韓流時代小説 寵愛【承恩】~王女の結婚~あなたを見損なったわー妻貞慧王妃に手厳しく責められた英宗 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】第三部・後編

向日葵の姫君ーThe Princess In Loveー(原題の「王女の結婚)

ヒロイン交代!第三部はホンスン王女が主役を務めます。

韓流時代小説「王宮の陰謀」第三部。

わずか16歳で亡くなったとされる(英宗と貞彗王后との間の第一子)紅順公主には秘密があった?

幼なじみの二人が幾多の障害を乗り越え、淡い初恋を育て実らせるまでの物語。

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 ジュンスが派手な登場をし、兄の婚儀を台無しにしたことも、紅順がジュンスを身を挺して庇ったことも。
 あれらのことから導き出される結論はただ一つ。気の毒な元吏曹正郎は弟にまんまと未来の妻を掠め取られ、弱冠十六才の公主は婚約者を裏切り、美形でろくでなしの弟と通じていたという眼と耳を覆いたくなるスキャンダルでしかない。
 世間はあくまでも悪者はジュンスと公主だと信じて疑っていないのだ。
 今、講じる手段があるとすれば、騒動を引き起こしたジュンスを処刑し、早急に事件を終わらせることだ。人の噂も長くは続かない。噂になりそうな醜聞はこの広い都では毎日のように起こり、しばらく世間を賑わせた末に消えてゆく。
 宮廷雀たちもまた新しい話題が提供されれば、公主の引き起こした醜聞も忘れ、餌に群がるハゲタカのごとく次の話題に飛びつくだろう。所詮は噂など、そんなものだ。
 だから、ほとぼりが冷めた頃、公主はまた適当な男に嫁がせば良い。
 英宗の考えなど、王妃はお見通しらしい。妻は可愛らしい顔に怒りの形相を浮かべていた。
「ジュンスは、あの嘘つきの兄よりよほどひとかどの人物のように見えたわよ」
 皮肉っぽく言われ、英宗はますます縮こまった。痛いところを突くものだ。まさに、彼はあの稀代のペテン師にまんまと騙されるところだったのだから、思い出すだけでも癪に障る。
 陳仁賢、元吏曹の正郎はたかだか二十歳の若者ながら、国王を相手に嘘八百を並び立て、見事に公主の婿に収まるところだった。英宗が仁賢との初対面で感じた些細な違和感ーどこか抜け目のない印象は、彼が垣間見せた本性だった。あのときの勘を信じていれば、こんなことにまではならなかったと後悔してももう遅い。遅すぎるのだ。
 陳仁賢の処遇については、英宗も悩んだ。本音は左遷などでは生温い。仮にも国王を騙したのだ、仁賢の罪は大逆罪に匹敵する。あの兄の方こそ斬刑に処せられて当然の咎人といえた。
 とはいえ、世の者どもは悪党の仁賢を気の毒な被害者だと信じているのだから、ここで仁賢を極刑に処せば、王は娘可愛さに眼が曇り、公正な判断力を失ったと民の不信を招くのは判っている。
 腸が煮えくり返るほどの怒りをあの男に憶えたとしても、実行に移せるものではない。それをすれば、娘の評判に更に泥を塗りかねない。
 英宗としては、仁賢の処分については左遷が精一杯だった。現職を解いて地方に飛ばしただけでも、官僚の中には異議を唱える者が少なからずいたのだ。
「あなたの気持ちは、どうしても変わらないというの?」
 妻にズバリと言われ、英宗は唸った。
「何度も同じことを言わせるな。あの者には気の毒だが、最早致し方のないことだ」
 王妃が呆れたように言った。
「前途ある罪のない若者一人を捨て石にして、すべてをなかったことにしようなんて、あなたらしくない」
 妻から次々に繰り出される科白は王に追い打ちをかける。
「私が出逢った頃のあなたなら、絶対にそんな卑怯なことはしなかったでしょうに」
 英宗は歯を食いしばった。
「俺はもう正義感だけに突き動かされて、行動する血気盛んな若者ではない。俺には守らなければならぬものがある」
 王妃が語気も鋭く断じた。
「それが王室や紅順の体面というわけなの? 私たちの娘がジュンスを犠牲にしてまで体面を守り通すことを歓ぶとでも考えているなら、とんだお門違いだわ」
 王妃の声が震えているのは、怒りのせいなのか、哀しみゆえか。もしかしたら、どちらともなのかもしれない。
「生命をなげうってあの子を助けたジュンスを見殺しにするわけ、見損なったわ」
 ジュンスの父の話では、ジュンスは婚礼の前夜、自ら勘当されることを願い出たという。つまりは、その時、我が身がなそうとする企てがいかほどのものか当人は知っていたのだ。騒動を起こした暁には国王の怒りを買い、罪に問われることまで覚悟していた。
 何もかもすべて承知の上で、ジュンスはあの日、婚礼会場に現れた。良人である王は娘のためにあの若者を贄(にえ)にしようとしている。王は若い頃から人一倍正義感が強く、曲がったことが嫌いだった。
 彼も悩み抜いた上で、娘を救うためにはジュンスを犠牲にするしかないと覚悟を定めたのだ。いわば、苦渋の選択であった。とはいえ、あの若者一人を悪人に仕立てて事を収めるなど、王妃は断じて認められなかった。
 王妃は眼を伏せた。
「あの子は、パク尚宮の息子は自分の生命を犠牲にしてまで紅順を救うつもりだったのよ。吏曹正郎がどんなに卑劣な男だったか、あなたも柳尚宮からの報告でよく判ったでしょう。それでもまだ、あなたはジュンスを罪人だと言い張るつもりなの?」
 王妃はこの時、朴尚宮の人となりを思い出していた。王妃は基本、紅順に厳しかった。何も娘が憎いのではなく、女児はいずれは王室を離れ降嫁する宿命だと判っていたからだ。
 嫁いで人の妻となった時、何もできないでは婚家の笑いものになる娘が不憫だ。その一心で、まだ娘が幼い中から必要以上に厳しく育てた。乳母である朴尚宮は娘に甘かった反面、王妃でさえ圧倒するほど公主に厳しい顔を見せるときもあった。
 こんなことがあった。確か、あれは王女が九歳の頃だろう。王宮庭園のひときわ高い樹に王女が昇り、降りられなくなった。何と朴尚宮は王妃が鞭を持ち出す毎に身を挺して庇うかと思いきや、高い木によじ登った王女に
ー飛び降りられるものなら、飛び降りてごらんなさいませ。
 と、声高に叫んだのである。あのときは王妃も肝が冷えた。九歳はまだ子どもで、大人ほどの分別はない。言葉通りに飛び降りたら、大怪我どころか死ぬ羽目になる。止めさせようとしたところ、紅順が泣き出し、身軽な内官が上まで昇り、王女を抱き降ろしてきた。
 紅順は朴尚宮に抱きつき、大声で泣いていた。そのときから、紅順はけして樹には登らなくなった。朴尚宮の教育法は正しかったのだ。
 思慮深く愛情浴豊かで、時に剛胆ともいえるほど勇気のある女性。それが我が娘を乳飲み子のときから陳家に残してきた実子よりも深い情愛を持って育ててくれた、朴尚宮であった。流石はあの女傑の息子だ。
 兄の方があの素晴らしい母親に似ても似つかなかったのは不幸なことだった。
「中殿は一体、俺にどうしろと言うんだ? 今更、ジュンスを救う方法はない!」
 王が怒鳴った。彼も判ってはいるのだ。救えるものなら救ってやりたいと考えているのだ。
 王妃は先刻までの激情が嘘のように、静謐な声音で言った。
「一つだけすべてを解決できる方法があるわ」
「そんな方法があるのか?」
 王が妻の真意を推し量ろうとするかのように、眼をかすかに細める。
「私たちには辛い選択になるけれど」
 王妃は王の眼を真っすぐに見つめ、唯一の解決策について話し始めた。