韓流時代小説 めざめ~偽りの花嫁は真実の恋を知る〜国王からのプロポーズ。贈られた薔薇に心揺れてー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 二人の彼に囚われて【めざめ】

 ~偽りの花嫁は真実の恋を知る~(前編)

王にはかつて愛した女がいた。
王妃には今も忘れられない男がいる。
そんな二人が夫婦になって、その関係のゆきつくところは?
☆幻の花、蒼い薔薇を巡る恋物語☆
ー「偽装結婚しないか?」
 好きな男がいると打ち明けた私に、あなたはそう言ったー

礼曹参判の一人娘、申美那(シン・ミナ)は17歳。ある日、父に「明日は見合いだ」と告げられた。だが、ミナにはひそかに将来を言い交わした恋人テギルがいる。
しかも、見合い相手というのは今をときめく朝廷の権力者、領議政の孫だと聞いている。
ミナは渋々、父に言われた通り、領議政の屋敷に赴くがー。

******************************

 数日後、申家の門前に一人の若者が立った。若者は目深に鐔広の帽子を被り、抹茶色のパジを纏っている。顎に垂れ下がるのは橄欖石(ペリドツト)だ。門前に佇み、彼は乱れてもいないパジの襟許を直したり、帽子の位置を確認したりと身だしなみを整えるのに余念がない。
 しばらく迷う素振りを見せていた彼は思い切ったように門をくぐり、庭を大股で歩いた。
 玄関に至ったところで、彼はわざとらしい咳払いをした。来客の気配に慌てて邸内から老年の執事が出てくる。
「これは、ようこそいらっしゃいました」
 どこの貴公子かは知らないが、仕立ての良いパジは見るからに上物で、上流両班の子息だと知れる。熟練した執事はそつのない態度で貴公子を出迎えた。
「当家のご令嬢にお会いしたいのだが」
 途端に執事は眼を剥いた。
「お嬢さまにですか? しかし、当家のお嬢さまは既にお嫁入りが決まられておりー」
 輿入れが決まった令嬢を迂闊に若い男には逢わせられないと暗に執事は告げた。と、貴公子が小声で囁いた。
「令嬢が婚約されたのは私も存じておる。実は、私こそがその許婚なのだ」
「へ?」
 執事は首を傾げ、一瞬、惚けたように眼前の若者を見た。若者が帽子を指で心もち持ち上げ顔を見せる。だが、一介の執事が国王の龍顔を知るはずはなかった。
「そんな馬鹿な」
 執事は信じられないと首を振り、呆れた声を出した。
「確かに当家のお嬢さまは美にして賢、稀に見る令嬢ですゆえ、あなたさまが懸想をなさるのも無理はないと存じます。ですが、お嬢さまの嫁ぎ先を聞いて愕かれますな。畏れ多くも国王殿下に嫁がれる大切な御身のお方ですぞ。嫁入り前に変な虫が付いては一大事です。国王さまの女に横恋慕したとあっては、あなたの父上がいかに高官といえどもただでは済みますまい。ここは悪いことは申しませんゆえ、どうぞこのままお引き取りを」
 若者が笑みを含んだ声音で言った。
「私がその令嬢の婚約者だ。もし礼曹参判が在宅中なら、まずはスンナムに取り次いでくれ。屋敷の主人に会えば、私が誰か判ることだ」
 それでもまだ忠実な老執事は眉をひそめ、気の毒に我がお嬢さまに恋い焦がれるあまり、この気の毒な若者は頭がイカレてしまったのだと考えた。とはいえ、ここまで言われたからには主人に取り次がなければならない。執事は急いで奥にとって返し、書斎で書見中のスンナムに事の次第を報告した。
「なに? 見栄えの良い若者がミナに逢わせて欲しいと訪ねてきた?」
 ところが、若者の風貌を聞いたスンナムの反応は執事の予想をことごとく裏切った。主君は慌てて書物を放り出し、玄関へと急いだ。
 玄関に立つ貴公子を見て、スンナムは顔色を変えた。
「チョ、殿下」
 そのひと言を聞くのと、気の毒な執事が衝撃のあまり昏倒したのはほぼ時を同じくしていた。
「おい、大丈夫か?」
 倒れ込みそうになった老人を咄嗟に抱きかかえたのは何と国王その人だった。
 後に申氏の執事を父祖の代から務める彼は孫たちに自慢話として語ったものだ。
ー何しろ、気絶した儂を王さまはご親切に邸内にある儂の住まいまで運んで下されたのじゃ。まったく何という慈悲深いお方であられることよ。
 それはともかく、王はスンナムの登場で漸くミナと対面できたというわけだ。
 気絶した執事を王その人が負ぶって敷地内のささやかな住まいまで運んだ、ちょっとした騒ぎの後のことだ。
「どうぞ」
 いきなり花を差し出され、ミナは息を呑んだ。花といっても、一本だけだ。一見したところ、一重なので、薔薇には見えない。真っ白な花びらの縁だけがうっすらと紅(くれない)に染まっている珍しいものだ。これも王が自ら改良して咲かせたのだろうか。
 ミナはおずおずと一重の薔薇を受け取った。
「スンナムにもしばらくミナと出かけることは話したから、心配しなくても良い」
 王は屈託なく言い、歩こうと促す。ミナは花を握りしめる手に力を込めた。
「私ー」
 次に会うときには返事をすると彼には言った。でも、正直、まだ、眼の前のこの男を信じても良いのかどうか決めかねている。
「殿下、私、まだ」
 言いかけたミナに、王は春の陽のような笑顔を向けた。思わず何もかも忘れて見惚れてしまうような魅力的な笑顔だ。
「大丈夫、返事は今日の最後にしてくれれば良い」
 そのひと言で、ミナも王と出かける気になった。
 王がミナを連れていったのは下町だった。王とここで偶然再会してから一ヶ月になる。あの時、父から王室への嫁入りは最早覆せないのだと言い渡され、打撃を受けて屋敷を飛び出した。町中を彷徨っている中に無法地帯に迷い込み、捕盗大将の息子だか何だか知らないけれど、放蕩者に絡まれているところ、王が助けてくれたのだ。
 優しい男だし、男気のある人だとも思う。王が何故ミナを気に入ったのかは判らないが、力になりたいという気持ちも嘘ではないのだろう。
 それに、王と同様、ミナの心にも彼とほんの少しなら一緒にいても良い、むしろ彼といたいという気持ちがあった。テギルと過ごすような高揚感はないが、王といると心が穏やかに静まって安心できる。むしろテギルの側にいると、彼の烈しい恋情にミナまで焼き尽くされてしまう。その点、王の側にいれば、烈しい感情に翻弄されることはなく、心地よい陽だまりでうたた寝をしているような、安らいだ気持ちになれるのだった。
 多分、テギルには恋をしているから落ち着かない気持ちになるのだ。王に対しての親近感は恋ではなく、兄に対するようなものに近いから、心が波立つこともないのだろう。ミナは今の自分の気持ちを分析してみた。
 この時、心のどこかをまったく矛盾した想いが掠めた。
ー嘘おっしゃい。殿下のふとした仕草やまなざしに胸をときめかせているのは、どこの誰なのかしらね?
 テギルに感じるような烈しいものではないが、王のまなざしに囚われると鼓動が速くなり頬が熱を持ってくる。そのような反応を兄のような人に感じるものだろうか。
 しかし、ミナは自分の中をよぎった考えを即座に押さえ込んだ。急に色々な事がありすぎて、今は降って湧いたような国王との縁談に、ただ動揺しているだけ。そのせいで感情が乱れているから、存在もしないことを存在するように思い、深い意味があるように感じるのだ。
 下町は今日も大勢の人で溢れ返っている。目抜き通りには露店がひしめき、物売りの声が我こそ負けじと響き渡っていて、喧噪は思わず耳をふさぎたいほどだ。
 王は道の外側を歩き、対向から人が来てぶつかりそうになる度、さりげなくミナを庇った。こういうところもさりげない気遣いができるのだ。
 良い匂いのする饅頭屋は、ひと月前にもこの場所にあった。ミナの視線に気づいたのか、王が笑いながら言った。
「食べたい?」
「だ、大丈夫です」
 慌てて否定するも、その側からグゥーと色気のない音が聞こえた。自分でも愕くくらいの音だ。あまりの恥ずかしさに、ミナは真っ赤になった。
 耳朶まで紅く染まったミナに、王は見て見ないふりをしてくれる。
「そういえば、そろそろ昼時だな。私は何も食べずに出てきたから、空腹だった。丁度良いところに饅頭屋がある。この間と同じ雑炊屋というのも能が無いから、今日はこちらにしよう」
 彼は自分のせいにして饅頭屋で饅頭を買った。大きな袋に饅頭が詰まっている。饅頭からはまだ湯気が立ち上っていて、いかにも美味しそうである。
「餡子の入っていないのと入っているのと二種類あるそうだ。ミナは、どちらが良い?」
 顔を覗き込むようにして言われ、ミナは大真面目に考え込んだ。
「私、甘いものは苦手なんで」
「そうなのか?」
 王はいささか大仰に思えるくらい愕いた。
「私がよく知る女性(によしよう)は皆、甘い物には眼がないぞ?」
「そういうものですか」
 ミナが好奇心を見せると、王は我が意を得たりと話し始めた。
「わが母上や妹は薬菓(ヤツカ)には眼がない。特に母上などは一遍にこんな大きな特大の薬菓を数個は平気で平らげる」
「まあ、信じられないわ」
 あのつんと取り澄ました冷ややかな美貌の大妃が巨大な薬菓を次々に何個も平らげる場面はおよそ、想像もつかない。
「そういえば」
 ミナは五日前、初めて参内した日を思い出した。
「殿下の妹君の明和公主さまにもお逢いしました」