉は静かであるだけに、余計に不気味に室内に響いた。
「長い王朝の歴史を思い出して戴けば、殿下もお解りではありませんか。謀叛などというものは、先例や常識など根底から覆す。そして、一から新たな歴史を作り出すのです。新たな勝者となった者が作る〝常識〟が当たり前となり、それまでの常識など塵芥ほどの意も持たなくなる」
「そなたはそれを領相がやると申すのか」
 ソクチェは小さく頷いた。
「あの方の今の権勢ならば、およそ叶わぬことはございますまい。領相大監の息子たちには何故か娘ばかり生まれ、長らく息子が授かりませんでした。やっと長男の側妾の一人が生んだ末子が男の子だとか。そのため、彼(か)の御仁は孫を溺愛して、可愛い孫息子のためなら、天の月さえ飛んでいって取ってくるのではと、これは口さがない者たちの陰口ですが。さりとて、その者たちが大監ご自身の口から、そのような話を仕入れたと私は聞きました」
「まさか、丞相の立場にある者がそのような馬鹿げた発言をしたというのか?」
 流石の英宗も愕きを隠せない。
 ソクチェはいっそう声の調子を落とした。
「さる妓房での宴会で、領相大監がおっしゃったそうですぞ」
―我が孫が生まれる前、巷でも当たると評判の占い師に祈祷をさせたところ、必ず男児出生し、その御子は天高く駆け上り、宝冠を戴き天下に号令する貴人なり。稀に見る強運の御子。と、そのような託宣が出たのだ。
 上機嫌で周囲に語ったというのだ。
「酒に酔ったゆえの戯れ言であろう」
 英宗が軽くいなせば、ソクチェは真顔で否定した。
「その折、大監は殆ど酔っておられなかったたとか。もっとも、その場に居合わせた方々も迂闊に同調はできないため、話はそれきりになりました。宴が引けてから、流石にあれは大監の言い過ぎで、まかり間違えば謀叛の志ありと取られても仕方ない、大胆かつ迂闊な発言であったと皆が口々に申したそうです。ですが、私にその話を教えてくれた者は申しておりました。
―満更、あの言葉は単なるその場の思いつきではなかろうて。大監の心の中にはあの夜、口にした大それた野望が真に潜んでおるのかもしれぬな。
 つまり、我が孫を王にしたいと本気で考えているということだ。
 英宗は最早、言うべき言葉がなかった。
「もっとも、これはあくまでも一つの可能性の話ではあります。大監もそこまで大それた事を起こせば、失敗すれば家門が滅びるどころか一族末端まで共倒れになるとは心得ておられるでしょうからな。実際に行動に移されるには、慎重を期されるでしょう」
 突如、扉外から内官の声が響いた。
「殿下、領議政チャン・ソクが参っております」
 時が時だけに、英宗もソクチェも思わずどちらからともなく顔を見合わせる。
 ソクチェが笑みを零した。
「まったく、よく鼻のきく御仁ですな。滅多に噂はできません」
「天下の領相大監を犬呼ばわりするとは、そなたこそ上を行く狐ではないか」
「そこは虎とおっしゃって欲しかったですな」
 ソクチェは声を上げて笑い、いっそう声を低めた。
「もう一つ、殿下にお伝えしたい重要なことがございます」
 英宗は笑った。
「どうせろくでもない話であろう」
 半分は冗談だが、半分は本気だ。と、ソクチェのいかつい顔から笑みが消えた。代わりに現れたのは、あまりにも真剣すぎる面持ちだ。
「中殿さまの御事にございます」
 反応を窺うような、複雑すぎる表情に、英宗の心は激しく揺さぶられた。
―この男はセリョンについて何を言おうとしているのだ?
 もし王にも弱みがあるとすれば、彼の家族―愛する妻や娘しかない。自分は国のためならいつでも我が身を犠牲にする覚悟はとうにできている。けれども、愛する大切な妻や娘だけは何としてでも守りたい。