韓流時代小説 寵愛【承恩】~王女の結婚~熱愛→揀擇カンテクを経て結ばれた英宗と貞慧王妃に憧れる私 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】第三部

~向日葵の姫君ーThe Princess In Loveー(原題「王女の結婚」) 

ヒロイン交代!第三部はホンスン王女が主役を務めます。

韓流時代小説「王宮の陰謀」第三部。

わずか16歳で亡くなったとされる(英宗と貞彗王后との間の第一子)紅順公主には秘密があった?

幼なじみの二人が幾多の障害を乗り越え、淡い初恋を育て実らせるまでの物語。

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 乳母はうっすらと笑みを湛えたまま続けた。
「私は幸せ者でした。息子ばかり二人で、二人目は女の子が欲しいと願い続けていたら、またも男の子で。それでも、国王殿下(チュサンチョナー)より公主さまの乳人としてのお役目をご下命戴き、女の子を育てるという夢が叶うたのです。たとえ王女さまではあっても、公主さまを我が娘とお思い申し上げてお仕えして参った永の年月、ほんに幸せでございました」
 乳母の息が荒くなった。待機していた医者がすかさず近寄り、病人の脈を取る。目顔で家族に合図し医者が出てゆくと、良人や二人の息子たちが乳母の側に寄った。
「あなた、お先に失礼致します」
 良人に言い、涙ながらに二人の息子を見上げた。
「何があっても、公主さまをお守りせよ。たとえ我が生命に代えても公主さまをお守りするのだ」
 紅順は乳母の手を握りしめたまま、涙をはらはらと零した。乳母はこの期に及んでも、我が子には優しい言葉一つなく、養い君を守るようにと言い残しているのだ。
 心の底では二人の息子たちに告げたい科白は山ほどもあるだろうに、気に掛けるのは紅順のことばかりだ。
「公主さまの花嫁姿を拝見しとうございましたー」
 それが最後の言葉となった。紅順の手の中で、乳母の手が急速に力を失った。
「ご臨終です」
 医者の声がどこか遠くから響き、これは悪い夢なのではないかとさえ思う。けれども、夢などではない、残酷すぎるほどの現実だった。
 紅順はその場に泣き崩れても、まだ乳母の手を放さなかった。
 背後で、時々洟をすする音が聞こえるのは、残してゆく良人や息子たちのものに相違なかった。
 我が子に対するよりも深い慈愛を注ぎ続け、いまわの際まで紅順の幸せを気に掛け、愛情深い乳母は旅立った。時に享年、四十一歳だった。
 そして。ジュンスの顔を見たのも三年ぶりにして、またしてもこれが最後となったのだ。本当に束の間の再会ともいえない再会だった。
  十一年間、側にいた乳母が亡くなったその夜、紅順は深夜まで陳家に滞在し、宮殿に戻った。居室の窓から見える庭には紅梅が満開に咲いている。
 療養の甲斐無く、乳母はその年の冬を越せなかった。まだ物心ついたばかりの頑是ない頃、眠れぬ夜、乳母の背に負われて見た夜の景色も、煌々と輝く月明かりに紅梅が匂いやかに咲いていた。
 ひっそりと月光に浮かび上がる紅梅の美しさと、夜気に混じったかすかな花の香り。まだ記憶と呼べるほどのものを持たない幼子でありながらも、不思議と今も鮮やかに刻み込まれている光景だ。
 こんな時、王族とは実に不便なものだ。実の娘であれば、ずっと乳母の亡骸の側についていることができるのに、王女の立場では許されない。
 数日後、乳母の葬儀がしめやかに行われ、紅順は漸く、その日、母とも慕う朴尚宮に別離を告げることができたのである。

 歳月は開いた指の隙間から零れ落ちる砂か、はたまた、人それぞれの上に降り積もる雪か。大切なひとを失っても、残された者は生きてゆかなければならない。たとえ、どれほど逢いたいと願う人に逢えずとも、それでも刻(とき)は規則正しく刻まれ、人生という河を流れる水のように時間だけは過ぎ去る。
 紅順にとって、逢いたくとも逢えないという点では、大好きな朴尚宮もジュンスとも同じといえた。いや、朴尚宮が最後に言い残したように、乳母の優しい手や笑顔は思い出す度に開く花のように紅順の中で幾度でも鮮やかに蘇り、彼女の淋しい心を温めてくれる。
 たとえ二度と生きている朴尚宮に逢えずとも、朴尚宮が注ぎ続けてくれた無私の愛は、これから先も紅順をあるときは力づけ、あるときは叱咤してくれるに違いなかった。
 だが、生きているジュンスに二度と会えないのは、紅順にはこの上なく辛いことだった。逢おうと思えば逢える人に逢うことが許されないという現実は、ある意味、既に亡くなった人に会えない辛さより堪えるのだとーということを紅順は初めて知った。
 逢いたくて堪らない人には逢えず、予期せぬ人と出逢うというのもまた、一つの宿命ではあるのだろう。
 その日、紅順は中宮殿に挨拶に行っての帰り道だった。毎朝、王妃を訪ねる朝の日課は紅順が幼い頃からのものだ。朴尚宮が健在であった頃、まだ頑是ない紅順は大好きな乳母に抱かれて中宮殿までの道を辿ったものだった。
 紅順は知らず、溜息を吐き出していた。乳母がこの世を去って、既に五年が経過している。
 今頃、あの男(ひと)はどうしているだろう。
 ジュンス、と、紅順は心の中で逢えない男に呼びかける。
 紅順の記憶の中で、ジュンスは最後に見た十一歳のときのままだ。幾ら大人になった彼を想像しようとしても、思い描けない。
 彼を最後に見たのは乳母の葬儀のときだ。その前に見た八歳のときよりも劇的に身長も伸びて、十一歳には見えない落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
 あれから五年の歳月は、ジュンスを更に大人にしただろう。仮に彼とまた出逢ったとして、成長した自分はジュンスの瞳にはどのように映じるのか。少しは女らしくなった、綺麗になったと思って貰えるのか。
 そこまで考え、紅順は自分を嗤う。馬鹿なことを考えると我ながら思った。二度と会えない男が自分をどう思うかなんて、考えても所詮意味はないのに。
 逢いたい、ジュンス。想いは堂々巡りをして、また元に戻る。自分でも、不思議なことだと思った。仁賢とはともかく、ジュンスとはろくに会話を交わしたこともなく、二人で話したのは八年前のあの風船蔓の側で過ごしたひとときだけだ。
 何故か、紅順にとって、あの一瞬が忘れられない記憶となってしまった。いつまでもキラキラと光り輝いた想い出の欠片は、いまだに紅順の心に刺さり、抜けない棘のように彼女を苛む。数年前から紅順には縁談がもたらされるようになった。
 十二歳になったばかりの頃は、流石に父王も
ーまだ早すぎる。
 と、取り合おうともしなかったのだが、ここ一、二年はそろそろ持ち込まれた縁談について真剣に考えるようにと言っている。
 そう、紅順も適齢期と呼ばれる年頃になったのだ。今朝も中宮殿に挨拶に赴いたら、王妃からも少しは気を入れて花婿候補の身上書を見るように言われた。
 母に言われなくても、判ってはいるつもりだ。花の生命は短いともいう。うかうかしていれば、今は花の盛りの我が身も気がつけば二十歳を超えているだろう。早婚の当時、二十歳は既に完全に婚期を逸している。いわば、世間でいう〝嫁き遅れ〟だ。
 それでなくとも、王族は結婚が早い傾向がある。十歳の弟の愼誠大君にはまだ五歳になるかならずの中から、有力な高官の息女たちの名が世子嬪として挙がっていた。大抵は五歳の世子よりは少し年上の令嬢たちばかりだったけれど、中にはまだ襁褓の取れない赤児さえ混じっていた。
 王家の結婚とは、そういうものだ。ましてや世子は幼くとも国の世継ぎであり、次代の国王なのだから、早くに妃を迎えて子をなすのが責務の一つでもある。
 だが、我が身は幸か不幸か、王位継承には関わりない女だ。王女の婚姻は珍しくはないが、また一生涯を独身で通す王女も少なくはない。意に添わぬ相手に嫁いで、生涯を窮屈な想いで過ごすほどなら、いっそ独り身を通すというのも潔くて良い。
 両親は熱烈な恋愛結婚だったという。紅順の父は国王だから、恋愛結婚は殆ど不可能にも拘わらず、世子時代に出逢った母と恋に落ち、
ーこの娘でなければ、妃は要らぬ。
 とまで言わせたほどの烈しい恋であったそうな。